Ep40. 好きの意味
“好き”という言葉は、曖昧だ。
前世の俺は、そう考えていた。
好意。
欲望。
依存。
打算。
人間は、様々な感情を“好き”でまとめる。
だから信用できない。
言葉が軽い。
意味が広すぎる。
そして、簡単に裏返る。
昨日まで“好き”だった人間が、翌日には“嫌い”になる。
そんなものを、信じる価値はない。
……そのはずだった。
「ルーク、好き!」
オリヴィアの声は、まっすぐだった。
迷いがない。
その瞬間、胸の奥が強く熱くなる。
……理解不能だ。
たった一言。
それだけで、なぜこんなにも影響される。
前世の俺なら、分析していた。
理由を探し、目的を疑う。
何を求めている?
何を得たい?
そう考えていたはずなのに。
今、オリヴィアの言葉には打算が見えない。
ただ、好きだから好きと言った。
それだけに見える。
……怖い。
理解できない。
理解できないのに、嬉しい。
——最悪だ。
完全に、感情が理屈を追い越している。
「ルーク?」
オリヴィアが首を傾げる。
俺はじっと、その顔を見つめた。
笑っている。
いつもの顔だ。
だが今は、その笑顔の意味が違って見えた。
俺に向けられている。
俺だけに。
……熱い。
胸の奥が落ち着かない。
だが、嫌ではない。
むしろ、もっと欲しいと思ってしまう。
名前を呼ばれること。
笑いかけられること。
“好き”と言われること。
——危険だ。
欲しがり始めている。
前世の俺が、最も警戒していた状態。
求めれば、失う。
執着すれば、壊れる。
だから最初から、空っぽでいた。
その結果、何も失わなかった。
だが。
何も得られなかった。
……そこで、俺はようやく理解する。
前世の俺は、傷つかない代わりに、喜びも捨てていた。
安心。
期待。
嬉しさ。
全部、“危険”として切り離していた。
合理的だった。
だが、幸福ではなかった。
「ルークー」
オリヴィアが俺を抱き上げる。
温かい。
近い。
以前なら、嫌悪していた距離。
だが今は、落ち着く。
胸の熱が、ゆっくり静かになっていく。
……終わっている。
本当に。
完全に。
俺は、“好き”という感情を、もうただの錯覚としては扱えなくなっていた。




