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第37話「朝会議」

その日の朝、白戸家(しろどけ)の食堂の大広間は戦場だった。


昨日の夜中に終わったパーティーの後片付けで、等々元(とうとうげん)を筆頭に皆でテーブルを元に戻し、ひたすら現場復旧という名の大掃除をしていた。


「すみません……!!気絶してたみたいで……!」


すると、朝まで君野(きみの)の部屋でぶっ倒れていた堀田(ほった)の声が、入口から聞こえてきた。


慌てて頭を下げながら片付けにやってきたものの、その頃にはもう、食堂はきれいに整っていた。


「……なにしてんだ?」


そして、目の前の異様な光景に、堀田は一瞬固まった。


整えられたいつもの長すぎる食卓。その上で、君野が岸に打ち上げられたクジラのように眠っていた。


その脇には異様な3人が座り、平然と食事を待っている。


その中で、貴聞(きぶん)だけが堀田に気づいて顔を上げた。


「ああ、堀田。おつかれ様。おいで」


いつもの穏やかな笑顔で、こちらを手招きする。


服装も相変わらずの黒いスーツだ。


堀田は食卓の上の君野を指差し、首を傾げた。


「これ、なんだ?」


「吉郎ね、ふらふらと移動して食堂に行き着いて、そのまま眠っちゃったみたい。ねえ、座って。お腹へったでしょ。あとは任せて食事しよう」


「けど、まだやること山ほど……」


「これは主人命令。僕のお願いは聞かなきゃだめなんだよ。……ふふ。お友達もいるこの機会だし、会うのは学生ぶりなんでしょ?」


やけにチャーミングな笑みを浮かべながら、貴聞は自分の隣の椅子を引き、堀田を座らせようとする。


そして突然、右手を高く上げて指を鳴らした。


等々元を呼ぶ、あの特別なサインだ。


すかさずやってきた等々元に、貴聞は堀田にも同じメニューを、と声をかける。


食卓には、ちょうど人数分の朝食が運ばれてくるところだった。


堀田の向かいにはきいろ。その横には桜谷(さくらたに)が座り、貴聞と向かい合っている。


そして、その間には白いワンピース姿の君野。


長い食卓の上で手足を投げ出したまま眠る君野を挟み、3人とも会話ひとつせず、視線だけを横や下へ泳がせていた。


なぜこいつらが朝っぱらから揃っているのか。


理由なんて、君野がここにいるから以外にないのだろう。


「……」


別にチームってわけじゃないが……。


なんか俺、白戸家側の人間に加勢して、あいつらの敵になってるように見えないか?


「私、待ってあげるわよ。堀田くんのメニューが出てくるまで」


突如、桜谷の優しい猫なで声が、堀田の思考をぶった切った。


隣のきいろは、すでに出されたものをマイペースにフォークで刺し、食べ始めている。


堀田は思わず声をかけた。


「そんなに腹が減ってるのか?」


「俺には時間がない」


そう答えたきいろの服には、飛び散った絵の具がまばらについていた。


絵の制作が忙しいんだろう。


というか、よくこんな状況で普通に絵を描けるもんだな……。


堀田は再び、目の前の君野へ視線を落とした。


いつものように、無垢な顔で眠っている。


投げ出された手が、すぐ目の前にある。


あまりにも無防備に眠る天使の姿に、なんて悪趣味な食事会なんだ……と、堀田は唾を飲んだ。


あれだけ求めていた、その寝顔。


それが今はこんなにも近くにあるのに――俺はまだ、夢の中のハムスターのように、絶望的なほどどうすることもできない。


そんな堀田の顔から何かを察したのか、貴聞が微笑んだ。


「彼を探して、見つかった場所がここだったからね。なら皆で食堂でご飯を食べましょうってことになったんだよ。それに召使いの皆も忙しくて総動員だったし、まとめてここで食べたほうが人手の節約にもなるしね……」


「はあ……」


「なにか飲む?堀田、お酒好きだよね。シャンパンとか飲む?」


「いや……いらない」


すると、その発言を笑うかのように、桜谷が卓上のワイングラスを軽く揺らし、中のシャンパンを口に運んだ。


「朝から飲んでんのか!」


堀田が驚くと、桜谷は視線だけをこちらへ向けた。


昨日の赤いワンピースではなく、今日はもっとラフな薄手のワンピースを着ている。


「昨日のパーティーで、高級なお酒を飲めなかったのよ。白黒(しろくろ)くんのせいで」


「は?お前ら、出てたのか?あのパーティー!」


「一瞬よ。一瞬。白黒くんが『俺の代わりに愛想を振りまいてくれ』って言うから、ついていけばお酒も食事も楽しめるかなって思ったのに……」


そう言って、桜谷はワイングラスを傾け、中の液体をもてあそぶ。


すでに酔いが回っているのか、まるで演技でもするように、わざとらしく唇を尖らせた。


「酔っ払ったおじさまが、私の腰に触れただけよ。なのに『触るな。俺の恋人だ』って怒鳴って、10分で私を引きずって戻ってきたの。ほんと、都合のいい設定に振り回されっぱなし」


