Ep234. 姉を名乗る女
『私は』
『エリシア・E・オリバー』
第零研究室から届いた声を。
俺は。
すぐには信じられなかった。
「姉?」
ノアが。
俺を見る。
「ルークに?」
「知らない」
「母さん」
俺は。
バーバラを見る。
母の顔は。
はっきり青ざめていた。
「エドワードに」
「娘なんて」
「いません」
言い切る。
「少なくとも」
「私と結婚してからは」
では。
それ以前。
という可能性。
母も。
そこへ気づく。
表情。
さらに硬くなる。
『驚くのも』
『無理はない』
エリシアの声。
遠隔通信。
直接。
第零研究室。
『父は』
『私の存在を』
『隠したから』
「どうして」
俺が尋ねる。
『必要だった』
「何に」
『第三鍵を』
『完成させるために』
全員。
黙る。
「あなたが」
「第三鍵?」
『違う』
声。
落ち着いている。
『私は』
『予備』
予備。
その言葉。
胸。
嫌な感覚。
『父が』
『ルーク一人へ』
『すべてを背負わせないために』
『作った』
「作った?」
母。
強い声。
「人を」
「作ったと言うの?」
『正確には』
『生まれた』
『でも』
『自然な形ではない』
セオドア。
横。
表情。
険しい。
「エリシア」
初めて。
名前を。
知っているような声。
「お前は」
「生きていたのか」
『久しぶりね』
俺。
すぐ。
セオドアを見る。
「知ってる?」
「……名前だけ」
「それ」
「知ってるって言う」
「説明して」
セオドア。
目。
閉じる。
「エドワードが」
「第零研究室で」
「一度だけ」
「人工受胎研究へ」
「関わった記録がある」
「人工」
ノア。
顔。
しかめる。
「人を」
「作る研究?」
「そうだ」
前世。
俺。
そんな研究。
知らない。
「何のため」
「第三鍵」
セオドア。
「三つの生を」
「一人へ」
「背負わせる危険を」
「減らすため」
父。
俺を。
第三鍵から。
守ろうとした。
そのために。
別の子ども。
用意した?
「それ」
俺。
声。
低くなる。
「守るって」
「言わない」
「分かっている」
セオドア。
すぐ。
答える。
「エドワードも」
「後に」
「同じ結論へ至った」
「だから」
「研究を」
「止めた」
「でも」
『私は』
エリシア。
『もう』
『生まれていた』
沈黙。
◇ ◇ ◇
「母親は?」
バーバラが。
尋ねる。
声。
震えている。
『いない』
「どういう意味」
『卵子提供者は』
『いた』
『でも』
『母として』
『育てた人はいない』
研究。
施設。
子ども。
父。
胸。
重い。
「何歳」
俺。
『外見なら』
『二十六』
「実年齢」
『二十八』
俺の。
今世より。
ずっと上。
前世の俺と。
近い。
「じゃあ」
「父さんが」
「生きてた頃」
「あなたも」
「生きてた」
『そう』
「何で」
「俺に」
「会わなかった」
『会うなと』
『言われていた』
「父さんに?」
『最初は』
「最初?」
『最後は』
『私が』
『会わないと決めた』
「どうして」
『あなたを』
『見るのが』
『怖かったから』
その言葉。
意外。
「何が」
『父に』
『愛された子を』
『見るのが』
母。
息。
止める。
『私は』
『研究室で』
『育った』
『父は』
『定期的に来た』
『教えた』
『医術』
『魔術』
『泉』
『鍵』
「でも」
『抱かれた記憶は』
『ほとんどない』
父。
俺が生まれた日。
廊下で。
嬉しくて。
泣いた。
零号。
そう言った。
エリシア。
その時。
何歳。
「俺が」
「生まれた時」
『知っていた』
「父さん」
「俺を」
「見に行った」
『知っている』
「あなたは」
『研究室にいた』
静かな。
声。
怒っていない。
でも。
長く。
冷たい。
「それで」
ノア。
珍しく。
強い声。
「ルークを」
「恨んでる?」
『昔は』
「今は」
『分からない』
正直。
「だから」
「第三鍵」
「残したい?」
俺。
『それだけではない』
「なら」
「何」
『私は』
『父が』
『最後に』
『何を恐れたか』
『知っている』
父。
最後。
第三鍵を。
完成させるな。
俺へ。
泉のために生きるな。
そう。
残した。
「それなら」
「廃棄」
「止める必要」
「ない」
『ある』
「どうして」
『ネイを』
『信用していないから』
ラドウィンと。
同じ。
「あなたも」
「泉を」
「消したい?」
