Ep09. 正しさは、必ずしも正しくない
正しいことは、信用できるか。
——答えは、否だ。
正しさというのは、多数決だ。
数が多い方が正しいとされる。
理由は簡単だ。
その方が都合がいいからだ。
だが。
都合がいいことと、真実であることは別だ。
——前世の俺は、それを理解していた。
理解していて。
そして、利用していた。
◇ ◇ ◇
「やっぱりさ、あの人ちょっと……ねえ」
女の声。
家の外。
近い。
壁一枚向こう。
「うん、子供がいるのにああいうのは……」
別の声。
同意。
補強。
典型的な構図だ。
主張と、それを支える賛同。
——正しさの完成。
◇ ◇ ◇
俺は黙って聞いていた。
聞かされている、と言った方が正しいか。
赤子に耳を塞ぐ術はない。
意識して遮断することもできない。
だから、入ってくる。
そのまま。
◇ ◇ ◇
「でもさ、あの子は可愛いよね」
「そうねえ……もったいないわよね」
◇ ◇ ◇
評価が分離する。
母は否定。
子は肯定。
都合のいい分割。
これもまた、よくある構図だ。
◇ ◇ ◇
——ああいう女。
——もったいない。
◇ ◇ ◇
言葉が軽い。
あまりにも軽い。
重さがない。
責任がない。
だが。
その軽さが、広がる。
共有される。
強化される。
◇ ◇ ◇
それが。
正しさになる。
◇ ◇ ◇
扉が開く音。
バーバラが戻ってきた。
今日も。
昨日と同じように。
◇ ◇ ◇
「ただいま、ルーク」
笑顔。
いつもの。
少しだけ、作られたもの。
◇ ◇ ◇
外の声は、止まっていない。
聞こえているはずだ。
距離的に。
音量的に。
——聞こえないはずがない。
◇ ◇ ◇
だが。
彼女は反応しない。
振り向かない。
否定もしない。
◇ ◇ ◇
無視。
◇ ◇ ◇
それが選択か。
あるいは。
それしかできないのか。
◇ ◇ ◇
俺は考える。
これは何だ。
強さか。
弱さか。
◇ ◇ ◇
前世の俺なら。
切り捨てる。
——弱い。
そう断定する。
反論しない。
否定しない。
黙って受け入れる。
それは敗北だ。
◇ ◇ ◇
だが。
今の俺は。
その結論に、少しだけ引っかかった。
◇ ◇ ◇
なぜなら。
◇ ◇ ◇
バーバラは。
俺を抱き上げたからだ。
◇ ◇ ◇
外の声よりも。
俺を優先した。
◇ ◇ ◇
「寒くなかった?」
問いかけ。
内容は単純だ。
だが。
その選択は。
単純ではない。
◇ ◇ ◇
無視しているのは。
声ではない。
◇ ◇ ◇
選んでいるのは。
対象だ。
◇ ◇ ◇
——なるほど。
◇ ◇ ◇
すべてに反応する必要はない。
すべてを相手にする必要もない。
◇ ◇ ◇
選べばいい。
◇ ◇ ◇
前世の俺は。
すべてを切り捨てた。
だから楽だった。
だが。
何も残らなかった。
◇ ◇ ◇
バーバラは違う。
切り捨てている。
だが。
全部ではない。
◇ ◇ ◇
外を捨てて。
内を取る。
◇ ◇ ◇
非効率だ。
だが。
意味はある。
◇ ◇ ◇
「ルーク?」
呼ばれる。
俺の名前。
◇ ◇ ◇
外の声とは違う。
同じ言葉を使っていても。
重さが違う。
◇ ◇ ◇
……妙だ。
◇ ◇ ◇
同じ人間の言葉なのに。
なぜ、こうも違う。
◇ ◇ ◇
俺は手を動かす。
バーバラの服を掴む。
無意識に。
◇ ◇ ◇
「……どうしたの?」
少し驚いた声。
だが、拒まない。
◇ ◇ ◇
観測。
反応あり。
◇ ◇ ◇
だが。
今回は、それだけではなかった。
◇ ◇ ◇
外の声。
中の声。
正しさ。
選択。
◇ ◇ ◇
情報が増えている。
単純な構図ではない。
◇ ◇ ◇
だから。
結論は出ない。
◇ ◇ ◇
ただ一つ。
確かなことがある。
◇ ◇ ◇
正しいと言われているものが。
必ずしも。
正しいとは限らない。
◇ ◇ ◇
そして。
◇ ◇ ◇
間違っていると言われているものが。
すべて間違いとも限らない。
◇ ◇ ◇
——面倒だ。
◇ ◇ ◇
だが。
それでも。
◇ ◇ ◇
目を逸らすには。
少しだけ。
情報が多すぎた。




