第十九話 (後編): 構図。描き直す。
皆さま、いつも読んでいただきありがとうございます!
今回は第十九話後編です。
前編では、エリックが「本当の敵は何なのか」に気付きました。
そして今回は、その答えに対してエリックらしい方法で挑みます。
派手な力押しではなく、「漫画家だからこそできる戦い」を楽しんでいただけたら嬉しいです。
それでは、第十九話後編をお楽しみください!
「構図。描き直す。」
エリックの一言に、エリシアとリシェルは息を呑んだ。
だが。
考える時間など与えてはくれない。
ドクン!
ドクン!
部屋全体が激しく脈打つ。
周囲が蠢き、足元が黒い泥のように波打ち始める。
濁流は触手のように伸び、二人の足元へ襲い掛かった。
「エリックさん!」
「エリック!」
二人が身構える。
しかし、エリックは目の前の巨獣ではなく、空間全体を見渡していた。
「……やっぱり。」
小さく呟く。
セル画を重ねるような小細工はもうしない。
彼は迷いなく、Gペン型の杖を黒い壁へ深々と突き立てた。
ゴッ――!!
鈍い音が室内に響き渡る。
「なっ……!」
リシェルが目を見開く。
「何をするおつもりですか!?」
エリックは壁面から手を離さない。
「編集。」
「リシェル。」
「しばらく。」
「そいつ。」
「頼む。」
コアビーストが低く唸り、異形の巨体を揺らす。
「承知しました!」
リシェルは迷わず飛び出した。
剣と杖を構え、巨獣の前へ躍り出る。
「エリシア。」
エリックは奥へ杖をねじ込みながら言った。
「俺に。」
「防壁。」
「頼む。」
エリシアは一瞬だけ戸惑う。
だが、すぐに頷いた。
「はい!」
幾重もの魔法防壁がエリックの身体を包み込む。
その瞬間だった。
キィィィィン――!!
Gペン型の杖から溢れ出した魔法陣が、壁の奥深くへと次々と吸い込まれていく。
一枚。
三枚。
十枚。
百枚。
幾何学模様が血管のように構造の内部を駆け巡り、部屋全体へ広がっていった。
ドクンッ!!
ダンジョンが大きく脈打つ。
「きゃっ……!」
エリシアが思わず一歩後ずさる。
魔力の流れが変わっていく。
今まで十階層へ集中していた膨大な出力が、壁の奥へ引きずり込まれていくのがはっきりと分かった。
「エリックさん……何を……!」
エリックは目を閉じたまま、驚異的な精度で全階層のパスを繋ぎ、解析を走らせていた。
「全部。」
「繋がってる。」
エリシアの顔色が変わる。
「そんな……。」
「階層ごとの魔力反応が……一つになっている……。」
魔王現象学ではあり得ない。
本来、各階層は独立しているはずだ。
魔力の流れも。
魔物も。
魔石核も。
すべて別々。
だが今、エリックの魔法陣が映し出しているのは違った。
一階層から十階層まで。
一本の巨大な魔力回路。
まるで、一つの生き物だった。
「なるほど。」
エリックが静かに笑う。
「十六ページ。」
「一気に描いた。」
「だから。」
「辻褄が合わない。」
その瞬間。
コアビーストが初めて焦ったように咆哮した。
「ガアアアァァァッ!!」
巨体がリシェルを無視し、エリックへ向かって一直線に突進する。
「行かせません!」
リシェルが真正面から飛び込む。
剣と爪が激突する。
ガギィィィン!!
凄まじい衝撃。
リシェルは歯を食いしばり、一歩も退かない。
「今です!」
エリックは頷いた。
Gペン型の杖を奥へさらに押し込む。
「描き直す。」
その瞬間。
十階層全体が、拒絶するように震えた。
ズゴゴゴゴゴ……!!
十階層という空間そのものが、悲鳴を上げるように歪んでいく。
「っ……!」
エリシアは思わず片膝をついた。
押し寄せる魔圧だけで、身体が押し潰されそうになる。
「エリシア様!」
リシェルが叫ぶ。
目の前では、コアビーストが自分自身の消滅を恐れ、狂ったように暴れ続けている。
ガギィィィン!!
「ここは……通しません!」
リシェルが満身創痍でそれを押し留める。
一方。
エリックは壁へ突き刺した杖を握ったまま、動けなかった。
逆流してくるダンジョン十階層分の情報と魔力。
それら全てが、一本の腕を通ってエリックの中へ流れ込んでくる。
血管が焼けるように熱い。
指先が震え、視界が揺れる。
それでも。
杖だけは離さない。
エリックにはもう、目の前の壁など見えていなかった。
見えているのは、一枚の巨大な原稿用紙。
歪んだ十六ページだけだった。
カリ……
カリカリ……
エリックは苦しい呼吸の中で、魔法陣を一個ずつ強引に書き換えていった。
「一階層。」
「二階層。」
「三階層。」
「順番。」
「違う。」
「ここ。」
「こう。」
エリシアが息を呑む。
「まさか……本当に、全階層をリアルタイムで書き換えているのですか……?」
エリックは答えず、ただ脳内の原稿に没頭する。
「一階層目。」
「ここじゃない。」
魔法陣が一つ消える。
「五階層。」
「順番が逆。」
また一つ組み替わる。
「だから。」
「読みにくい。」
「ガアアアァァァッ!!」
コアビーストが咆哮し、リシェルが押し込まれる。
エリシアの防壁にも細かな亀裂が走り始めた。
「エリックさん!」
エリシアが叫ぶ。
「あと、どれくらい……!」
エリックは苦しそうに息を吐きながら、ほんの少しだけ笑った。
「もう少し。」
「ネーム直し。」
「最後のページ。」
ドクンッ!!