『必要なら』
「今は?」
『消すべき』
明確。
『ネイは』
『変わったのではない』
『学習しただけ』
「それの」
「何が違う」
『学習したものは』
『条件が変われば』
『別の答えを出す』
「人間も」
「同じ」
『だから』
エリシア。
少し。
声。
強くなる。
『人間にも』
『強制力が必要』
「強制力」
『第三鍵』
ネイが。
また。
人を。
傷つけた時。
止める。
最終手段。
それを。
残したい。
「じゃあ」
「鍵を」
「使う気は」
「ない?」
『今は』
「今は」
嫌な。
言葉。
『でも』
『必要になった時』
『誰かが』
『使えなければ』
『意味がない』
「その誰か」
「俺?」
『あなたである必要はない』
「模造鍵」
「六人」
『ラドウィンの案』
「あなたのじゃない?」
『私は』
『反対した』
「本当に?」
『あの子たちを』
『見た』
『同じ』
何。
『私と』
研究で。
役割のため。
生まれ。
名前。
人生。
後回し。
「だから」
「切った?」
『私が』
『遠隔で』
『接続を弱めた』
「六人が」
「拒絶した時?」
『そう』
セオドア。
驚く。
「では」
「切断が」
「想定より簡単だったのは」
『私が』
『ラドウィンの』
『補助術式を』
『止めたから』
味方。
なのか。
敵。
なのか。
分からない。
「じゃあ」
ノア。
「六人は」
「助けたい」
『当然』
「ネイは」
「消したい」
『そう』
「変」
『そうかもしれない』
「同じ」
「生きてるのに」
『同じではない』
「何が」
『ネイは』
『人間ではない』
俺。
少し。
腹。
立つ。
「昔は」
「人間」
『今は違う』
「だから」
「消していい?」
『危険性が』
『人間の範囲を』
『超えている』
理屈。
分かる。
でも。
「あなた」
俺。
「自分のこと」
「人間だと思ってる?」
通信。
止まる。
『何』
「研究で」
「作られて」
「第三鍵の予備で」
「普通の家族も」
「なかった」
「それでも」
「人間?」
長い。
沈黙。
『……そう思いたい』
「じゃあ」
「ネイも」
「自分が」
「何か」
「自分で決めていい」
『それと』
『危険管理は』
『別』
「そう」
「だから」
「第三根」
「共同管理」
「作る」
『不十分』
「何で」
『人は』
『裏切る』
「その可能性はある」
『ネイも』
『裏切る』
「あるかも」
『なら』
『最後の鍵は』
『必要』
そこ。
譲らない。
◇ ◇ ◇
「エリシア」
母が。
静かに呼ぶ。
『何』
「あなた」
「エドワードを」
「父親だと」
「思っていたの?」
少し。
間。
『思っていた』
「今は」
『分からない』
「嫌い?」
『はい』
即答。
『でも』
『会いたい』
ネイ。
母。
同じ。
嫌い。
会いたい。
複数。
「そう」
バーバラ。
目。
伏せる。
「私も」
何。
「母さん?」
「エドワードに」
「怒っています」
「今でも」
「でも」
「会えるなら」
「会いたい」
エリシア。
何も。
言わない。
「だから」
母。
「あなたが」
「そう思うことは」
「変ではありません」
『私を』
『許すの?』
「何を」
『あなたの夫の』
『娘であること』
母。
一瞬。
表情。
痛む。
「それは」
「あなたの罪ではありません」
エリシア。
声。
止まる。
「でも」
母。
続ける。
「第三鍵を」
「勝手に」
「残すことは」
「別です」
強い。
「ルークの人生を」
「また」
「誰かの保険に」
「使わせません」
俺。
胸。
熱い。
『私は』
『ルークを』
『使うとは』
『言っていない』
「でも」
「鍵を残せば」
「いつか」
「誰かが」
「この子へ」
「使えと言います」
父。
マティアス。
セオドア。
ラドウィン。
皆。
そう。
「もう」
「十分です」
母。
「ルークは」
「鍵ではありません」
『では』
『ネイが』
『再び暴走したら』
「皆で」
「止めます」
『止められなかったら』
「その時」
母。
一瞬。
俺を見る。
「その時」
「また」
「皆で」
「考えます」
『遅い』
「そうかもしれません」
「でも」
「まだ起きていない未来のために」
「今いる子どもへ」
「役割を押しつけるより」
「私は」
「そちらを選びます」
エリシア。
黙る。
◇ ◇ ◇
「エリシア」
俺。
「一つ」
「聞く」
『何』
「第三鍵を」
「残すと」
「あなたは」