桜谷はわざとらしくため息をつく。


しかし隣のきいろは、お構いなしと言わんばかりに、焼きたてのフランスパンをかじっていた。


やがて堀田の目の前にも、軽くふわふわとした自家製のフランスパンと、ゆで卵、ウインナー、フルーツヨーグルトなどの軽い朝食が並べられる。


それを見た瞬間、昨日の夜から何も食べずに寝落ちしていたことを思い出した。


ぐう、と腹が鳴る。


目の前できいろが黙々と食事を続けているのを見て、堀田も遠慮なくパンにかじりついた。


すると桜谷と貴聞も、それを見届けたように、ようやくカトラリーへ手を伸ばした。


「あ……ごめんね、堀田くん。昨日、顔面を引っ掻いちゃって」


ウインナーをフォークとナイフで1口サイズに切りながら、桜谷が何気なく口にした。


「……あ!!そうだ、お前昨日、猫だったよな!やっぱりあの夢って、皆つながってたのか?」


「そういう話を、あなたがここに来る前にしていたの。つまり、全員が昨日の君野くんの夢の中にいたってこと」


「……待て。お前ら2人は、なんで吉郎の夢の中に入った?」


「さあ。過去にキスをした履歴でもあったんじゃない? 私はシャムネコだったけど、白黒くんはボルゾイ、貴聞くんは黒鳥だったわね。それで、あなたはハムスター」


桜谷が言うと、堀田のフォークが止まった。


「それって、この家にいるペットたち……か?でも、黒い鳥なんて飼ってたか?」


「そうだね。今、屋敷にいる動物たちと重なる。黒い鳥ではないけど、あの大きさの鳥といえば、吉郎が最初に来ていた頃、うちには白鳥がいたよ。この家の敷地の裏に大きな人工池があるから、冬になるとそこへ遊びに来るんだ」


貴聞はそう言いながら、パンを上品に手でちぎり、口へ運んだ。


「そんなでかい鳥……でも、なんで黒いんだ?」


「吉郎のことだし、僕が話した黒と白の美について、何か勘違いして覚えていたのかもね。……でも、あの世界は吉郎が作った、何かのメッセージなんじゃないかって、堀田は思わない?」


「……何かの……」


堀田は昨日の光景を思い返した。


あんな真っ暗な無限回廊だ。


吉郎の夢の世界にしては、あまりにも暗すぎる。


けれど、今の吉郎の状況を考えれば――あれは文字どおり、悪夢なのかもしれない。


すると貴聞が、穏やかな声で言った。


「あの世界、僕の王国にできればいいなって思うんだ」


「王国?なによそれ」


堀田が返事をするより先に、桜谷が聞き返した。


「あの暗い場所を、明るく華やかにしたいんです。今はきっと、吉郎が呪いのキスに蝕まれて苦しいんだと思います」


「それ、お前のせいじゃないのか」


きいろの一言で、食卓の空気が一瞬ピリついた。


しかし、本人はまるで気にしていない。


歯に衣着せず、そのまま言葉を続ける。


「大体、本当に君野がお前を白鳥として見ているのかも怪しいけどな」


貴聞は一瞬目を閉じると、再びきいろの顔をじっと見つめた。


それでも、きいろの容赦ない毒舌は止まらない。


「お前だけが、この屋敷にいない架空の生き物だった……そうも取れるだろ。君野にとって、お前はただの『異物』」


「それはこっちのセリフですよ。あなた、夢の中で僕と桜谷さんに噛みつきましたよね。あんなこと、吉郎への愛情でいっぱいのレイヴンは絶対にしない。あなたこそ異物では?」


