Ep35. 失いたくない
失うことは、終わりではない。
前世の俺は、そう理解していた。
◇ ◇ ◇
人は死ぬ。
物は壊れる。
関係は切れる。
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当然だ。
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世界はそういう仕組みでできている。
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だから。
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最初から執着しなければいい。
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期待しなければいい。
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そうすれば。
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失っても痛くない。
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合理的だ。
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……そのはずだった。
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「ルーク、また明日ね!」
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オリヴィアが立ち上がる。
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帰る時間。
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最近はわかる。
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外が少し暗くなる頃。
バーバラが夕食の準備を始める頃。
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オリヴィアは帰る。
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毎日。
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……毎日?
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そこで。
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妙な感覚が生まれた。
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もし。
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来なかったら?
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——その瞬間。
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胸の奥が、強く冷えた。
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……何だ、今のは。
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恐怖?
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いや。
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もっと直接的だ。
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嫌だ。
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来なくなるのは。
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その想像だけで。
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落ち着かない。
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——最悪だ。
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完全に。
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執着している。
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前世の俺が、最も避けていた状態。
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他人が基準になる。
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他人の不在で、状態が変わる。
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脆い。
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致命的に。
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だが。
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そこで、俺は気づく。
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前世の俺は。
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“失う痛み”を避けるために。
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最初から、何も持たなかった。
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その結果。
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最後には、本当に何も残らなかった。
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静かだった。
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痛みもなかった。
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だが。
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温度もなかった。
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声も。
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笑顔も。
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誰かを待つ感覚も。
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何も。
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なかった。
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「ルーク?」
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オリヴィアが、不思議そうに覗き込む。
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俺は、無意識に手を伸ばしていた。
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服を掴む。
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小さい力。
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赤子の手。
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止められるほどではない。
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それでも。
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掴んでいた。
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……何をしている。
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理解している。
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これは。
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行くな、だ。
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まだいてほしい。
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そういう意味。
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——ありえない。
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前世の俺なら。
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絶対にしない。
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他人を引き止めるなど。
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弱さの証明だ。
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だが。
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今の俺は。
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手を離せなかった。
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「……ふふ」
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オリヴィアが笑う。
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優しい声。
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「さみしいの?」
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その言葉。
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胸の奥が、強く揺れた。
◇ ◇ ◇
否定したい。
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そんな感情。
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認めたくない。
◇ ◇ ◇
だが。
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手は、掴んだままだ。
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……答えになっている。
◇ ◇ ◇
「大丈夫。また来るよ」
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オリヴィアが、ゆっくり言う。
◇ ◇ ◇
その瞬間。
◇ ◇ ◇
胸の冷たさが、少しだけ和らいだ。
◇ ◇ ◇
——確定。
◇ ◇ ◇
俺は。
◇ ◇ ◇
失いたくないと思っている。
◇ ◇ ◇
オリヴィアを。
◇ ◇ ◇
その事実を。
◇ ◇ ◇
もう。
◇ ◇ ◇
完全には否定できなかった。




