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Ep44. 初めての怒り

怒りは、無駄だ。


前世の俺は、そう考えていた。


感情的になる。

判断が鈍る。

効率が落ちる。


だから、怒りは切り捨てていた。


苛立ちはあった。

軽蔑もあった。


だが、“感情としての怒り”は抑え込んでいた。


意味がないから。


……そのはずだった。


「オリヴィア、おそーい!」


外から、子供の声が聞こえた。


男。

聞き覚えがある。


以前、オリヴィアと遊んでいた子供だ。


「ごめんごめん!」


オリヴィアが笑う。

いつもの声。


だが、次の瞬間。


「またその赤ちゃんのとこ行ってたの?」


空気が変わった。


「最近ずっと一緒じゃん」


笑い声。

軽い。


悪意は、たぶん薄い。


だが。


俺の胸の奥は、一瞬で熱を持った。


不快だった。

強烈に。


「え、だってルークかわいいし」


オリヴィアが少し困ったように笑う。


だが。


「赤ちゃんなんかといて楽しいの?」


その瞬間。


胸の奥が、焼けるように熱くなった。


……何だ、これは。


怒り。


理解した瞬間、自分で自分に驚いた。


なぜ、こんなにも不快だ。


事実だ。

俺は赤子だ。


何もできない。


会話も。

遊びも。

まともな意思疎通も。


だから、“楽しくない”と思われても不自然ではない。


合理的ですらある。


なのに、なぜこんなにも腹が立つ。


……違う。


本当に腹が立っているのは、そこじゃない。


「楽しいよ!」


オリヴィアが、少し強く言った。


「ルーク、ちゃんとわかってるもん」


その言葉に、胸の熱が一瞬止まる。


……庇った。


俺を。


否定されて。

笑われて。


それでもオリヴィアは、俺の側に立った。


——理解不能だ。


前世では、なかった。


誰かが、自分のために怒る。

誰かが、自分を選ぶ。


そんな経験。


なかった。


だから、胸の奥がうまく処理できない。


熱い。

苦しい。


だが。


嫌ではない。


「わ、わかったよ。そんな怒んなくても」


男の子が苦笑する。


「怒ってない!」


オリヴィアが頬を膨らませた。


……怒っている。


明らかに。


俺のために。


その事実が、胸の奥を強く揺らした。


前世の俺は、他人を信用しなかった。


どうせ、自分を優先する。


そう決めつけていた。


だが、今。


オリヴィアは違う。


少なくとも、この瞬間だけは。


俺を優先した。


俺のために、不快そうな顔をした。


それが。


こんなにも嬉しい。


……終わっている。


本当に。

完全に。


俺は。


オリヴィアの感情に、救われ始めていた。

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