表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/58

第十五話(後編) :トマトと魚と、狭すぎる丸太小屋

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


今回は久しぶりに、戦いではなく「日常」をたっぷり詰め込んだ回になりました。


エリックにとっては、トマトも魚もお風呂も全部スローライフの大切な一部です。


……もっとも、周囲はそう簡単には休ませてくれないようですが(笑)。


それでは、第十五話後編をお楽しみください!

トマトの種と極上のトマトを携え、エリックとリシェルが拠点へ帰ってきた。


丸太小屋の扉を開けた瞬間――。


「遅い!!」


待ち構えていたレイナが、凄まじい形相で詰め寄ってきた。


「遅すぎるぞ、エリック!! 一体どこで油を売ってたんだ!?」


エリックはまるで気にした様子もなく、首を傾げる。


「二日間、どうだった?」


その一言が、レイナの怒りに火をつけた。


「どうだった、じゃない!!」


「愚痴なら一生分あるぞ!!」


勢いよくエリックを指差す。


「あのエリシア様がだぞ!?」


「転移した瞬間から『素晴らしい術式です!』って目を輝かせて、壁も床も魔法陣も全部調べ始めるし!」


「気付けば地面に這いつくばって術式を写してるし!」


「呼んでも返事はしないし!」


「私じゃなく魔法陣と向き合ってるんだぞ!?」


さらに、自分の泥だらけの服を見せつける。


「それだけじゃない!」


レイナは勢いよくエリックを指差した。


「お前が買ったあいつらだ!」


「あのドラゴンの卵は異常に重いし!」


「運ぶだけで腰が砕けそうになる!」


「山羊は全然懐かない!」


「近付けば頭突き!」


「鶏は好き勝手な場所で卵を産む!」


「どこで産んだか毎日探し回る羽目になる!」


「私は王都の騎士だぞ!!」


怒涛の勢いでまくし立てるレイナ。


しかし、エリックが気になったのは別のことだった。


「ドラゴンの卵は?」


「そこかよ!!」


レイナの渾身のツッコミが丸太小屋中へ響き渡る。


「少しは私の苦労に耳を傾けろ!!」


「卵ならちゃんと隣の部屋で温めてる!!」


「それより王女殿下がこんな山奥の丸太小屋に泊まるなんて前代未聞なんだぞ!」


「もし何かあったら私の首が飛ぶ!!」


なおも止まらないレイナ。


その横で、リシェルは肩を小さく震わせながら口元を押さえた。


「ふふっ……。」


「皆さん、本当に仲がよろしいのですね。」


レイナは即座に振り返る。


「どこがだ!?」


「これのどこが仲良しに見える!?」


そんなやり取りをよそに、エリックは自分のお腹をさすった。


「お腹減った。」


リシェルも微笑む。


「そうですね。」


「私も、エリックの仰っていた『お風呂』というものに、ぜひ入ってみたいです。」


「ちょっと!!」


「人の話、聞いてるか!?」


レイナの叫びも虚しく、エリックは壁に立て掛けてあった自作の釣り竿を手に取った。


「よし。」


「釣り行く。」


「ええ、ご一緒します。」


二人はそのまま、何事もなかったかのように小屋を出て行った。



取り残されたレイナは、怒りで肩を震わせながら拳を握り締めた。


「もう、あいつめぇ……!!」


完全に怒り心頭だった。


 一方その頃。


 エリックとリシェルは、拠点近くを流れる澄んだ川へ来ていた。


 エリックが器用に釣り竿を振るう。


 ぴくり、と竿先が揺れたかと思えば、立派な川魚が勢いよく水面を跳ねる。


「また釣れた。」


 あっという間に十分な数の魚が揃っていく。


 川のせせらぎ。


 木々を揺らす心地よい風。


 リシェルはその穏やかな景色を眺めながら、小さく息を吐いた。


「これが……スローライフですか?」


「ああ。」


 エリックは短く頷く。


「良いだろ。」


「ええ。」


「とても。」


 リシェルは優しく微笑んだ。


 魚を確保すると、エリックは木製の大きな桶へ川の冷たい水を並々と汲み入れる。


 桶を足元の転移魔法陣へ静かに置いた。


「レイナがお風呂を待ってる。」


 淡い光が魔法陣を走る。


 次の瞬間、大桶は跡形もなく消え去った。


 ――丸太小屋の庭。


 転移魔法陣の上には、桶を受け取るための台座が用意されていた。


 家畜の世話で泥だらけになったレイナが腕を組み、待ち構えている。


 カッ――。


 魔法陣が淡く輝いた。


 大桶が現れる。


 中には澄み切った川の水が並々と満たされていた。


「よし。」


「これでお風呂の準備が――」


 そう呟いた、その時だった。


 再び魔法陣が光る。


「……ん?」


 水はもう届いたはず。


 レイナが首を傾げた次の瞬間。


 バシャ。


 バシャッ。


 何かが桶の水面へ次々と落ちてきた。


 真っ赤に熟した、大玉のトマトだった。


 一度、水底へ沈む。


 ぷくぷく、と泡を立てながら浮かび上がり、水面でころころと揺れ始める。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 四つ。