堀田が口を挟む間もなく、貴聞は傷つくという行為を知らないとでも言わんばかりに、即座にやり返した。


おいおい……。


朝飯食いながら始める話か、これ。


しかし、きいろはニヤッと嫌な笑みを浮かべる。


「悪いな。あの時はただの獣だったんだ。君野……いや、吉郎のことを考えると、お前らの顔を見てるだけで鬱陶しくてな」


「あら、お互い様よ」


きいろが言い終えるなり、今度は桜谷が棘のある声で返した。


「待て待て、1回止まれよ! お前ら、皿でも投げ合う気か?とりあえず俺にも分かるように、昨日のこと、ちゃんと話してくれ!」


思わず椅子から立ち上がった堀田に、3人が静まる。


どうにか延焼は防げたらしい。


話を聞くと、どうやら昨日の夜、堀田が気絶していた頃に、皆も突然眠気に襲われ、気づけば床に倒れていたという。


そして――堀田がハムスターとして惨めにケージへ閉じ込められていた、あの夢の世界。


そこではクリーム色に輝く金色のボルゾイとシャムネコ、黒鳥が、吉郎を求めて部屋という部屋を探し回っていたらしい。


最終的に、どこかの部屋のベッドで眠っていた吉郎を見つけたのは白黒だった。


そして、その長いマズルで吉郎の口元をベロベロと舐め回し――そこで目が覚めたという。


桜谷が堀田を攻撃したのも、吉郎が欲しいという一点だけで凶暴化していたかららしい。


ということは――。


あの鳥の鳴き声は貴聞で、獣みたいな唸り声は白黒だったのか……!


堀田は1人、今さらながら衝撃を受けた。


「ふふ。私、君野くんからはシャムネコだと思われてるのね……」


「桜谷さん。飲みすぎです。シャンパン、こぼれてますよ」


貴聞に注意され、桜谷は緩みかけていた口元をきゅっと締めた。


「あなた、昨日の負けっぷりをどう思ってるの? そんな優雅に私たちと食事をしている場合?それとも、やっぱりこの人には勝てないって思った?」


桜谷は挑発するように、ワイングラスの口を貴聞へ傾けた。


さっきまでシャムネコの余韻に浸っていたところを邪魔されて、癪に障ったらしい。


「言ってますよね。あんな乱暴なことをするような人を、吉郎が好むわけないじゃないですか」


ガシャン。


その瞬間、きいろが持っていたフォークが皿の上に乱暴に落とされた。


食事を終えたきいろは席を立つと、その場の空気をぶった切るように言った。


「どう言おうが、夢の中の吉郎を見つけてキスをしたのは俺。勝者は俺だ」


そう言い切り、ニヒルな笑みを浮かべる。


あれ?


こいつ、本当に助けに来たわけじゃないのか?


堀田は絶望しかけながらも、学生時代から、こういう時ですら自由な奴だったな……と今さらながら思い知らされた。


そして、きいろは食卓の上で眠り続けている君野へ手を伸ばした。


「おい、なにする気だ?」


返事はない。


きいろは打ち上げられたままの君野の足をつかむと、容赦なく自分のほうへ引きずり始めた。


「ちょっ、おい!!」


君野の身体と一緒に、その下に敷かれていた白いテーブルクロスまで引っ張られる。


ガチャガチャッ、と食器が一斉に音を立てた。


「白黒くん!」


「ちょっと!」


残された3人は慌てて皿やグラスを押さえ、床へ落ちるのを防ぐので精いっぱいだった。


その間にも、きいろはお構いなしに君野を引き寄せていく。


「白黒!!」


堀田の叫びなど、まるで耳に入っていない。


食卓に並んでいたカトラリーをテーブルクロスでなぎ倒しながら君野を引きずり下ろすと、その小柄な身体を軽々と肩へ担ぎ上げた。


君野は――起きない。


きいろの広い背中に腹を預け、白いワンピース姿のまま、両腕をだらんと垂らしている。


「お前な……!」


堀田が声を上げても、きいろは振り返らなかった。


そのまま君野を担ぎ、何事もなかったかのように食堂を出ていってしまう。


残された3人は、遠ざかっていくきいろの広い背中と、そこから垂れ下がる君野を見つめるしかなかった。


「……っ」


静かになった食堂に、小さな歯ぎしりの音がした。


堀田が横を見る。


さっきまで優雅にシャンパンを飲んでいた桜谷だった。


グラスを握ったまま、きいろが消えた入口を睨んでいる。


酔っ払っている人間の顔には、とても見えない。


――やっぱり。


夢の中で負けた悔しさを、酒と演技で誤魔化してたんだな。


あれだけ余裕そうに振る舞っていたくせに。


こういうところは、昔から分かりやすい。


堀田がそう思っていると、隣から低い声が落ちた。


「……堀田。悪いけど、もう片付けて」


「……ああ」


今度は貴聞だった。


いつもの穏やかな笑顔は、もうない。


さすがにこいつも機嫌悪くなるんだな……。


堀田はそんなことを思いながら、静かに頷くしかなかった。



手違いでこの話が抜けてました。

2026/08/16にあらためて追加しました。


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