Ep38. 安心という敗北
安心は、隙だ。
前世の俺は、そう考えていた。
油断。
慢心。
依存。
安心した瞬間、人は鈍る。
だから、常に警戒していた。
裏切り。
失敗。
損失。
最悪を想定していれば、傷は浅い。
合理的だ。
……なのに。
「ルーク、ごめんね!」
オリヴィアの声。
それだけで、胸の重さが消えた。
——最悪だ。
完全に、安心している。
来てくれた。
忘れていなかった。
嫌になったわけでもなかった。
その事実だけで、身体が軽くなる。
……支配されている。
感情に。
他人に。
前世の俺が、最も嫌った状態。
「いっぱい待った?」
オリヴィアが覗き込む。
近い。
だが、今はそれが落ち着く。
……終わっている。
完全に。
俺は、そこで気づく。
“待っていた”のではない。
“来ると信じていた”。
だから、来なかった時間が不安だった。
そして、来た瞬間、安心した。
……約束を、信じていた。
子供の言葉を。
保証もない未来を。
——ありえない。
前世の俺なら、絶対にしない。
だが、今の俺は、その“ありえない”の中にいる。
「ルーク?」
オリヴィアが笑う。
その顔を見た瞬間、胸の奥が静かになった。
熱も。
不安も。
ざわつきも。
全部、落ち着いていく。
……理解不能だ。
なぜ、たった一人の存在で、ここまで変わる。
前世では、なかった。
誰か一人で、状態が変わることなど。
だから、今のこれは異常だ。
……だが。
そこで、ふと思う。
前世の俺は、本当に強かったのか?
誰にも影響されない。
誰にも依存しない。
誰も特別にしない。
確かに、傷つきはしなかった。
だが。
安心もしなかった。
待つことも。
帰ってくることも。
ほっとすることも。
何もなかった。
静かで。
合理的で。
……空虚だった。
「はい、ルーク」
オリヴィアが、小さな木の実を見せる。
「おみやげ!」
笑う。
俺は、その顔を見る。
胸の奥が、また軽くなる。
——敗北だ。
完全に。
前世の価値観は、崩れ始めている。
誰かに安心すること。
それを、もう。
“弱さ”だけでは、片づけられなくなっていた。




