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Ep39. 名前を呼ばれる喜び

名前は、識別記号だ。


前世の俺は、そう考えていた。


患者番号。

家名。

肩書き。


人間を区別するための記号。

それ以上でも、それ以下でもない。


だから、呼ばれることに意味を感じなかった。

必要だから呼ぶ。

ただ、それだけ。


……そのはずだった。


「ルーク!」


オリヴィアの声。

名前を呼ばれた瞬間、身体が反応する。


視線が向く。

胸の奥が熱を持つ。


……異常だ。

完全に。


たった名前を呼ばれただけ。

それだけで、なぜこんなにも反応する。


「今日はね、ルークに一番に見せたかったの!」


そう言って、オリヴィアは小さな花飾りを見せてきた。


手作りだ。

歪んでいる。

完成度は低い。


……だが、問題はそこじゃない。


“一番”。


その言葉が妙に胸に残る。


俺に、一番に見せたかった。

つまり、優先されたということだ。


特別扱い。


……危険だ。


理解している。

こんなものに慣れてはいけない。


期待が増える。

依存が深くなる。


前世の俺なら、距離を取っていた。


だが、今の俺は。


嬉しいと思ってしまった。


——最悪だ。


名前を呼ばれる。

会いに来る。

一番に見せたいと言われる。


その全部が、胸の奥を熱くする。


前世では、なかった感覚だった。


誰かが自分を優先する。

その事実を、俺は信用していなかった。


打算。

計算。

利害。


必ず理由があると決めつけていた。


だが、オリヴィアにはそれが見えない。


ただ、俺の名前を呼ぶ。

嬉しそうに。

まっすぐに。


……理解不能だ。


なのに、嫌ではない。


むしろ、もっと聞きたいと思ってしまう。


——終わっている。

完全に。


そこで、ふと思う。


前世の俺は、“ルーク・E・オリバー”を肩書きでしか見ていなかった。


天才医魔術師。

異端。

傲慢な男。


そういう記号。


だが、オリヴィアは違う。


ただ、“ルーク”を呼ぶ。


何者でもなく。

ただ、俺を。


……厄介だ。

本当に、厄介だ。


「ルーク、好き!」


唐突な言葉。


いつものように、まっすぐな声。


その瞬間、胸の奥が強く熱を持った。


以前とは違う。

もう、怖いだけではない。


嬉しい。


——そう感じてしまった。


俺は、その感情をもう完全には否定できなかった。

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