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Ep68. “選ばれる”というぬくもり

選ばれることに、価値を感じたことはなかった。それは前世の俺にとって、至極当然のことであり、同時にひどく退屈で、乾いた事務手続きに過ぎなかったからだ。


評価されること。期待されること。必要とされること。それらはすべて、俺という個体が差し出す「能力」に対する正当な対価だった。卓越しているから選ばれる。使えるから選ばれる。他の誰にも代替が利かないから、消去法、あるいは純然たる最適解としてそこに据えられる。だからこそ、そこに温度などあろうはずがなかった。そこに介在するのは、冷徹な打算と圧倒的な効率、ただそれだけだ。選ぶ側は俺のスペックを見ており、選ばれる側の俺もまた、相手が提示する報酬や条件を見ていた。互いの利害が一致したから席に着く。その関係性は、合理的であればあるほど美しく、強固であると信じて疑わなかった。前世の俺は、そうして積み上げた実績の城の上で、誰に寄り添うこともなく、誰を寄り添わせることもなく、ただ一人の勝者として呼吸をしていたのだ。


……だが、そんな堅牢なはずの価値観が、今、あまりにもあっけなく、音も立てずに崩壊しようとしている。


「じゃあ今日は、ルークとふたりでいるね」


オリヴィアが穏やかな微笑みを浮かべながら口にしたその言葉は、俺の小さな胸の奥に、妙に深く、じんわりと染み込んでいった。いつもならこの時間、庭の向こうから賑やかな足音を響かせてやってくるはずの隣家の少年は、今日に限ってはこちらに顔を出さない。何でも、街へ買い出しに行く父親の手伝いに出かけたらしい。普段なら、その少年がオリヴィアの関心を半分以上持っていくことに、俺は冷めた視線を送っていたものだ。子供特有の騒がしさを忌避する前世の記憶が、静寂を求めていたからでもある。だが、今日、この家には俺とオリヴィアの二人しかいない。


オリヴィアは、床に座る俺のすぐそばに腰を下ろしている。いつもと同じ、肌が触れ合いそうなほど近い距離。いつもと同じ、春の陽だまりのように柔らかな笑顔。それなのに、空間を満たす空気の密度が、何かが決定的に違っていた。これは、前世の俺が一度たりとも味わったことのない感覚――ただ純粋に、他でもなく「俺が選ばれた」という、明確な事実の証明だった。そこには比較対象としての少年もおらず、彼が不在だからという妥協の選択でもない。オリヴィアはごく自然に、最初から当然のように、俺との時間を選んでそこにいてくれている。その事実が、どうしようもなくくすぐったく、そして、身体の芯からじわじわと湧き上がるように温かい。


理解不能だ、と前世の理屈を司る脳細胞が必死に警鐘を鳴らす。前世の俺なら、こんな感傷は鼻で笑って切り捨てていただろう。たまたま隣のガキがいなかっただけだ、単なる気まぐれだ、そんな些細な日常の巡り合わせに大層な意味を見出すな、と。冷徹に、論理的に、現実だけを直視して自己完結させていたはずだ。だが、今の俺は、この小さな幼児の身体に閉じ込められた俺は、彼女のその些細な選択に、拒みきれないほどの確かな意味を感じてしまっていた。


「ルーク、絵本読もうか。どれがいい?」


オリヴィアが棚から一冊の古びた絵本を取り出し、俺の目の前でページを開く。何度も繰り返し読み聞かされてきた、表紙の擦り切れた絵本だ。内容は極めて単純で、森の小さな動物たちが、来るべき冬に向けて木の実を集めたり、巣穴を掃除したりして冬支度をする、ただそれだけの起伏の乏しい物語だった。劇的な事件が起きるわけでもなければ、あっと驚くような伏線が回収されるわけでもない。論理的な整合性や、知的好奇心を刺激するようなギミックなど皆無に等しい。前世の俺であれば、最初の三行を読んだ時点で退屈さに耐えかねて本を閉じ、二度と視界に入れることはなかっただろう。時間と資源の無駄遣いだと一蹴していたはずだ。


