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第九話(前編):魔王現象よりドラゴンの卵

いつもお読みいただきありがとうございます。


前回、ゴーレム試験を四コマ漫画として攻略したエリック。

無事(?)Cランク冒険者となりました。


普通なら栄光の第一歩なのですが、この男の場合は違います。


王女の評価。

ギルドの期待。

世界の危機。


そんなものより優先順位が高い目標があります。


ドラゴンの卵です。


今回、少し説明回寄りですが、エリックはいつも通りです。

レイナの胃痛と共にお楽しみください。

「……単独撃破を確認」


試験官の、震える声が訓練場に響く。


「Cランク認定だ」


会場が一気にどよめいた。


「Cランク!?」「新人だぞ!?」「あり得ん……」

観客席の受験者たちが呆然とエリックを見つめる中、当の本人はつまらなそうに首を傾げた。


「Cか」


レイナが思わず鋭く突っ込む。


「お前、さっきの説明聞いてたのか?」


「聞いてたぞ」


「なら何でそんな不満そうな反応なんだよ!」


「上にまだあるだろ」


レイナは天を仰ぎ、深く頭を抱えた。この男、最初から一番上しか見ていない。


その時。


上層の特別観覧席から、パチ、パチ、パチ、と静かな拍手が響いた。


ざわついていた会場が、水を打ったように静まり返る。全員の視線が、自然と上へ向いた。


バルコニーの最前列。第三王女エリシアが立ち上がり、エリックを見下ろして微笑んでいた。


「見事でした」


凛とした声が落ちてくる。試験場の空気が完全に凍りついた。


その背後、バルコニーの影で側近がエリシアに静かに尋ねていた。


「殿下。本当に今後の調査、護衛はレイナ一人でよろしいのでしょうか。魔王現象の調査です。近衛騎士を同行させるべきかと」


エリシアは試験場を見つめた。倒れたゴーレムの傍らで、何故か「コマがどうの」と呟いているエリック。


そして胃を押さえているレイナ。


王女は少しだけ考えると、静かに首を横に振った。


「必要ありません」


「しかし――」


「むしろ逆です。護衛を増やせば増やすほど、彼の負担になります」


「負担、ですか?」


エリシアは小さく苦笑した。


「ええ。恐らく彼は、自分を守るより、周囲を生かす方が難しい方です」


側近は言葉を失った。


試験を見ていれば分かる。あの男はゴーレムと戦ってなどいない。


追い込み、罠にハメ、捕まえた。あれは高潔な戦士の戦い方ではなく、冷徹な狩人のそれだ。


「レイナ一人なら問題ありません。ですが、もし近衛を十人付ければ、彼はその十人分の配置まで『計算』に組み込まねばならなくなる。……そして、その方が彼にとっては危険です」


側近は深く頭を下げた。


「……御意に」


翌朝。


王都の冒険者ギルド、正面の受付カウンター。


「エリック様、レイナ様。こちらが昨日合格された、Cランクのギルドカードです」


昨日、エリックの「金貨五百枚発言」で固まっていた受付嬢が、心なしか背筋をピンと伸ばして鉄製のプレートを差し出してきた。


エリックはそれを受け取り、まじまじと表面の質感を見つめる。


「なぁ」


「は、はい! 何でしょうか!」


完全に気圧されている受付嬢に、エリックは真剣な顔でカードを突き出した。


「これ、もっと上のランクになったら、カードの素材(見栄え)って変わるのか?」


「え? あ、はい。Bランクは銀、Aランクは金、そしてSランクは白金プラチナになりますが……」


「よし」


エリックは満足そうに頷いた。どうやらプラチナの見た目が気に入ったらしい。


レイナがそれを横目に、受付嬢へ本題を切り出す。


「それで……今日からダンジョンに入るわけだけど、あそこの基本的なルールを教えてもらえる?」


受付嬢はコホンと一つ咳払いをし、資料を開いた。


「はい。まず大前提として、あの白銀の塔――ダンジョンは『生きて』います。魔物を一体倒しても、数分後にはまた同じ場所に新しい魔物が生まれます。立ち止まるのは危険です」


「リポップが早いな」とエリックが呟く。


「そして、十階層単位に一つ、強力な魔物が待ち受ける『ボス部屋』が存在します。今回、Cランク認定となったお二人が公式に攻略を許されているのは、三十階層のボス部屋までとなります」


