第54話「なんとしてでも残りたいヤツら」
「それは良い提案だね。僕も殺し合いにはそろそろ飽きていたから、吉郎の夢の中を探るという提案には賛成だよ」
その日の夜。
堀田は、寝室のキングサイズのベッドでパジャマ姿の貴聞に、明日の予定を伝えていた。
「さっき桜谷にも話をつけてきた。だから明日の夜は白黒が君野にキスをする。それから、みんなで夢の中に入るんだ」
「それって、必ずしも白黒さんじゃないとダメなの?」
「いや、それは分からん。けど、それがいつもスタートだっただろ」
「なら、『桃太郎』は僕が読んでいい?」
「お前が?」
「すぐに等々元じゃなくてもいい」
「……それで手打ちにしてくれるならな」
「じゃあ、吉郎をこの部屋に呼んできて」
「え?あ、ああ。そうだよな……」
「これで夢の中に桃が出てきたらさ、僕のことを思っているってことだと思わない?」
「……そうなのか?」
「歯切れが悪いね」
「い、いや……」
「大丈夫。吉郎は僕のことが好きだから。それを知ることができれば、堀田は満足でしょ」
「……」
堀田は何も答えず、部屋を後にした。
実はもう、帰るところなんてない。
あのアパートは、俺がこの屋敷の召使として働いている間に退去してしまった。
それくらい俺は、ここで一生召使として生きていくのだと思い込んでいた。
だが、今は違う。
この家を出て、吉郎とまた2人で暮らしたい。
そう思うと、なぜか罪悪感と、自分自身への怒りが込み上げてきた。
今から、あのベッドの上に吉郎を連れてこいって?
貴聞の意地悪にも聞こえた。
つうか、分かってるんだ。
俺が反逆しかけていることを……。
俺自身は、まだ分からない。
ひっくり返してほしいのか。
それとも今すぐ、止めてほしいのか……。
迷いながらも、堀田は君野の部屋の前まで来ると、ドアをノックした。
「君野様……?」
返事がない。
まさか、もう寝たのか?
ドアノブに手をかける。
鍵は開いていた。
「君野様……?」
中へ入る。
ベッドにはいない。
さらに奥へ進むと、君野が突っ立ったまま、じっと何かを見つめていた。
「なんだこりゃ!!!?」
堀田は唖然とした。
壁という壁に絵が飾られている。
謎に置かれた上半身だけのマネキン。
立てかけられた写真立て。
そして君野のベッドの向かいには、ひときわ巨大な絵まで鎮座していた。
「あっ、堀田さん!でしたっけ」
「あ、あの……この絵は?」
「さっき、きいろくんが置いといてくれって。僕の部屋を作品の置き場所にしたいって言ってました」
「そんなわけあるかよ……」
思わず素が出た。
あいつ、人の話には慎重な姿勢を見せておきながら……。
夢に残りたすぎるだろ。
「でも、ゲームしないで、こうやって絵を見てるのもたまにはいいかなって思ったんだ!僕の美意識がいっぱい上がる!」
「美意識?……それって、感性ってことですか?」
「かもしれない!」
ピロリン、ピロリン、ピロリン。
さっきから吉郎のスマホがうるさい。
アラームか?
「止めましょうか?」
「うん?これはPrinceからのメッセージ!ゲームのキャラクター!」
「ああ、そうなんですか」
そういや前にも、たまにエグい量の通知が来てたな……。
「あの、君野様……その……今から貴聞様のところへ行ってくれますか?」
「え?なんで?」
「等々元さんの代わりに、絵本を読みたいと言っています」
「えー!何読んでくれるんだろう!」
「『桃太郎』です」
「桃太郎?あの、どんぶらこする桃が出てくるやつ?」
「そうですね。行ってくれますか?」
「うん!」
吉郎はこっちへ向き直ると、ニコッと笑った。
「部屋分からないから、一緒に来てくれる?」
「はい……」
堀田は君野を連れて、部屋を出た。
「堀田さんは、なんで召使いになったんですか?」
牛歩のような速度で廊下を進んでいると、君野が俺の顔を覗き込んできた。
お前のために決まってんだろ!
