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Ep49. 失いたくない日常

日常は、価値が低い。


前世の俺は、そう思っていた。


繰り返し。

停滞。

変化のない時間。


研究の方が重要だった。

成果の方が価値があった。


だから、誰かと過ごす“普通の時間”を軽視していた。


雑談。

食事。

何気ない会話。


意味の薄いもの。

そう切り捨てていた。


……なのに。


「ルークー」


オリヴィアの声。


それだけで、胸の奥が静かに熱を持つ。


いつもの時間。

いつもの声。

いつもの笑顔。


特別なことは、何もない。


事件も。

奇跡も。

劇的な変化も。


何ひとつない。


ただ、オリヴィアが来て、話して、笑う。


それだけ。


……なのに。


それが失われる想像をした瞬間、胸の奥が強く冷えた。


怖い。


また、この感情。


失いたくない。


この時間を。

この声を。

この温度を。


……終わっている。


本当に。


前世の俺なら笑っている。


たかが日常。

たかが他人との時間。


そんなものに価値を見出すなど、非合理だと。


だが。


今の俺は、この“たかが”を何より失いたくないと思っている。


「ルーク、見て!」


オリヴィアが、小さな花を見せてくる。


白い花。


名前は知らない。


前世なら、興味も持たなかった。


花に価値などない。

薬効でもなければ、研究対象にもならない。


それだけ。


だが、今。


俺は、その花を見ているのではない。


花を見せて笑っているオリヴィアを見ている。


楽しそうだ。

嬉しそうだ。


その顔を見るだけで、胸の奥が温かくなる。


……変わった。


本当に。


前世では理解できなかったものが、今はちゃんとわかる。


価値とは、有用性だけでは決まらない。


数字でも。

成果でも。

効率でもない。


“失いたくないと思うかどうか”。


それもまた、価値なのだと。


「ルーク?」


オリヴィアが笑う。


俺は、その声を聞きながら思う。


前世の俺は、たぶん一度も“日常”を持たなかった。


研究だけ。

成果だけ。


常に前へ。

止まらず。

積み上げ続けて。


最後には、誰も残らなかった。


……今なら、わかる。


人間は、“帰ってきたい場所”がないと。


どれだけ前に進んでも。


たぶん、どこかで壊れる。

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