表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/40

Ep34. 帰ってくる場所

場所には、意味がある。


 前世の俺は、そうは思っていなかった。


   ◇ ◇ ◇


 研究室は研究する場所。

 家は眠る場所。

 病室は治療する場所。


   ◇ ◇ ◇


 役割だけ。


   ◇ ◇ ◇


 機能だけ。


   ◇ ◇ ◇


 そこに感情は必要なかった。


   ◇ ◇ ◇


 だから。


   ◇ ◇ ◇


 どこにいても同じだった。


   ◇ ◇ ◇


 静かで。

 効率的で。

 無駄がない。


   ◇ ◇ ◇


 ……空っぽだった。


   ◇ ◇ ◇


「ルークー!」


   ◇ ◇ ◇


 オリヴィアの声。


   ◇ ◇ ◇


 部屋に響く。


   ◇ ◇ ◇


 その瞬間。


   ◇ ◇ ◇


 俺は、理解してしまった。


   ◇ ◇ ◇


 この部屋は。


   ◇ ◇ ◇


 もう、“ただの部屋”ではない。


   ◇ ◇ ◇


 オリヴィアが来る場所。


   ◇ ◇ ◇


 声が聞こえる場所。


   ◇ ◇ ◇


 笑う場所。


   ◇ ◇ ◇


 ——意味が増えている。


   ◇ ◇ ◇


 ……厄介だ。


   ◇ ◇ ◇


 場所に感情が紐づく。


   ◇ ◇ ◇


 前世の俺が、最も避けていた状態。


   ◇ ◇ ◇


 失えば。


   ◇ ◇ ◇


 場所そのものが変質する。


   ◇ ◇ ◇


 だから。


   ◇ ◇ ◇


 執着しなかった。


   ◇ ◇ ◇


 どこでも生きられるように。


   ◇ ◇ ◇


 誰がいなくても変わらないように。


   ◇ ◇ ◇


 ……なのに。


   ◇ ◇ ◇


 今の俺は。


   ◇ ◇ ◇


 扉が開くだけで、安心している。


   ◇ ◇ ◇


「今日はね、お母さんに怒られちゃった」


   ◇ ◇ ◇


 オリヴィアが話す。


   ◇ ◇ ◇


 内容は曖昧だ。


   ◇ ◇ ◇


 泥だらけで帰ったらしい。


   ◇ ◇ ◇


 どうでもいい。


   ◇ ◇ ◇


 前世の俺なら、そう切り捨てている。


   ◇ ◇ ◇


 だが。


   ◇ ◇ ◇


 今は違う。


   ◇ ◇ ◇


 “今日あったこと”を。


   ◇ ◇ ◇


 俺に話している。


   ◇ ◇ ◇


 その事実が。


   ◇ ◇ ◇


 妙に、胸に残る。


   ◇ ◇ ◇


 ……共有。


   ◇ ◇ ◇


 理解した瞬間。


   ◇ ◇ ◇


 軽い眩暈のような違和感が走った。


   ◇ ◇ ◇


 前世の俺は。


   ◇ ◇ ◇


 自分のことを話さなかった。


   ◇ ◇ ◇


 必要がないから。


   ◇ ◇ ◇


 他人の話も聞かなかった。


   ◇ ◇ ◇


 価値がないから。


   ◇ ◇ ◇


 だが。


   ◇ ◇ ◇


 今の俺は。


   ◇ ◇ ◇


 オリヴィアの話を、聞いている。


   ◇ ◇ ◇


 内容ではなく。


   ◇ ◇ ◇


 “話している”という行為を。


   ◇ ◇ ◇


 ……非合理だ。


   ◇ ◇ ◇


 だが。


   ◇ ◇ ◇


 嫌ではない。


   ◇ ◇ ◇


 むしろ。


   ◇ ◇ ◇


 少しだけ、落ち着く。


   ◇ ◇ ◇


「ルークは、今日なにしてたの?」


   ◇ ◇ ◇


 質問。


   ◇ ◇ ◇


 答えられない。


   ◇ ◇ ◇


 そもそも。


   ◇ ◇ ◇


 赤子の一日など、大差ない。


   ◇ ◇ ◇


 寝る。

 考える。

 少し泣く。


   ◇ ◇ ◇


 それだけだ。


   ◇ ◇ ◇


 だが。


   ◇ ◇ ◇


 そこで、ふと思う。


   ◇ ◇ ◇


 ——待っていた。


   ◇ ◇ ◇


 お前を。


   ◇ ◇ ◇


 ……最悪だ。


   ◇ ◇ ◇


 口にできるわけがない。


   ◇ ◇ ◇


 前世の俺なら、絶対に認めない。


   ◇ ◇ ◇


 他人を待つ?


   ◇ ◇ ◇


 愚かにも程がある。


   ◇ ◇ ◇


 だが。


   ◇ ◇ ◇


 今の俺は。


   ◇ ◇ ◇


 それを、否定しきれない。


   ◇ ◇ ◇


「んー?」


   ◇ ◇ ◇


 オリヴィアが覗き込む。


   ◇ ◇ ◇


 近い。


   ◇ ◇ ◇


 だが。


   ◇ ◇ ◇


 もう、その距離に慣れてしまっている。


   ◇ ◇ ◇


 ……変わった。


   ◇ ◇ ◇


 本当に。


   ◇ ◇ ◇


 少しずつ。


   ◇ ◇ ◇


 前世なら、拒絶していたものを。


   ◇ ◇ ◇


 今は受け入れている。


   ◇ ◇ ◇


 距離。

 声。

 温度。

 存在。


   ◇ ◇ ◇


 そして。


   ◇ ◇ ◇


 “帰ってくる”という感覚。


   ◇ ◇ ◇


 オリヴィアが来ると。


   ◇ ◇ ◇


 この部屋は、元に戻る。


   ◇ ◇ ◇


 静かすぎた空間に。


   ◇ ◇ ◇


 音が戻る。


   ◇ ◇ ◇


 熱が戻る。


   ◇ ◇ ◇


 意味が戻る。


   ◇ ◇ ◇


 ……理解した瞬間。


   ◇ ◇ ◇


 俺は。


   ◇ ◇ ◇


 ゆっくりと目を閉じた。


   ◇ ◇ ◇


 怖い。


   ◇ ◇ ◇


 やはり、怖い。


   ◇ ◇ ◇


 だが。


   ◇ ◇ ◇


 もう。


   ◇ ◇ ◇


 空っぽだった頃には。


   ◇ ◇ ◇


 戻れない気がしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