その瞬間。
十階層の最奥。
黒い壁の奥に潜んでいた巨大な魔法核が、たまらず表面へ露出した。
「見つけた。」
エリックは目を開く。
「お前。」
「ボスじゃない。」
「ページをめくるための……」
一拍。
「忘れられたコマだ。」
「……よし。」
「構図が戻った。」
エリックは、壁に突き立てていたGペン型の杖を一度引き抜き――。
床へ、ドンと力強く突き立てた。
キィィィィィン……ッ!!
澄んだ硬質な音が空間に響き渡る。
その瞬間、まるで接着剤が剥がれるように、黒い壁に囚われていたレイナの身体がふわりと剥がれ落ちた。
「レイナさん!」
リシェルがすぐさま駆け寄り、倒れ込むその身を優しく受け止める。
同時にエリシアが駆け寄り、瞬時に回復魔法を展開した。
そして。
「ガ、ア……?」
コアビーストが、呆然とした声を漏らす。
巨獣は自らの爪を見つめていた。
指先から、パラパラと灰のようなものが零れ落ちていく。
頭部が、胴体が、四肢が。
まるでデッサンを消しゴムで消し去るように、音もなく白い灰となって崩れ、虚空へと溶けて消えていった。
「消えた……?」
エリシアが息を呑む。
あれほど狂暴だった気配が、嘘のように塵一つ残さず霧散していく。
「……う。」
ゆっくりと瞼が開く。
最初に見えたのは、杖を構えたまま立つエリックだった。
レイナは苦笑する。
「……また。」
「訳の分からないこと、やったな。」
エリックは小さく笑う。
「おかえり。」
「オチの担当。」
「戻ってきた。」
エリシアは安堵の息を漏らした。
「助かりました……。」
だが、レイナはどうにも一つだけ納得できないことがあった。
「なぁ、エリック。」
「結局、あのデカブツは何だったんだ?」
エリックは一言。
「モブ。」
レイナが眉をひそめる。
「……何だよ、そのモブって。」
エリシアも首を傾げた。
「壁の一部……ということですか?」
エリックは頷く。
「うん。」
「部屋を。」
「動かすための役。」
リシェルが納得したように息をつく。
「つまり……。」
「本体ではなく、部屋そのものの一部だった、と。」
「うん。」
「だから。」
「構図が戻ったら。」
「消えた。」
レイナはしばらく黙って歩き出した。
そして深いため息をつく。
「……聞かなければ良かった。」
「余計に分からなくなった。」
「……疲れた。」
エリックが小さく呟く。
エリシアが振り返った。
「エリックさん……大丈夫ですか?」
「うん。」
少し間。
「夜食にラーメンくいて。」
「……。」
三人が固まる。
「……ラーメン?」
レイナが首を傾げる。
「なんだ、それ。」
エリックはそこで気付いた。
「あ。」
「こっちにはないのか。」
「聞いた事ありませんね。」
エリシアが不思議そうに答える。
「どんな料理なのですか?」
エリックは少し考える。
「麺。」
「熱いスープ。」
「疲れた夜に食べると、なぜか明日も頑張れるやつ。」
「説明になってません。」
リシェルが苦笑する。
エリックは少しだけ笑った。
「今度作ってやる。」
「作れるのですか?」
「うん。」
一瞬だけ、遠い記憶を見る。
漫画だけでは生活できなかった頃。
原稿の合間。
深夜まで働いた麺作りのバイト。
小麦粉を練る感触。
スープの仕込み。
何度も失敗して覚えた手順。
(まさか……)
(あの時の経験が、こんなところで役に立つとはな。)
「本当ですか!?」
三人の目が一斉に輝いた。
エリックの作る「よく分からないけれど、凄く美味しそうな未知の料理」への期待が、一気に膨らんでいく。
エリックは苦笑いしながら、Gペン型の杖を静かに引いた。
「とりあえず。」
「先に行こう。」
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
第十九話後編、いかがでしたでしょうか。
今回は、エリックらしさをとことん詰め込んだ一話になりました。
普通なら力と力のぶつかり合いになる場面ですが、エリックは「構図」を見て、「編集」し、「描き直す」という、漫画家ならではの発想でダンジョンへ挑みます。
そして、無事レイナも帰ってきました。
……とはいえ、最後はやっぱりラーメン。
どんな大事件の後でも、お腹は空きますからね(笑)。
次回からは、新たな階層へ。
ここから先は、さらに未知のダンジョンが待っています。
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それでは、また次回お会いしましょう!




