第7話「目覚めたら白ワンピ」
翌朝――。
一方、貴聞は、食事を運び終えた等々元から、君野が目を覚ましたと聞いた。
その瞬間、喉が小さく鳴る。
自分のものになったという高揚感。
そして、父の言葉が脳裏によみがえった。
――弱者教育プログラム。
食を共にし、同じ空間で暮らし、情を育てる。
その情を、最後には切り捨てられるかを試す教育。
……つまり父は、僕と吉郎をそのために同じ場所へ置いたんだ。
父は、僕が吉郎を好きだと知っていた。
あの人が持つ、人を惹きつける力が、ただのアニマルセラピーでは終わらないことも。
だからこそ、この教育の教材に選んだ。
獅子は我が子を千尋の谷へ落とす。
這い上がってきた者だけを育てるという、あの話のように。
吉郎は、そのための駒だった。
「あの……」
「わっ!」
不意に声を掛けられ、貴聞は短く悲鳴を上げた。
振り返ると、白いワンピース姿の君野吉郎が立っていた。
昨夜、自分で選ばせた、吉郎に一度着せてみたかった服だった。
窓から差し込む朝日に照らされ、その姿が眩しく映る。
思わず開いた口を慌てて閉じる。
どうやら、偉い人に話を聞きたい一心で部屋を抜け出してきたらしい。
「勝手に部屋に入ってしまって、ごめんなさい……」
彼はとても恥ずかしそうにしている。
ヒラヒラした足元が落ち着かないんだろう。
「い、いえ……大丈夫です」
貴聞は平静を装うように答えた。
「僕はもう、この屋敷から出られないんですか?堀田くんに……せめて連絡したいんです。元気だって、一言だけでも伝えたくて……」
「……すみません。父には、何も逆らえなくて」
「そうですよね……無理を言って、ごめんなさい」
「怖いですよね。僕も突然プログラムなんて言われて、戸惑っています」
貴聞は、自分が父から聞かされた『弱者教育プログラム』について、知っている限りを君野へ説明した。
「そうだったんですね。でも、貴聞様は悪くありません。気を落とさないでください。僕は元気ですから」
君野は困ったように笑った。
この3日間、そして以前の勤務でも、君野は白戸家の当主が絶対であることを嫌というほど見せつけられてきた。
この屋敷では、誰もその命令に逆らわない。
――でも。
「堀田くんに連絡したくて。せめて無事だって伝えたいんです……」
「……」
その一言が、また貴聞の胸を締めつけた。
……まだ、あの人のことしか見えていない。
この小鳥を手のひらで包み、羽を休ませる場所を与えればいい。
休ませてしまえばもう、羽さえもいらない。
その考えだけが、貴聞の頭を静かに支配していく。
「君野さん……1つ、提案があるんですけど」
「なんですか?」
貴聞は穏やかに微笑み、そっと君野の両手を包み込んだ。
「こ、恋人になりませんか。……ごっこでいいんです」
君野は目を丸くした。
「え……?」
「もちろん、本当の恋人じゃありません」
貴聞は慌てて言葉を継ぐ。
「父は僕たちを同じ屋敷で生活させるつもりなんです。だったら、せめて形だけでも恋人ということにしておけば、この屋敷で暮らす理由にもなります」
君野は困ったように視線を落とした。
「でも……僕には堀田くんがいます」
「わかっています。だから、ごっこでいいんです」
「……」
「この屋敷で生き延びるためだと思ってください」
静かな沈黙が流れる。
君野は何度も口を開きかけては閉じ、答えを探していた。
「……まだ、うまく飲み込まなくて」
「……君野さん」
思わず呼び止める。
振り返った君野へ歩み寄ると、貴聞はそっとその身体を抱き寄せた。
「わっ……」
「大丈夫です」
震える肩へ、静かに腕を回す。
「この屋敷にいる間は、僕が守ります」
「……ありがとうございます」
瞳は揺れていた。だが、抵抗はしなかった。
その温もりに胸を満たし、貴聞はゆっくりと息を吐く。
もう、大丈夫。
これで、あの束縛男から吉郎を解放できる。
そう信じながら、わずかに震える身体を、もう離すまいと強く抱きしめた。