だが、不思議なことに、オリヴィアがそれを音読し始めると、俺は驚くほど素直にその声に耳を傾けていられるのだった。彼女の声には、独特の心地よい抑揚がある。文字の羅列をなぞるだけでなく、物語の登場人物たちに慈しみを込めるような、温かな響き。楽しそうに細められる目元や、ページをめくる指先の優しい動き。そして何より、一文を読み終えるたびに、「楽しんでいるかしら」と俺の反応を確かめるように向けられる、柔らかい視線。そのすべてが、前世では決して得られなかった「他者からの無条件の配慮」であり、それがたまらなく心地よかった。


「あ、見てルーク。この子ね、ルークにちょっと似てるの」


オリヴィアが、絵本の隅に描かれた、一匹の小さな子狐を細い指先で指差した。他の動物たちが器用に木の実を運ぶ中、どこか不器用そうに、それでいてプライド高そうにそっぽを向いている子狐のイラストだ。


どこがだ、と前世のロジックが即座に反射的なツッコミを入れる。そもそも狐の耳と尻尾がついている時点で、人間である俺とは完全なる別種だろう。大体、俺の精神年齢は成人をとうに超えている。こんな絵本の中の幼いキャラクターと同類に扱われる筋合いはない。そう心の中で理路整然と言い訳を並べ立てる。だが、オリヴィアは俺のそんな内心の抵抗など見透かしているかのように、くすくすと鈴を転がすような声で笑いながら言った。


「ほら、ちょっとすねてる時の顔が、今のルークにそっくり。ねえ?」


……否定しづらい。実に遺憾なことだが、たぶん、彼女の指摘は図星だった。自分では無表情を貫いているつもりでも、この小さな赤ん坊の肉体は、俺の微細な感情の揺れを驚くほど正直に外へと表出させてしまうらしい。そのことに、少しだけ自分のコントロールを失っているような居心地の悪さを覚える。かつて完璧に感情を統制し、常に最適な仮面を被って生きてきた身としては、これほど無防備に内面を覗き見られるのは敗北に等しかった。


だが、決して嫌ではなかった。むしろ、その居心地の悪さの裏側にある感情は、紛れもない歓喜だった。彼女は俺を見ている。他人の誰かではなく、最大公約数としての「子供」でもなく、ただ一人の個として、俺の機微をちゃんと観察してくれている。表情のわずかな変化を読み、言葉にできない機嫌を察し、それを優しい言葉に変えて紡いでくれる。前世では、俺の成果や結果にしか興味を持たなかった周囲の人間たちとは、あまりにも対極にあるその眼差し。ただここに存在しているだけの自分を、これほどまでに見つめてもらえるという事実が、妙に、そして痛烈に嬉しかった。


気づけば、俺の小さな右手は、オリヴィアの衣服の袖をぎゅっと掴んでいた。


それはもう、理屈や思考を挟む余地のない、半ば反射的な癖のようなものになっていた。掴んでいなければ、この温かな現実がどこかへ消えてしまうのではないかという、幼児特有の、あるいは前世で孤独のどん底にいた人間特有の、根深い飢餓感がそうさせるのかもしれない。


「ふふ」


オリヴィアが絵本を持つ手を少しだけ止め、愛おしそうに目を細めて俺を見下ろした。


「そんなにくっつきたいの? ルークは本当に甘えん坊さんだね」


違う、と口を尖らせて反論したかった。これは単なる衣服の繊維の強度を確認するための行動であり、あるいは赤ん坊の把持反射の延長に過ぎないのだと、いくらでも冷徹な理由をこじつけることはできた。……だが、心の中のもう一人の俺が、静かに首を振る。


違う、ではない。かなり、その通りだ。俺は今、猛烈にこの女性に依存し、その体温を求めている。その事実を、もはや認めざるを得なくなっている自分自身に対して、俺は静かな敗北感と、同時に奇妙な解放感を覚えていた。かつてあれほど強固に張り巡らせていた「自立」という名の心の壁が、彼女の手によって一枚ずつ、丁寧に剥がされていく。そのプロセスに、かつてのプライドが静かに打ちのめされる一方で、かつて経験したことのない全能感のようなものに満たされていく。