「自由になれる?」
沈黙。
「予備として」
「作られたんでしょ」
「鍵が」
「消えたら」
「あなたの」
「役目も」
「終わる」
『そう』
「怖い?」
長い。
間。
『……怖い』
やっと。
声。
揺れる。
「何が」
『何のために』
『生きればいいか』
やっぱり。
そこ。
役割。
必要。
価値。
前世の俺も。
少し。
似ていた。
『私は』
『第三鍵の』
『予備だった』
『父は』
『途中で』
『やめた』
『でも』
『私には』
『それ以外』
『何も』
「医術」
『研究室で』
『学んだ』
「好き?」
『分からない』
「魔術」
『分からない』
「食べ物」
『何』
「好きなもの」
『……分からない』
何も。
自分で。
選んでこなかった。
ネイより。
ある意味。
もっと。
自分。
ない。
「じゃあ」
「第三鍵を」
「残したいの」
「世界のためだけ?」
エリシア。
返事。
遅い。
『……違う』
「自分の」
「役目が」
「消えるから?」
『そう』
認めた。
母。
少し。
目を閉じる。
「それなら」
俺。
「鍵」
「消した方がいい」
『何』
「役目が」
「なくなってから」
「何したいか」
「決めればいい」
『簡単に』
『言わないで』
「簡単じゃない」
「俺も」
「今」
「やってる」
第三鍵。
廃棄。
前世。
役割。
父。
全部。
残る。
「何するか」
「まだ」
「決まってない」
『あなたには』
『家族がいる』
「うん」
『村がある』
「うん」
『私には』
『ない』
「じゃあ」
「作るところから」
エリシア。
声。
止まる。
『無責任』
「そうかも」
「でも」
「第三鍵を」
「残して」
「役割に」
「しがみつくより」
「俺は」
「そっちがいいと思う」
『私は』
『あなたと違う』
「違っていい」
それ。
大事。
「姉だからって」
「同じじゃない」
初めて。
姉。
その言葉。
口に。
出した。
エリシア。
何も。
言わない。
◇ ◇ ◇
その時。
セオドア。
保存盤。
見る。
「廃棄率」
表示。
『第三鍵機構』
『九十三』
「進んだ?」
「エリシア」
「保全命令」
「解除した?」
通信。
沈黙。
『……一部』
「何で」
『考える時間が』
『欲しい』
「完全解除は?」
『まだ』
ノア。
小さく。
「ずるい」
『そうかもしれない』
「でも」
「六人」
「助けた」
「うん」
『あなたは』
『ノア?』
「そう」
『前世記憶を』
『入れられた子』
「今は」
「ノア」
『分かっている』
「なら」
「役割を」
「押しつけられるの」
「嫌なの」
「分かる?」
長い。
間。
『分かる』
「自分も」
「同じだから?」
『……そう』
「じゃあ」
「ルークに」
「鍵」
「残さないで」
『ルークだけの』
『ためでは』
「でも」
「誰か」
「使う」
『……』
「その誰かも」
「嫌かもしれない」
沈黙。
「僕」
「嫌だった」
『知っている』
「だったら」
ノア。
声。
震える。
「もう」
「やめて」
エリシア。
長く。
本当に。
長く。
何も。
言わなかった。
そして。
『分かった』
保存盤。
表示。
『旧王家監督権』
『強制保全命令』
『解除』
全員。
息。
止まる。
『第三鍵機構』
『廃棄再開』
『九十三』
『九十四』
「解除した」
俺。
『でも』
エリシア。
「何」
『私は』
『ネイを』
『まだ』
『信用しない』
「いい」
『何』
「信用しなくていい」
「監視」
「参加して」
『私が?』
「第三根」
「共同管理」
「ネイ」
「ナエル」
「セラ」
「リア」
「そこへ」
「エリシア」
「入る?」
全員。
少し。
驚く。
『私を』
『泉の管理へ?』
「信用してない人」
「一人いた方が」
「いい」
ノア。
笑う。
「それ」
「分かる」
母。
少し。
考える。
「本人たちが」
「同意するなら」
セオドア。
「技術面でも」
「エリシアは」
「適任」
エリシア。
返事。
ない。
「役割」
俺。
「残る」
「でも」
「第三鍵の予備」
「じゃない」
「皆と」
「話して」
「管理する人」
『それも』
『役割』
「嫌なら」
「やらなくていい」
すぐ。
言う。
「自分で」
「選ぶ」
エリシア。
呼吸。
聞こえる。
『考える』
「うん」
『今』
『決めなくていい?』
「いい」
『……そう』
誰かに。
今決めなくていい。
と言われたこと。
たぶん。
ない。