「ちなみに」


レイナは、隣で早くも「30階層の先」を凝視しているエリックの気配を察知し、先回りして聞いた。


「その先、三十一階層以降に勝手に行った場合はどうなるの?」


受付嬢の顔から笑みが消える。


「……三十階層以降は、ギルドの管轄外。完全な自己責任となります。ちなみに、四十五階層には、なぜか魔物が一切入ってこない『**魔力休止域マナ・レストエリア**』が設けられており、大昔の食料や医療器具、寝泊まり用の設備が自由に使えますが……そこへ辿り着く前に命を落とす者がほとんどです。ですから絶対に――」


「――おい。レッドトマトの二人。ちょっと奥へ来い」


重厚な声が、背後から二人を遮った。


振り返ると、立派な髭を蓄えた厳格な佇まいの男――ギルド長が立っていた。


ギルド長室。


重々しい黒檀の机を挟み、ギルド長はエリックをジロリと睨みつけた。


「お前は、おそらく『三十階層の先へ行く』と言うと思って呼び出した」


ギルド長は深く椅子に腰掛け、パイプに火をつけた。白い煙が室内に広がる


「エリック。お前は『魔王現象』という言葉を知っているか」


レイナ

(終わった)


(頼むぞ)


(相手は第一王子派のギルド長)


(頼むから余計なことを言うな)


エリックが首を傾げる。


エリック

「興味無い」


ギルド長

「はぁ?」


レイナ

「はぁ!?」


ギルド長

「いや待て」


「興味が無いとはどういう意味だ」


エリック

「俺は卵を買いに来た」


レイナ

(やっぱり言った)


ギルド長

「卵?」


エリック

「ドラゴンの卵」


ギルド長

「……」


レイナ

(帰りたい)


「今から二百年前だ。この地に突如として魔王現象が起きた。近隣の都市は一瞬で災害に見舞われ、水は干上がり、畑は枯れ果て、何もないところから突然山火事が起き、疫病が流行った。多くの者が、抗う術もなく命を失った。……当然、この王都も甚大な被害を受けた」


ギルド長は、窓の外にそびえ立つ巨大な白銀の塔を見やった。


「あの白銀の塔はな、ダンジョンをこれ以上発展させないため、肥大化を食い止めるための『封印の術式』が組み込まれた塔なんだよ」


部屋の中に重苦しい沈黙が流れる。


「ギルドとしては、お前たちが三十階層より先へ行くのは止める。だが、どうしても行くと言うなら止めん。先ほど受付が言った通り、そこから先は自己責任だ」


ギルド長は、静かにレイナを見た。


「これは、レイナ、お前が慕う第三王女様の『魔王現象学』とは異なる意見だがな。


あの方々は調査と分析で現象を解明しようとしている。……が、ギルドとしての結論は一つだ。最下層、七十階層のボス部屋を叩き潰す。


それ以外に、魔王現象を完全に終わらせる方法は無いと考えている」


ギルド長

「以上だ」


エリック

「なるほど」


レイナ

(理解した)


(やっと終わった)


エリック

「つまり七十階層まで行けばいいんだな」


レイナ

「あああああああ!」


命を賭した世界の真実。王女とギルドの思想の対立。

あまりにも重い話を突きつけられ、レイナの顔が強張る。


しかし、エリックだけは違った。


彼はじっと腕を組み、頭の中で全く別の「計算」を始めていた。


(七十階層……。ページボリュームとしては長編並みだな。だが、それだけ広大なキャンバスがあれば、後半のコマ割りにかなり余裕ができる。それに、最下層のボスという『オチ』は、構図としても最高に映えるはずだ――)


エリックの目が、表現者としての怪しい光を帯び始める。


その横顔を見た瞬間、レイナはすべてを察し、こめかみを押さえた。


(あ、こいつ、今ものすごくろくでもないこと考えてる。絶対に止まらない。完全にスイッチが入った――)


「よし、ネーム(構成)の続きを描くか」と言わんばかりに不敵に笑うエリックの横で、レイナは早くも、昨日よりさらに悪化しそうな胃の痛みに襲われていた。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


今回はダンジョンの仕組みや魔王現象、王女派とギルドの考え方など、世界観の説明が中心の回でした。


……のはずだったのですが。


気付いたらエリックが「興味無い」と言い出しました。


作者も「お前そこでそれ言うのか」と思いました。


一方で、エリックらしいと言えば非常にエリックらしい気もします。


世界の危機より卵。

思想対立より卵。

魔王現象より卵。


ぶれない主人公です。


そしてレイナは今日も胃が痛い。


次回からはいよいよダンジョン攻略が本格的に始まります。

果たしてレッドトマトは何階層まで進めるのか。


また次回もお付き合いいただければ嬉しいです。

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