そう言いたくなったが、必死に耐える。
「なんで……そう言われますと、分からないですね」
「え!分からないのに召使いになるんですか?」
「……はい。人生って本当、何が起きるか分かりませんから」
「確かにそうですね!僕も、なんでこのお屋敷にいるのか分からないです」
「……君野様は今、幸せですか?」
「うん。幸せ!」
そうだよな。
このまま貴聞様の部屋に連れていけば、俺の気持ちも少しは落ち着くか。
「でもね、なんか寂しいんだぁ」
「寂しい?」
「このお屋敷、僕には広いなぁっていつも思うんです。迷子になっちゃうし。なんなら僕、窓とベッドの上でぬくぬくできていれば、それで十分だなって思うんですよ!」
「じゃあ!戻りたいとか、思いませんか?」
「え?どこに?」
「どこかに。心の奥にありませんか?」
堀田は足を止めた。
「小さなシングルベッド。キシキシ音がするベランダ。狭い風呂場。隙間風がひどい窓……窓から見える、夏の花火……一緒にアイスを食べるのが日課だった」
「……」
君野が黙り込んだ。
絵本なんかいい。
俺を思い出すには、これで十分だろ?
「なあ、吉郎……!」
「わっ!?」
堀田はたまらず君野を抱きしめた。
驚いて離れようとする身体を、もう1度強く抱きしめる。
「また昼に焼きそば……食べたいだろ……。なあ、そう言ってくれよ……」
「……焼きそば……」
君野が小さく呟いた。
あの頃、昼に飽きるほど食べたはずだ。
そんなものまで簡単に忘れられちゃ困る。
「そうだ、焼きそば!吉郎!焼きそばだよ!」
「どんな味の食べ物でしたっけ。なんか、食べたくなってきたかも」
「分かった!絶対今度出してやるから!!」
堀田はそう言って、君野の後頭部をわしゃわしゃと撫で回した。
これできっと、等々元さんみたいに俺も記憶に残るはずだ。
たとえ、この先あのベッドの上でどんな展開が起こっても……。
「君野様」
「はい?」
「あの、部屋の中で嫌なことがあったら、すぐ叫んでください。俺、ドアの前で待機してますから」
「は、はい」
返事を聞くと、堀田はまた君野をぎゅっと抱きしめた。
よく考えたら、君野からすれば俺が完全に変質者だ。
それでも、「焼きそばを食べたい」という気持ちを持ってくれた。
それだけで嬉しかった。
「吉郎、おいで」
「わ!ふかふか!!」
君野はキングサイズのベッドへ上がると、四つん這いになってその上を進んでいった。
マットレスの感触に驚きながら、やがて貴聞の隣へ辿り着く。
堀田がそのまま部屋を出ようとすると、背後から貴聞に呼び止められた。
「帰るの?」
「俺にも仕事が残ってますから……」
「ここにいても構わないよ。変なことはしないからさ」
「変なことって何?」
君野が不思議そうに2人を見比べた。
貴聞はそれには答えず、君野へ顔を向ける。
「今、眠い?」
「ちょっとだけ眠いかな……」
貴聞は君野の額を優しく撫でた。
その手に安心したのか、君野の目がとろんと細くなる。
そのまま身体を横たえ、眠る体勢に入った。
貴聞は傍らに置いてあった絵本を手に取ると、静かに『桃太郎』を読み始めた。
堀田は迷った。
この光景を最後まで目に焼き付けておくべきか。
それとも、今すぐここから立ち去るべきか。
だが――これは実験だ。
明日、その結果を見るためには、今夜何があったのかを見届けておかなければならない。
そう自分に言い聞かせ、心を殺した。
堀田はベッドから少し離れた椅子に腰を下ろす。
そして黙ったまま、貴聞が読み聞かせる『桃太郎』に耳を傾けていた。




