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Ep66. 独り占めしたいなんて

独占欲は、醜悪だ。

前世の俺は、心底からそう思っていた。


相手をまるで自分の所有物か何かのように扱い、その行動を縛り、自由を奪う。それは愛情などという綺麗なものではなく、単に自分自身の内面にある肥大化した不安や自信のなさを、相手に押しつけているだけに過ぎない。

実に愚かしく、人間の精神的な未熟さをこれ以上ないほど顕著に象徴する感情。

だからこそ、前世の俺はそういう感情を抱く人間を軽蔑していたし、自分自身は常に合理的で、冷徹で、他者に対して適切な距離感を保てる賢者であるべきだと信じて疑わなかった。


……はずだったのだ。本当に、この世界に生まれ変わるまでは。


◇ ◇ ◇


「それでね、ルーク! その隣のお兄ちゃんが、すっごく器用にシロツメクサを編んでね、私に花冠を作ってくれたの! ほら、これ、可愛いでしょ?」


まただ。またその話をしている。


俺の目の前で、オリヴィアがそれは楽しそうに、瞳をきらきらと輝かせながら身振り手振りを交えて話している。

彼女が言っている「お兄ちゃん」とやらが誰なのか、俺は知っている。この家の隣に住んでいる、確か二つか三つ年上の、そばかすが特徴的な少年だ。


少年が花冠を作ったらしい。

少年は木登りが得意で、昨日は高い枝から綺麗な木の実を採ってきてくれたらしい。

今日は今日で、家の裏を流れる川で、素手で小さな魚を見つけたとか何とか。


どうでもいい。

本当に、心の底からどうでもいい話のはずだ。


前世の俺であれば、子供の他愛のない自慢話や日常の報告として、適当に微笑みを浮かべながら聞き流して終わっていた。右の耳から左の耳へと受け流し、一秒後には記憶の彼方へ消し去っているような、生産性のない幼児の会話。


なのに。

彼女の口からその「誰か」の名前が出るたびに。

彼女が自分以外の誰かとの思い出を楽しそうに語るのを耳にするたびに。


胸の奥の、一番深いところが、不快な音を立ててざらつくのだ。

まるで細かい砂を無理やり飲み込ませられたかのような、あるいは心臓を冷たい泥で汚されたかのような、どろりとした感覚。


不快だ。

極めて、不快極まりない。


……もちろん、理解はしている。前世の知識と、客観的な思考能力だけは無駄に引き継いでしまっているからこそ、自分の胸中で渦巻いているこの感情の正体を、嫌というほど正確に呼び当てることができる。


これは嫉妬の延長だ。

そして、嫉妬よりも遥かに性質たちが悪い。


――独り占めしたい。


そんな、教科書に載せたいほどに幼稚で、浅ましく、自己中心的な感情が、確かに今、俺のこの小さな胸の中に居座っている。

終わっている。本当に、精神的な意味で終わっている。

前世の俺が今の俺を見たら、間違いなく軽蔑を込めて顔をしかめていただろう。たかが一人の、まだ年端もいかない少女に対して、ここまで異常な執着を見せるなど。非合理の極みであり、知性の敗北以外の何物でもない。


「ルーク……?」


不意に、オリヴィアの話が止まった。

彼女は両手に持っていたはずの花冠を少し下げ、不思議そうに首を傾げて俺の顔を覗き込んできた。


どうやら、また顔に出ていたらしい。

失態だ。あまりの不快感に、感情の制御が完全に疎かになっていた。

前世の俺の鉄面皮であれば、どれほど内心で嵐が吹き荒れていようとも、表面上は完璧なポーカーフェイスを維持できていたというのに。


だが、今の俺は、まともに言葉すら話せない赤子なのだ。

大人の精神を持っていようとも、器がこれではどうしようもない。脳の神経伝達も、表情筋のコントロールも、全てが未熟な身体に引きずられている。

そして何より――この身体に宿る俺の心そのものが、前世よりも遥かに脆く、未熟で、制御不能なものに変質してしまっている。


身体が子供だから心が引きずられている、というのは、一見すると便利な言い訳になるかもしれない。だが、前世のプライドがそれを許さなかった。事実として俺は今、オリヴィアの意識が俺以外の何者かに向いているという、ただそれだけの事実に耐えかねているのだ。