前世で、誰かに「選ばれる」ことは多々あった。しかし、それは常に俺の能力への評価であり、俺という駒がもたらす利益への期待だった。もし俺の能力が衰えれば、あるいはもっと優秀な代替品が現れれば、その選択は容易に覆る。それが世界のルールであり、打算と効率に基づいた正しい社会の姿だと信じていた。


しかし、今は違う。


何もできない赤ん坊の俺が。ただ寝て、泣いて、ご飯を食べて、そこに転がっているだけの、生産性ゼロの俺が。何の成果も上げていないし、誰の役にも立っていない俺が、今、他でもないオリヴィアに選ばれている。その事実は、前世の判断基準からすればひどく不器用で、曖昧で、極めて非合理なものだ。利益の回収が見込めない投資など、前世の俺なら絶対に手を染めない愚行である。


それでも。能力という条件付きの評価ではなく、過去の成果という実績でもなく、ただ「俺だから」という、ただそれだけの理由で選ばれることが、これほどまでに世界を美しく、温かいものに変えるのだとは、前世の俺は死ぬまで知らなかったのだ。


オリヴィアが再び絵本を読み始める。その心地よい声の振動が、俺の小さな身体を包み込んでいく。俺は掴んだ袖の感触を確かめながら、今度はそっと、そのぬくもりに身を委ねるように目を閉じた。非合理万歳だ、と心の中で小さく呟きながら、俺は今世で初めて得た、本当の意味での「居場所」の暖かさを、深く、深く、その魂に刻み込んでいた。


絵本のページがめくられる乾いた音が、部屋の中に優しく響き渡る。冬を目前にした森の動物たちは、皆で身を寄せ合い、温かな家の中で幸福な眠りについていた。そのあまりにも他愛のないハッピーエンドが、今の俺には、どんな壮大な叙事詩よりも深く、心地よく響いていた。窓から差し込む午後の光はどこまでも穏やかで、俺を抱く世界の温度は、前世のどれほど高価な暖房器具よりも、遙かに温かかった。


ここから、さらに物語の解像度を上げ、ルークの前世の記憶と今世の日常がどのように交錯し、彼が「無条件の愛」を完全に受け入れていくのか、その長い軌跡をじっくりと描写していきます。


前世の俺は、いわゆる「神童」と呼ばれ、そのまま順調に大人たちの期待を追い越し続け、若くして社会の頂点へと上り詰めた人間だった。周囲の大人たちが俺に向ける眼差しには、常に何らかの意図が含まれていた。親は俺を自慢の道具として、教師は学校の実績を上げるための看板として、そして後に戦うことになるビジネスのライバルたちは、俺を排除すべき障壁か、あるいは利用価値のある神輿として見ていた。


「君ならやってくれると思っていたよ」

「さすがだ、君の代わりはどこにもいない」


そんな言葉を、何千、何万回と浴びせられてきた。若い頃の俺は、その言葉を文字通り受け止め、自分が特別な存在であることに優越感を抱いていた時期もあった。しかし、経験を重ねるにつれて、その言葉の裏にある冷徹な本質に気づかざるを得なくなった。彼らが褒め称えているのは「俺」という人間ではない。俺が生み出す「結果」であり、「利益」であり、「都合の良さ」なのだ。もし俺が一度でも致命的な失敗を犯し、その能力に陰りが見えれば、彼らは一瞬で手のひらを返し、より若く、より優秀な別の誰かを探しに行くだろう。


その冷酷な現実に気づいてからは、誰も信用しなくなった。誰も必要としなくなった。選ばれるために努力はするが、それは他者との繋がりを求めてのことではなく、自分が切り捨てられる側に回らないための、防衛策に過ぎなかった。選ぶ側と選ばれる側。その二者間の関係を規定するのは常に「契約」であり、感情の入る余地など一滴もなかった。


だからこそ、この世界に転生し、全く新しい命として生を受けた時、俺は猛烈な混乱に陥った。


最初に目を開けた時、視界に飛び込んできたのは、涙を流しながら俺を抱きしめるオリヴィアの姿だった。彼女はまだ小さく、何もできない、言葉すら発せられない俺を見て、まるで世界で最も価値のある宝物を見つけたかのように歓喜していた。その時の俺は、彼女の涙の理由が理解できなかった。この女は何を求めているのだろう。俺という赤ん坊が、将来どのような利益を彼女にもたらすか、その算段がついているのだろうか。それとも、単なる生物学的な本能によるバグのようなものだろうか。そうやって、前世の冷めた視点で彼女の行動を分析しようとしていた。