 人数分のトマトが、冷たい水に浮かんでいた。


 レイナはしばらくその光景を見つめる。


「……あいつめ。」


 トマトを一つ手に取る。


 ひんやりと冷たかった。


「ちゃんと人数分か。」


 思わず口元が緩む。


「……ふん。」


「上等じゃない。」


 怒りは、いつの間にかどこかへ消えていた。


 レイナは大きな声で丸太小屋へ呼びかける。


「エリシア様!」


「トマトが届きました!」


「すっごく冷えてますよ!」


しばらくして。


 エリックとリシェルが魚を抱えて丸太小屋へ戻ってきた。


「帰った。」


「遅い。」


 レイナはそう言いながらも、先ほどまでの怒りはすっかり影を潜めていた。


 代わりに、冷えたトマトを一つ放り投げる。


「ほい。」


 エリックは片手で受け取った。


「お。」


「冷えてる。」


「当たり前だ。」


 レイナは胸を張る。


「ちゃんと届いたからな。」


 エリックは満足そうに頷いた。


「ありがとう。」


 その一言だけで、レイナは照れ隠しのように顔を背ける。


「べ、別に礼を言われるほどじゃない。」


 エリシアも小屋から姿を現した。


「戻られたのですね。」


 その視線は、一瞬だけ魚へ向き――すぐにエリックの足元へ移る。


「転移魔法陣、問題なく作動しましたか?」


「ああ。」


「そうですか。」


 満足そうに微笑むエリシアを見て、レイナは肩を落とした。


「まず魚を見ろ、魚を。」


 リシェルは思わず吹き出す。


「ふふっ。」


 やがて四人で夕食の支度が始まった。


 炭火で焼かれる川魚。


 名人から譲り受けた真っ赤なトマト。


 焼きたての魚へ塩を振り、冷えたトマトを添える。


 それだけの質素な食卓。


 それでも四人の表情は自然と緩んでいた。


「いただきます。」


 魚を一口。


 外は香ばしく、中はふっくらとしている。


 続いて冷えたトマトをかじる。


 果汁が口いっぱいに広がり、甘みと酸味が絶妙に重なった。


 リシェルは思わず目を見開く。


「……美味しい。」


「でしょう?」


 レイナがどこか誇らしげに笑う。


「名人のトマトだ。」


 エリックも静かに頷いた。


「ああ。」


「育てる。」


 その一言に、リシェルは優しく微笑んだ。


 食後。


 裏手の露天風呂では、湯気が夜空へ立ち上っていた。


「これがお風呂……。」


 初めて湯へ浸かったリシェルが、思わず吐息を漏らす。


「温かい……。」


「気持ちいいだろ?」


 レイナも肩まで湯へ浸かりながら笑う。


「最初は私も驚いた。」


 エリシアは静かに湯面を眺める。


「生活のために、ここまで魔法を使うとは……。」


「本当に興味深いです。」


 その頃エリックは、小屋の外へ腰を下ろして夜空を見上げていた。


 満天の星。


 森を渡る静かな風。


 遠くで虫の鳴く声。


 しばらく黙って星空を眺めたあと、小さく呟く。


「明日。」


「種、植えような。」


 小屋から出てきたリシェルが、その隣へ静かに立つ。


「ええ。」


「楽しみですね。」


 エリックは夜空を見上げたまま、小さく頷いた。


「ああ。」


 ようやく始まる。


 誰にも邪魔されない、スローライフが。


静かな夜風が森を抜ける。


 レイナは湯上がりの身体を伸ばしながら、夜空を見上げた。


「……何か。」


 ぽつりと呟く。


「何か、大事なことを忘れてる気がするんだよな。」


 エリシアが首を傾げる。


「そうなのですか?」


「いや……。」


 レイナは腕を組み、しばらく考え込む。


 だが、答えは出ない。


「……まぁ、いいか。」


 その言葉に、エリックは静かに頷いた。


「ああ。」


「明日は種植えだ。」


 リシェルが小さく笑う。


「ふふっ。」


「楽しみですね。」


 満天の星空の下。


 四人は穏やかな夜を迎えた。


夜。


風呂を終え、それぞれ寝る支度を始める。


エリックが部屋へ入り、布団を眺める。


「……。」


「なぁ。」


三人が振り向く。


「何故、布団が増えてる?」


レイナはぽかんとした。


「……今そこか?」


「昨日持って来た。」


「どこから?」


「王都。」


エリックは少し考え込む。


「……。」


「王都、帰れたのか。」


レイナは思わず頭を抱える。


「帰れたよ!」


「何で今さら気付くんだ!」


エリシアは悪びれる様子もなく答えた。


「転移魔法陣がありますので。」


「布団だけ運んで参りました。」


エリックは首を傾げる。


「何で帰らなかった?」


レイナとエリシアは顔を見合わせる。


しばらく沈黙。


「……。」


「……。」


レイナがぽつりと呟く。


「……何でだろうな。」


エリシアは静かに答えた。


「……その。」


「エリックさんの付与した布団が、あまりにも素晴らしくて。」


「少し確認をと思いまして。」


レイナが呆れた顔をする。


「確認って……二日間ですよ?」


エリシアは少し視線を逸らした。


「……気付いたら朝でした。」


レイナがため息を吐く。


「王都に帰れたのに……。」


エリシアはふと、レイナを見る。


「レイナ。」


「貴方も寝ましたよね?」


「昼に。」


「……。」


レイナの動きが止まる。


「……あれは、その。」


「確認だ。」


エリシアは微笑む。


「私と同じですね。」


「……。」


レイナは視線を逸らした。


「……布団が悪い。」


エリックは首を傾げる。


「布団?」


二人は同時に答えた。


「「そうです。」」


 布団問題が解決しないまま、一日が終わった。


 エリックは天井を見上げる。


「……小さいな、この家。」


 その一言で、翌朝すべてが変わることになる。


最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!


ようやく「スローライフらしい日常」を書くことができました。


釣りをして、みんなで食事をして、お風呂に入り、明日は種を植える。

エリックが望んでいた生活が、少しずつ形になってきています。


……とはいえ、丸太小屋に四人はさすがに狭すぎました(笑)。


エリックの一言から、次回は拠点づくりが本格的に始まります。

果たして丸太小屋はどこまで進化するのか。


引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