Ep33. 待つという行為
待つことは、無意味だ。
前世の俺は、そう考えていた。
◇ ◇ ◇
時間は有限。
停止は損失。
何もしない時間に価値はない。
◇ ◇ ◇
だから。
◇ ◇ ◇
待たなかった。
◇ ◇ ◇
他人を。
返事を。
感情を。
◇ ◇ ◇
必要なら切る。
◇ ◇ ◇
合理的だ。
◇ ◇ ◇
……なのに。
◇ ◇ ◇
今の俺は。
◇ ◇ ◇
待っている。
◇ ◇ ◇
オリヴィアを。
◇ ◇ ◇
「すぐ戻るね!」
◇ ◇ ◇
その言葉。
◇ ◇ ◇
普通なら、忘れている。
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子供の言葉だ。
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時間感覚も曖昧。
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“すぐ”など信用できない。
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前世の俺なら、そう判断して終わっていた。
◇ ◇ ◇
だが。
◇ ◇ ◇
今。
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俺は、耳を澄ませている。
◇ ◇ ◇
足音。
声。
扉の音。
◇ ◇ ◇
反応してしまう。
◇ ◇ ◇
……最悪だ。
◇ ◇ ◇
完全に。
◇ ◇ ◇
“待っている”。
◇ ◇ ◇
それを自覚した瞬間。
◇ ◇ ◇
強い違和感が走る。
◇ ◇ ◇
待つとは。
◇ ◇ ◇
相手を基準にする行為だ。
◇ ◇ ◇
自分の時間を。
自分の状態を。
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他人に預ける。
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——危険だ。
◇ ◇ ◇
極めて。
◇ ◇ ◇
なのに。
◇ ◇ ◇
止められない。
◇ ◇ ◇
思考ではなく。
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身体が、待っている。
◇ ◇ ◇
静かだ。
◇ ◇ ◇
部屋が。
◇ ◇ ◇
いや。
◇ ◇ ◇
違う。
◇ ◇ ◇
足りないのだ。
◇ ◇ ◇
オリヴィアの声が。
◇ ◇ ◇
……理解した瞬間。
◇ ◇ ◇
俺は、目を閉じた。
◇ ◇ ◇
認めたくない。
◇ ◇ ◇
こんなもの。
◇ ◇ ◇
前世の俺なら。
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即座に切り捨てている。
◇ ◇ ◇
他人がいないだけで落ち着かない?
◇ ◇ ◇
愚かだ。
◇ ◇ ◇
脆弱だ。
◇ ◇ ◇
非合理にも程がある。
◇ ◇ ◇
だが。
◇ ◇ ◇
現実に。
◇ ◇ ◇
落ち着かない。
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胸の奥が、妙に静かすぎる。
◇ ◇ ◇
熱ではない。
◇ ◇ ◇
嫉妬とも違う。
◇ ◇ ◇
もっと。
◇ ◇ ◇
空っぽに近い感覚。
◇ ◇ ◇
……これが。
◇ ◇ ◇
“不在”か。
◇ ◇ ◇
前世では、感じなかった。
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誰がいなくなっても。
◇ ◇ ◇
世界は変わらなかった。
◇ ◇ ◇
少なくとも。
◇ ◇ ◇
俺はそう思っていた。
◇ ◇ ◇
だが。
◇ ◇ ◇
今は違う。
◇ ◇ ◇
オリヴィアがいないだけで。
◇ ◇ ◇
部屋の意味が変わる。
◇ ◇ ◇
静けさの質が変わる。
◇ ◇ ◇
……厄介だ。
◇ ◇ ◇
本当に。
◇ ◇ ◇
厄介だ。
◇ ◇ ◇
その時。
◇ ◇ ◇
外から、足音が聞こえた。
◇ ◇ ◇
軽い。
◇ ◇ ◇
速い。
◇ ◇ ◇
聞き慣れた音。
◇ ◇ ◇
瞬間。
◇ ◇ ◇
身体が反応する。
◇ ◇ ◇
視線が扉へ向く。
◇ ◇ ◇
胸の奥が、わずかに軽くなる。
◇ ◇ ◇
……確定。
◇ ◇ ◇
完全に。
◇ ◇ ◇
待っていた。
◇ ◇ ◇
「ルークー! ただいま!」
◇ ◇ ◇
扉が開く。
◇ ◇ ◇
オリヴィアの声。
◇ ◇ ◇
笑顔。
◇ ◇ ◇
その瞬間。
◇ ◇ ◇
静かだった胸の奥に。
◇ ◇ ◇
熱が戻る。
◇ ◇ ◇
ざわつきではない。
◇ ◇ ◇
もっと。
◇ ◇ ◇
柔らかい何か。
◇ ◇ ◇
……最悪だ。
◇ ◇ ◇
帰ってきて。
◇ ◇ ◇
安心している。
◇ ◇ ◇
そんな自分を。
◇ ◇ ◇
もう。
◇ ◇ ◇
完全には否定できなかった。