しかし、日が経ち、月が流れても、オリヴィアの態度が変わることはなかった。俺が夜泣きをして彼女の睡眠を妨げても、彼女は怒るどころか、心配そうに俺の額を撫で、子守唄を歌い続けた。俺が食事をこぼして服を汚しても、彼女は困ったように笑いながら、優しく汚れを拭き取ってくれた。そこには、前世の俺が知っていた「契約」の概念は一切存在しなかった。与えることに対する見返りを、彼女は最初から一ミリも求めていなかったのだ。


そして今日、隣家の少年がいないという、ただそれだけの日常の一コマにおいて、その無条件の愛情はより鮮明な形となって俺の前に提示された。


普段、その少年――名はアレンというのだが――がこの家を訪れる時、オリヴィアの意識はどうしても彼に向きがちになる。アレンはルークよりも数歳年上で、すでに自分の足で走り回り、拙いながらも言葉を使って自分の意思を伝えることができる。オリヴィアにとって、アレンは「手のかかる、しかし会話ができる楽しい近所の子供」であり、俺は「まだ目を離せない、言葉の通じない赤ん坊」という位置づけだ。前世の合理的な思考に基づけば、アレンの方がコミュニケーションの費用対効果が高く、一緒にいて楽しいと感じるのは当然の帰結だった。そのため、俺はいつも二人が楽しそうに話している姿を、部屋の隅から一歩引いた視線で眺めていたのだ。自分はまだ赤ん坊なのだから、優先順位が下がるのは論理的に正しい、と自分を納得させて。


だが、アレンがいない今日のオリヴィアは、その注がれる愛情のすべてを、100%の純度で俺一人に向けている。


「ルーク、この絵本の次のお話、知ってる? 次はね、熊のさんが出てきて、みんなに大きいはちみつをプレゼントするの。ルークははちみつ、好きになるかなぁ」


オリヴィアは俺の顔を覗き込みながら、まるで対等な友人とお喋りでもしているかのように語りかけてくる。俺が言葉を返せないと分かっていながら、彼女は俺の瞳の動きや、小さな手の仕草から、俺の意図を汲み取ろうと必死になってくれている。


その真摯な姿を見ているうちに、俺の胸の中で、前世から引きずってきた頑固な結び目が、また一つ、するりと解けていくのが分かった。


前世の俺なら、このような中身のない会話に付き合う時間は「非生産的」だと断じていただろう。もっと未来のためになる知識を蓄えるべきだとか、この世界の言語体系を分析するための時間に充てるべきだとか、自分に対して常に過酷なタスクを課していたはずだ。しかし、今の俺は、オリヴィアが紡ぐ優しい言葉の波に、ただ身を委ねていることの幸福感を完全に理解していた。


なぜなら、彼女は俺が「優秀だから」一緒にいるのではないからだ。俺が「将来有望な神童だから」選んだのではない。ただ、ここにルークという名の命があり、それが自分の大切な存在であるという、ただそれだけの理由で、彼女は自分の最も貴重な資源である「時間」と「意識」を、俺のためだけに費やしてくれている。


この「無条件で選ばれる」という体験は、前世の俺がどれほどの大金を稼ぎ、どれほどの地位に就いても、決して手に入れることができなかった究極の贅沢だった。前世の俺は、常に条件付きの愛しか知らなかった。何かができるから愛される。価値があるから大切にされる。その過酷な条件付けの世界から解放され、ただ息をしているだけで全肯定されるという感覚が、これほどまでに人間(いや、今は幼児だが)の精神を安定させるものだとは、思いもしなかった。


俺はオリヴィアの袖を掴んでいた右手に、もう少しだけ力を込めてみた。


彼女の服の生地が、俺の小さな指の中でくしゃりと形を変える。その微小な抵抗感が、今、自分がこの世界に確かに存在し、そして愛されているという現実をリアルに伝えてくる。