「……る」


押し殺そうとしたはずの呼気が、小さな、掠れた声となって唇の隙間から漏れ出た。


「なあに?」


オリヴィアが、さらに身を乗り出してくる。

彼女の小さな、けれど温かい身体が、俺のすぐ近くまで迫る。

その瞬間、彼女の蜂蜜色の瞳には、隣家の少年でも、綺麗な花冠でも、川の魚でもなく、完全に、100パーセント、俺だけの姿が映し出されていた。


視線が、交わる。

彼女の意識の全てが、今この瞬間、俺という存在だけに注がれている。


――ああ、安心する。


そう思った瞬間、自分に対する強烈な嫌悪感が這い上がってきた。最低だ。本当に、どこまで醜悪になれば気が済むのか。

この、胸の奥がすっと軽くなるような極上の安心感こそが、俺の内面に巣食う「独占欲」の、何よりの証明ではないか。


他の誰かに向いていた彼女の意識が、自分の望み通り、俺の元へと戻ってきた。

それを、俺の歪んだ精神が歓喜している。

なんて醜く、独善的で、浅ましい男だろう。


……だが。

激しい自己嫌悪に苛まれながらも、俺はその心地よさを完全に否定し去ることができなかった。


俺は、自分の意思に反するようにして、布団から小さな、短い手を伸ばした。

未熟な指先は、思い通りに素早くは動かない。もどかしいほどにゆっくりと空を切ったその手は、けれど、まっすぐに彼女へと向かい――。


オリヴィアの服の袖を、きゅっと、小さな力で掴んだ。


離すな。

どこにも行くな。

他の誰の話もしなくていい。

ただ、俺だけを見ていろ。


言葉にすれば、あまりにも幼稚で、傲慢で、他者を縛る最低の意思表示。言葉にできない代わりに、俺はその小さな指先に、すべての歪んだ願いを込めて彼女の袖を握りしめていた。


「ふふっ」


オリヴィアの唇から、鈴を転がすような小さな笑い声が溢れた。

彼女は俺の無礼な行動を怒る風でもなく、むしろ愛おしそうに目を細めて、俺の手の上に自分の小さな手をそっと重ねてくる。


「ルーク、今日は甘えんぼだね。お姉ちゃんから離れたくないの?」


違う。

……と、前世のプライドを懸けて言い切りたかった。

だが、今の俺の行動を客観的に評価するならば、彼女の言う通り「かなり近い」どころか、そのものズバリであった。

その事実に改めて気づかされ、俺は内心で静かに、致命的なまでに打ちのめされる。


独り占めしたい。

ずっと自分だけを見ていてほしい。

他の誰かの楽しそうな話なんて、俺のいない世界の出来事なんて、俺の前でしないでほしい。


そんな、かつて自分が最も軽蔑していたはずの、醜くて非合理的な感情が、確かに俺の中に根を張り、暴れている。


醜い。

本当に、非合理だ。こんな感情は何の生産性もない。


だが、彼女の温かい手の温もりを肌で感じながら、俺はふと思ったのだ。


もしも。

かつて俺が「未熟の象徴」として切り捨てていたこの感情が。

誰かを自分の命よりも、自分自身の存在よりも独り占めしたいと思うほどに、狂おしく大切に感じてしまうということが。

もしもそれが、不完全な人間という生き物の、どうしようもなく自然な在り方なのだとしたら。


これは、ただ醜いだけの感情ではないのかもしれない。


理性では制御できず、論理的には説明がつかない。

未熟で。

不格好で。

前世の俺が見れば、呆れて言葉を失うほどに、どうしようもなく格好悪い感情。


それでも。

自分以外の誰かを、理屈抜きで「大事だ」と心から思っているからこそ、その反作用として生まれてしまう、切実な痛みなのだとしたら。


俺はいつか、この胸を引き裂くような醜さごと。

彼女を愛するという責任と共に、受け入れなければならないのかもしれなかった。


オリヴィアの優しい笑顔を見上げながら、俺は掴んだ袖を離せないまま、心の中でそっと、自嘲気味に、けれど確かに降伏の白旗を掲げたのだった。

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