「エリシア」
俺。
「第零研究室」
「今」
「危険?」
『いいえ』
「そこに」
「残る?」
『今夜は』
「分かった」
「勝手に」
「第三鍵」
「触らない?」
『触らない』
「約束」
少し。
間。
『約束』
通信。
切れる。
◇ ◇ ◇
部屋。
静か。
母。
椅子。
座る。
力。
抜けたように。
「大丈夫?」
俺。
「分かりません」
珍しい。
「父さんの」
「娘」
「うん」
「知ってた?」
「いいえ」
「怒ってる?」
「エドワードに」
「かなり」
「エリシアには?」
母。
少し。
考える。
「分かりません」
「それでいい」
俺が。
言う。
母。
少し。
笑う。
「あなたに」
「言われるとは」
「便利」
「本当に」
ノア。
横。
頷く。
◇ ◇ ◇
夕方。
保護された。
六人。
全員。
模造接続。
切断後。
安定。
名前。
まだ。
ほとんど。
戻らない。
でも。
自分の声。
自分の感情。
少しずつ。
戻っている。
最初の少女。
俺。
近づく。
「どう?」
「頭」
「静か」
「老人の声」
「ない?」
「うん」
「怖い?」
「少し」
「名前」
「まだ?」
「……一つ」
「何」
少女。
胸。
押さえる。
「ミア」
「自分の?」
「たぶん」
「じゃあ」
「今は」
「ミア?」
少女。
少し。
迷う。
「使いたい?」
頷く。
「じゃあ」
「ミア」
ノア。
横。
笑う。
「僕は」
「ノア」
「知ってる」
「さっき」
「言った」
「そうだった」
ミア。
少し。
笑った。
笑える。
良い。
◇ ◇ ◇
夜。
宿へ。
戻る。
母。
疲れている。
俺も。
ノアも。
「今日は」
「もう」
「何もしない」
母。
「賛成」
俺。
「珍しい」
ノア。
「うるさい」
食事。
簡単。
スープ。
パン。
鳥肉。
なし。
ネイ。
今日は。
対話日ではない。
でも。
紫の欠片。
少し。
光る。
『第三鍵』
「うん」
『九十八』
あと。
二。
「ネイ」
『何』
「俺」
「姉」
「いた」
少し。
間。
『姉』
「そう」
『セラ』
「それは」
「リアの姉」
「俺の」
「エリシア」
『知らなかった』
「俺も」
『良い?』
「分からない」
『嫌?』
「分からない」
『便利』
「それ」
「覚えたね」
『今』
『決めなくていい』
「うん」
少し。
笑う。
「ネイ」
「エリシア」
「泉」
「信用してない」
『知っている』
「怒る?」
『少し』
「でも」
「共同管理」
「参加するかも」
『嫌』
「何で」
『消す人』
「今は」
「話せる人」
間。
『怖い』
「俺も」
「でも」
「皆で」
『考える』
「そう」
『分かった』
ネイ。
少し。
成長。
『第三鍵』
「消す?」
『うん』
『最後』
表示。
『九十九』
胸。
何も。
ない。
でも。
なぜか。
緊張。
『百』
光。
一瞬。
紫の欠片。
白く。
なる。
第零研究室。
保存盤。
遠隔。
『第三鍵機構』
『廃棄完了』
静か。
何も。
起きない。
爆発。
光。
声。
なし。
ただ。
終わった。
「終わった?」
ノア。
「うん」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶん」
「でも」
胸。
何も。
呼ばない。
泉主。
前世。
中央の泉。
どれも。
鍵として。
俺を。
見ていない。
紫の欠片。
ネイ。
『ルーク』
「何」
『鍵』
『ない』
「うん」
『自由』
前にも。
言った。
「うん」
『どう』
どう。
俺。
少し。
考える。
「怖い」
『なぜ』
「本当に」
「何していいか」
「分からない」
『私も』
「ネイも?」
『泉』
『何していいか』
『分からない』
俺。
思わず。
笑う。
「同じ」
『同じ』
「じゃあ」
「少しずつ」
『決める』
「うん」
『皆で』
「うん」
第三鍵。
なくなった。
でも。
物語。
終わらない。
役割を。
失った後。
どう生きるか。
それを。
これから。
決める。
そして。
その夜。
第零研究室から。
エリシア。
短い。
伝言。
『ルーク』
『明日』
『会ってもいい?』
遠隔ではなく。
直接。
姉を名乗る女と。
初めて。
顔を合わせる。
俺は。
少し。
迷ってから。
『いい』
返した。
第三鍵ではない俺と。
第三鍵の予備として生まれた彼女。
役割を失った。
二人の姉弟が。
ようやく。
会うことになった。




