Ep91. 誰かの隣にいるということ
前世の俺は、役に立つことばかり考えていた。
価値。成果。効率。数字で測れるもの、結果として残るもの。それらだけが重要だった。だから役に立たない人間を軽視した。成果を出せない人間を見下した。そして自分自身もまた、成果を出せなくなったら価値がないと思っていた。
……ずいぶん息苦しい生き方だったな。
◇ ◇ ◇
仲直り騒動から数日。オリヴィアは相変わらず毎日やって来る。そして相変わらずよく喋る。
「トムね、昨日また木から落ちたの」
学習能力はないのか。
「でも今度は泣かなかったんだよ」
それは偉い、たぶん。
「でもすごく痛そうだった」
だろうな。木から落ちたのだから。
そんな話を聞きながら、俺は最近、一つのことに気づいていた。オリヴィアは、誰かのことを話す時が一番楽しそうだ。自分の自慢ではない。誰かが頑張った話。誰かが笑った話。誰かが元気だった話。そういう時、彼女は本当に嬉しそうにする。
不思議な人間だ。前世の俺には理解できなかった種類の人間。だが最近は少し分かる。誰かが幸せだと嬉しい、そういう感情が存在することを。
◇ ◇ ◇
その日の夕方、オリヴィアが帰ったあと、バーバラが洗濯物を取り込んでいた。少し重そうな籠。以前の俺なら気にも留めなかっただろう。だが今は違う。手は大丈夫だろうか。無理をしていないだろうか。そんなことが頭をよぎる。
「ん? どうしたの?」
バーバラがこちらを見た。俺は無意識に手を伸ばしていた。もちろん、赤子の腕では何もできない。籠は持てない。洗濯物も運べない。役に立たない。完全に、無力だ。
だがバーバラは笑った。
「ふふ。応援してくれてるの?」
そして優しく頭を撫でた。
応援。そんなものに意味があるのか。前世の俺なら鼻で笑っただろう。だが今は違う。オリヴィアもそうだった。仲直りする時、俺は何もしていない。それでも彼女は感謝した。
もしかすると、人は必ずしも何かをしてもらいたいわけじゃないのかもしれない。ただ一人じゃないと思いたい。隣に誰かがいると思いたい。それだけで前を向けることがある。
前世の俺は、最高の医魔術師だった。だが誰かの隣に立つことはできなかった。治療はできても、寄り添うことはできなかった。
だから今度は、少し違う人生を歩いてみたい。治せる医魔術師だけじゃない。誰かの隣に立てる医魔術師に、なれたらいい。
そんなことを、冬の夕暮れの中で、ぼんやりと考えていた。




