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言葉っていうのは、面白いよな。今の世界では共通の言語を使用しているが、文明以前では国ごとに違う言葉を使用していたらしいからな。町ごとにも違う言葉を使っていたと言う噂もあるらしい。そんな研究をしていたんじゃないかって思われる記録が、スティーブにも残されているんだ。まぁ、確証はないんだが、俺が見つけた形のある本に載っていた文字に似た文字を、スティーブはある記号として使用していたんだ。それの意味は俺にはわからないが、その文字は国によって違いがあり、さらに細かく分けると町による違いもあるんだが、国による違いはどう見てもその文字の成り立ちが違うんだよな。似たような文字もあるにはあったし、国が違っても同じ文字らしい国もある。町によっての違いは、なんとなくな違和感としか言いようがないんだがな。同じ国の同じ文字のはずなのに感じる違和感の正体は分からないが、確かに感じるってことは、そういうことなんだよ。俺はその文字を、今ではスティーブが認識していると考えているんだ。文明以前の文字としてな。その理由は簡単だよ。その記号は、あることをきっかけに変化をしているんだ。それは、誰かが形のある本を見つけたときになされるんだよ。俺は何度か形のある本を見つけているから分かるんだ。まぁ、その法則に気づいてからは、その逆を利用して形のある本を見つけた誰かを探し出し、会いに行ったりもしているしな。
って言うか、スティーブのことはどうでもいいんだ。俺が言いたいのはさ、言葉ってのは常に変化をするってことだ。それでいいんだよ。きっと、そう言った変化を繰り返して今にいたっているんだからな。文字だって同じだよ。言葉が変化を続け、こうやって、例外はあるかもしれないが統一され、文字も同じように変化の結果として今の文字に統一されたんだよ。俺はそう考えているよ。まさか、神様がそうさせたなんて話は信じちゃいないだろ?
待てよ。俺は今、そんな話をしていたか? そうだよ。違うよな。マネキンの話だよな。等身大の雛形を作ることに、最初は誰も意味を感じなかったよな。俺だってそうだ。あんなもんが街に突っ立っているのは気味が悪いからな。最初は洋服の宣伝に使うために考えられたそうだよ。スタイルの良い雛形に着せれば、ただ棚に並べているよりも全然見栄えがいいからな。スティーブの機能を使ってそんな映像を立体的に投影するって技術は遠の昔から確立されていたんだけどな、やっぱり本物の質感を完璧には表現できないんだよ。よく本物より綺麗な映像だと絶賛する輩がいるが、それって最悪のクレームだって俺には聞こえるんだ。本物を完璧に表現することができないからって、より綺麗にっていう逃げ道なんだからな。
雛形に本物の洋服を着せることは、見事なほどに効果的だったよ。 そりゃあそうだよな。本物の洋服を身につけているんだ。しかも、最高にスタイルのいいエジプト系の体型でな。客観的に見て触れることができるってのがいいんだよな。まぁ、実際にスタイルの悪い奴が着ると、同じ物でも別物のように感じられることもあるにはあるんだが、この世界にスタイルの悪い人間は少ない。俺が見た文明以前の形のある本では、醜い体型の人間が多く見られたよ。背の高さや大きさがバラバラなのは、文明以前の人間がもつ特徴の一つだよ。




