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第53話「夢世界のヒミツ」

 堀田(ほった)はアルバイトの召使に新しい作業を教え、その様子を見守りながら、君野(きみの)の夢の中に出てきた謎のカケラと、薔薇の花の少女について考えていた。


 そういや前にも、貝殻のようなカケラと噴水を吉郎の夢世界で見た。


「じゃあ、貝殻ってことか……?」


 俺がずっと前に、白いワンピース姿の吉郎を見て「貝殻の妖精みたいだ」と言ったことが、まだ残ってるのか?


 だったら、あの噴水も薔薇の少女も、吉郎が現実で聞いたり見たりした何かが、色濃く残ったものなのかもしれない。


 あの白いカケラがそうなら――


 俺の知っている吉郎が、まだどこかにいるのかもしれない。


「……噴水」


 あのあと、吉郎本人にも聞いてみた。


 噴水が心に残っているとしたら、いつも歩いている公園にあるものじゃないかな――とは言っていた。


 今回の薔薇の少女についても頭を悩ませていたが、結局、何も分からずじまいだった。


 だが、俺が夢で見た噴水は、公園にありそうな白い像が壺から水を流しているようなものじゃない。


 2つの皿と中央の支柱から、水が流れ落ちるタイプのやつだった。


 じゃあ、なんだ。


 吉郎の中に残っている噴水って。


 あの薔薇の少女って……。


「ただいま戻りました」


 考え込んでいると、授業参観から帰ってきた等々元(とうとうげん)さんの声が聞こえた。


 外は、雨の予報だった時間をとっくに過ぎている。


 気づけば、もう夕方5時になっていた。


「等々元さん」


 俺はいつもの執事服に着替えた等々元さんの前に立った。


「なんでしょうか」


「薔薇の妖精って知ってますか?」


 等々元さんは一瞬、きょとんとした。


「薔薇の妖精……でございますか?そういうリキュールがあれば、美味しそうですね」


「違います!俺は本気で聞いてるんです!何かこう……薔薇とか、その中から出てくる女の子とか! そういう話です!」


「はあ……」


 等々元さんは、言われたとおり真面目に考え始めた。


 普段からおかしな主人たちを相手にしているからなのか、こんな突拍子もない質問でも馬鹿にはしない。


 顎に手を当てて考えること、10秒。


 やがて、こう答えた。


「私には覚えがございません。薔薇の庭園でレイヴンが見つけたミツバチなら、それらしいでしょうか。彼には(はかな)い妖精に見えるのかもしれません」


「そんなお伽話(とぎばなし)……」


 そう言いかけた瞬間――


 俺の脳みそに、衝撃が走った。


「等々元さん!」


「はい?」


「確か、吉郎に絵本読んでましたよね? その中に、女の子が花から出てくる話ってありませんでした!?」


「……『親指姫』でしょうか」


「それ!!」


「あれは薔薇の花ではございませんが、たくさんの赤やピンクの花々と、その花びらが……と、本には書かれておりました。合っていましたか?」


「完璧です!!ありがとうございました!」


 俺は勢いよく頭を下げ、そのまま業務へ戻った。


 入れ替わるように、屋敷の奥から見聞(けんぶん)の大きな甘え声が聞こえてくる。


 等々元さんはその声に気づくと、そそくさとそちらへ向かっていった。


 ――やっぱりだ。


 夢の中に、等々元さんの声が届いてる。


 でも。


 あんだけいろんな奴と一緒にいて、吉郎の心に残っているものが、等々元さんとの思い出だけなのか?