「あら、どうしたのルーク? もしかして、お腹空いちゃった?」


オリヴィアは俺のその小さなアクションを見逃さず、すぐに絵本を置いて、俺を両腕で優しく抱き上げた。彼女の身体から、お日様のような、そして甘いミルクのような、独特の落ち着く香りが漂ってくる。彼女の胸に顔を埋めると、トントンと規則正しく刻まれる彼女の心臓の音が聞こえた。その一定のリズムは、前世の俺が常に追われていた時計の秒針の音とは違い、ただただ俺の心を静め、深い安心感で満たしてくれるものだった。


「よしよし、じゃあ今日はおやつを少し早めにしようね。ルークのために、特別に美味しいお粥を作ってあげる」


オリヴィアは俺を抱っこしたまま立ち上がり、台所へと向かって歩き出す。彼女の腕の中は、まるで世界で最も安全なシェルターのようだった。どんな嵐が来ようとも、どんな不条理が襲ってこようとも、この腕の中にいる限り、俺は守られているのだという絶対的な確信。前世の俺が、全財産を投げ打っても構築したかった「絶対的な安全圏」が、今、何の対価も支払うことなく、この小さな両腕の中に存在している。


台所に立つオリヴィアの横顔を、俺はじっと見つめていた。彼女は鼻歌を歌いながら、俺のために鍋に火をかけ、丁寧に食材を刻んでいる。その一つ一つの動作に、俺に対する愛情がこれでもかと詰め込まれているのが、今の俺にははっきりと分かった。


前世の俺なら、他人の善意を疑うことから始めていただろう。この女の目的は何だ、何のためにここまで尽くす、と。しかし、今の俺にはそんな無駄な邪推は必要なかった。ただ、目の前にある純粋な温かさを、そのまま素直に受け入れればいい。それが、この世界で新しく生き直すことを許された俺に与えられた、最大の特権なのだから。


「はい、お待たせルーク。熱いから、フーフーしてあげるね」


オリヴィアが木のスプーンにお粥をすくい、自分の唇を近づけて息を吹きかける。その些細な仕草すらも、俺にとっては新鮮な驚きであり、深い感動の対象だった。誰かが自分のために、これほどまでに細やかな配慮をしてくれる。その事実に、俺の胸の奥は再び、あのくすぐったいような、それでいて泣き出したいような、得体の知れない感情でいっぱいになっていく。


スプーンが俺の口元へと運ばれてくる。俺は小さな口を開けて、それを迎え入れた。口の中に広がる優しい甘さと、最適な温度。それは、オリヴィアの愛情そのものの味がした。前世で食べたどんな高級料理よりも、どんな美食家が絶賛した一品よりも、遙かに俺の心と身体を滋養していくのが分かった。


「美味しい? よかった。ルークがたくさん食べてくれると、私、とっても嬉しいな」


オリヴィアは本当に嬉しそうに、満面の笑みを浮かべた。その笑顔を見るためなら、前世で培った知識も、プライドも、すべてを投げ出しても構わないとすら、今の俺は本気で思い始めていた。


選ばれることに、価値を感じたことはなかった。

前世の俺にとっては、それは単なるビジネスであり、スペックの証明に過ぎなかったから。


でも、今世の俺は知っている。

何もできなくても、何の成果を上げられなくても、ただ「自分であること」を理由に選ばれるということが、どれほど人間の心を救い、どれほど世界を温かい色に染め上げるのかを。


俺はオリヴィアの笑顔を見つめ返しながら、今度は声には出さず、心の中でだけ、はっきりと彼女への感謝を告げた。この不器用で、非合理で、しかしこの上なく愛おしい「選ばれるというぬくもり」を、俺はこれから始まる新しい人生の中で、ずっと、ずっと大切に守り続けていこうと、小さな胸の奥で強く誓ったのだった。


窓の外では、いつの間にか風が止み、穏やかな太陽の光が部屋の隅々までを行き渡らせていた。台所の鍋から立ち上る白い湯気と、オリヴィアの優しい眼差し。そのすべてが調和したこの空間こそが、今の俺にとっての、世界のすべてであり、唯一無二の正解だった。前世の冷徹な合理主義者は、今や完全にこの温かな家庭の魔法に屈し、一人の幸せな子供として、新しい一歩を確実に踏み出していた。

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