Ep98. 雪だるまの名前
識別できれば十分。管理できれば十分。研究対象に感情移入する必要はない。だから魔術触媒にも、実験動物にも、術式にも、無機質な番号ばかり付けていた。効率的だった。少なくとも当時の俺はそう思っていた。
◇ ◇ ◇
翌朝、オリヴィアが飛び込んでくる。何かを報告したくて仕方ない顔だ。最近は表情を見るだけで分かる。我ながら驚きである。
「雪だるまに名前つけたの!」
なるほど。どうでもいい話だ。前世の俺ならそう判断した。だが今の俺は少し興味があった。
「何て名前?」とバーバラが聞く。オリヴィアは胸を張った。
「ユキまる!」
……。ひどい。安直すぎる。雪だからユキまる。発想が単純すぎる。
「かわいい名前ね」とバーバラは絶賛している。甘い。母親という生き物は評価基準が甘すぎる。
「トムは変な名前だって言うの!」とオリヴィアが言う。「でも私は好き!」
その言葉で少し考える。好きだから付けた。それだけなのだ。効率も、合理性も、関係ない。その雪だるまが好きだった。だから名前を付けた。それだけ。
前世の俺には無かった発想だ。対象を管理するためではなく、大切にするために名前を付ける。そんな考え方を、知らなかった。
◇ ◇ ◇
「ねえルーク」とオリヴィアが窓を指差す。「今度見に行こうね」
雪だるまを。当然、今は無理だ。歩けない。外にも出られない。だが彼女は本気で言っている。いつか歩けるようになったら、いつか一緒に見に行こうと。
未来の話だ。また、未来の話。
最近気づいた。オリヴィアはよく未来の話をする。春になったら。大きくなったら。一緒に遊ぼう。一緒に食べよう。一緒に行こう。
不思議だった。どうしてそんなに先のことを信じられるのだろう。未来なんて不確定だ。事故もある。病気もある。別れだってある。それでも彼女は疑わない。明日が来ることを。春が来ることを。また会えることを。
その無邪気な確信が、少し眩しかった。
◇ ◇ ◇
窓の外では雪が降り続いている。ユキまるとやらも、今頃さらに大きくなっているかもしれない。
春になれば溶ける。形は消える。残らない。それでも、名前を付けて、大切にして、笑い合う。それはきっと、残るか残らないかとは別の価値なのだろう。前世では理解できなかったもの。だが今は、少しだけ分かる気がした。
そしてそんな自分の変化を、以前ほど嫌だとは思わなくなっていた。