 貴聞(きぶん)のものもない。


 白黒(しろくろ)桜谷(さくらたに)のものもない。


 ましてや、あれだけ可愛がっているレイヴンのものすら見当たらない。


 そんな中で残っているのが、俺の「貝殻の妖精」の記憶。


 あんなもの、白いワンピース姿の吉郎に興奮して、俺が口走っただけの一言だ。


 なんでそんなものが、色濃く残ってるんだ。


「お前は……あのボロアパートに戻りたくないのか」


 思わず、声に出ていた。


 俺たちの愛の巣で過ごした思い出は、何1つ残ってないってことか。


 だったら、なぜ――


 どう考えても、納得がいかなかった。



 夜になり、ようやく作業が落ち着いた頃。


 堀田は、個展会場の下見から帰ってきた、きいろのいる地下室へ向かった。


「白黒!!」


 呼びかけると、ぎろりと鋭い目がこちらを向く。


 だが、きいろは何も言わず、床に置いてあった汚れたバケツを堀田へ差し出した。


「水」


「ああ……って、大丈夫か?」


「なんだ」


「なんか、やつれてないか?下見で何かあったのか?」


「……金持ちどもに、そのままバーへ連れて行かれた」


 きいろは心底うんざりしたように続ける。


「……不快だった」


「ああ……お疲れなんだな」


「水を持ってこい」


「わかった」


 明らかに殺気立っている。


 今は余計なことを言わない方がよさそうだ。


 堀田はバケツを受け取ると、1度地上へ戻って水を汲み、再び地下室へ戻った。


 戻ってくると、堀田はバケツの他に、グラスに入った水を持ってきた。

 だが、それらの水を渡す前に口を開く。


「なあ。あの夢の仕組み、知りたくないか?」


「……」


「俺、もう1回あの世界に行きたいんだ」


 きいろの目が、わずかに細くなる。


「……行ってどうする。殺し合うだけだ」


「今度は殺し合わなきゃいいだろ」


「……」


「あの夢の中に、俺たちと君野の思い出も、ちゃんとどこかに眠ってるはずなんだ。だから今度は殺し合わずに、それを探してみないか?」


 堀田は一歩、きいろへ近づいた。


「きっと、あるはずだ」


「お前は何を見つけた」


「貝殻のカケラ!」


 即答した。


「俺がこの屋敷で、白いワンピース姿の君野に言ったことだ。それに――」


 堀田は、等々元が夜な夜な君野を眠らせるために読んでいる絵本の内容が、あの夢の世界に具現化されているらしいことを伝えた。


 きいろはその間に受け取ったグラスの水をぐいっと飲む。

 その勢いはもはや酒だ。


 彼はグラスを片手に持ったまま、黙って聞いていた。


 腕を組み、木製のパレットの上で絵の具を混ぜながら、やがて鼻を鳴らす。


「ふん。それだけか」


「それだけって……」


「なら、帰る場所はお前にはないんじゃないか」


「分からないだろ!だから探そうって言ってんだ!」


「何もない」


「え?」


 きいろはパレットへ視線を落としたまま、淡々と続ける。


「俺はあの世界を、犬として何度も駆け回ってる。そういうものは何もなかった」


「でも、俺のハムスターケージには埋まってたんだ!だったら、まだ見つけてないだけかもしれないだろ!」


 堀田はバケツを床へ置いた。


「もう1回、見に行かないか?」


 きいろの手が止まった。


「……」


 しばらく何も言わない。


 やがて、低い声で答えた。


「何もなかったら、残酷な結果になる」


「……何が?」


「俺も、お前も、桜谷も、貴聞も」


 きいろが顔を上げる。


「今の君野の中には、誰も残っていないことになる」


「……」


「あいつに残っているのは、執事が読んだメルヘンな世界だけだ」


 その言葉が、妙に重く響いた。


 堀田はすぐには言い返せなかった。


 きいろだって同じ。


 地下室で君野と過ごしている。


 絵を描き、話をして、キスまでした。


 それでも夢の中に何もないのなら――


 残酷なのは、俺だけじゃない。

 堀田はさらに答えた。


「……お前は、何か分かったのか?」


「言いたくない」


「なんで!?」


「今のお前は信用ならない」


 即答だった。


「っ……!」


「君野がどこにも居場所を見つけていないのなら、お前らに渡すつもりはない」


 堀田は思わず口を開きかける。


 だが――そのまま、喉の奥から飛び出しかけた言葉を飲み込んだ。


 こういうマイペースなところ。


 高校時代から、何も変わっていない。


 自分で決めて、自分だけで納得して、勝手に突っ走る。


 だが、そうやって全部を1人で背負い込み、最後には自分の身まで投げ出そうとした危険な奴でもある。


「大体、俺だけに言うのは筋じゃない」


「……?」


「桜谷にも、貴聞にも言うべきだ」


「ああ。そうだよな」


 堀田は小さく息を吐いた。


「もう殺し合いのレースは終わりだ。だったら次は、ちゃんと俺のケージも壊してくれよ」


「……」


 きいろは返事をしなかった。


 それでも堀田は、ほんの少しだけ気が楽になった。


 その夢の世界を確かめるのは、明日にすることになった。


 白黒も今日は疲れている。

 それに本人も、まだやりたいことがあると言っていた。


 だったら、その間に俺も準備をしておけばいい。


 そうだ。


 等々元さんには、今夜、吉郎へ『桃太郎』を読んでほしいと頼んでみよう。

 もし俺の考えが正しいなら――


 次の夢には、大きな桃でも出てくるかもしれない。


「……」


 想像すると、少しだけ楽しくなってきた。


 そうだ、今まで俺たちがレースなんてものにこだわって、ずっといがみ合っていたから、吉郎がいなかったんだ。


 誰が先に辿り着くか。


 誰が吉郎にキスをするか。


 そんなことばかり考えていたから、見つけられなかっただけなのかもしれない。


 きっとそうだ。


「俺たちが彩ってやればいい……」


 堀田は地下室を出ると、階段を駆け上がった。


 



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