表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/22

Ep07. 慣れは、油断を生む

同じ行動を繰り返せば。


 人はそれを「当然」と認識する。


 例外ではなくなる。

 特別ではなくなる。


 ただの現象になる。


 ——それは、危険だ。


   ◇ ◇ ◇


「ルークー」


 オリヴィアの声。


 もはや驚きはない。

 予測の範囲内。


 時間帯。

 頻度。

 接近距離。


 すべて、ある程度は把握している。


 再現性のある現象。


 ——扱いやすい。


   ◇ ◇ ◇


 俺は視線を向ける。


 逸らさない。


 これはすでに“習得済み”の行動だ。


 視線を合わせることで、相手の反応が改善する。


 その結果は、既に確認済み。


 ならば継続する。


 合理的判断。


   ◇ ◇ ◇


「今日も元気だね」


 オリヴィアが笑う。


 反応あり。


 表情の変化。

 声の柔らかさ。


 ——良好。


   ◇ ◇ ◇


 問題ない。


 想定通りだ。


 だから。


 もう一歩だけ、進める。


   ◇ ◇ ◇


 俺は、声を出した。


「……ぁ」


 短く。


 弱く。


 だが、意図して。


   ◇ ◇ ◇


「……!」


 オリヴィアが止まる。


 わずかに目を見開く。


 反応速度、良好。


   ◇ ◇ ◇


「ルーク……今、呼んだ?」


 違う。


 呼んではいない。


 意味のある音ではない。


 ただの発声。


 だが。


 彼女はそこに意味を見出した。


 ——人間はそういう生き物だ。


   ◇ ◇ ◇


 ならば。


 利用する。


   ◇ ◇ ◇


「……ぁ」


 もう一度。


 同じ音。


 同じ条件。


   ◇ ◇ ◇


「ふふ……もう一回言って」


 笑う。


 明らかに、喜んでいる。


 理由は単純だ。


 “自分に向けられた”と解釈しているから。


   ◇ ◇ ◇


 なるほど。


 単純だ。


 極めて単純だ。


 だが。


 だからこそ、扱いやすい。


   ◇ ◇ ◇


 俺は、さらに続けた。


「……あ」


 少しだけ変化を加える。


 音の長さ。

 間の取り方。


 反応を見るための調整。


   ◇ ◇ ◇


「すごい……ルーク、おしゃべり上手だね」


 評価。


 肯定。


 明確な報酬。


   ◇ ◇ ◇


 成功。


 これは成功だ。


 低コストで高反応。


 極めて効率の良い手段。


   ◇ ◇ ◇


 ——なるほど。


 これなら。


   ◇ ◇ ◇


 その瞬間。


 俺は、少しだけ油断した。


   ◇ ◇ ◇


「ルーク、好き」


 オリヴィアが言った。


 唐突に。


 何の前触れもなく。


   ◇ ◇ ◇


 ……何だ、それは。


   ◇ ◇ ◇


 理解が追いつかない。


 文脈がない。

 理由がない。

 対価もない。


 なのに。


 結論だけが、そこにある。


   ◇ ◇ ◇


 好き。


   ◇ ◇ ◇


 その言葉は、軽い。


 あまりにも軽い。


 前世で何度も聞いた。


 何度も使った。


 何度も、捨てた。


   ◇ ◇ ◇


 だから。


 価値はない。


 ——はずだった。


   ◇ ◇ ◇


「……ぁ」


 声が出る。


 意図しない音。


 制御不能。


   ◇ ◇ ◇


 心拍が上がる。


 呼吸が浅くなる。


 思考が乱れる。


 ——これは。


   ◇ ◇ ◇


 失敗だ。


   ◇ ◇ ◇


 予測していない刺激。


 未処理の感情。


 防御不能。


   ◇ ◇ ◇


 俺は泣かなかった。


 今回は。


 だが。


 泣かなかっただけだ。


   ◇ ◇ ◇


 代わりに。


 何もできなかった。


   ◇ ◇ ◇


「どうしたの?」


 オリヴィアが覗き込む。


 いつもの距離。


 いつもの表情。


 だが。


 俺の側が違う。


   ◇ ◇ ◇


 距離は変わっていない。


 なのに。


 遠い。


   ◇ ◇ ◇


 ——なるほど。


   ◇ ◇ ◇


 慣れは。


 油断を生む。


   ◇ ◇ ◇


 同じ行動。

 同じ反応。

 同じ結果。


 それが続けば、人は“理解した”と錯覚する。


 だが。


 人間は、変数だ。


 固定値ではない。


   ◇ ◇ ◇


 予測不能の一言で。


 すべてが崩れる。


   ◇ ◇ ◇


「ルーク?」


 呼ばれる。


 同じ声で。


 同じように。


   ◇ ◇ ◇


 だが。


 もう同じではない。


   ◇ ◇ ◇


 俺は目を逸らした。


 久しぶりに。


 意図的に。


   ◇ ◇ ◇


 回避。


 後退。


 再設定。


   ◇ ◇ ◇


 今の距離は、適切ではない。


 調整が必要だ。


   ◇ ◇ ◇


 ——理解した。


   ◇ ◇ ◇


 人間関係は。


 成功の積み重ねでは、安定しない。


   ◇ ◇ ◇


 たった一つの想定外で。


 簡単に崩れる。


   ◇ ◇ ◇


 俺は目を閉じる。


 思考を止める。


 処理を後回しにする。


   ◇ ◇ ◇


 結論は出ない。


 まだ。


   ◇ ◇ ◇


 ただ一つだけ、確かなことがある。


   ◇ ◇ ◇


 これは。


 前世の俺が、最も避けてきた領域だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