Ep228. ナエルが封じた記憶
『この子に』
『思い出させてはいけない』
アルバートの手紙。
最後の一文を。
俺は。
何度も読み返した。
ネイ。
三百年以上前。
ナエル。
眠っているのではない。
自分から眠り続け。
ネイの中にある。
何かの記憶を。
封じている。
「起こしたら」
ノアが。
紙を覗き込む。
「その記憶も」
「戻る?」
「たぶん」
俺は答えた。
「でも」
「何の記憶か」
「分からない」
「危険?」
「分からない」
「またそれ」
「今度は本当に」
「情報がない」
ナエル。
三百年以上前。
王国成立以前。
旧神殿。
記録は。
ほとんど残っていない。
「セオドアは?」
バーバラが尋ねる。
「王都で」
「調べてる」
「でも」
「古すぎる」
残っている資料も。
伝承。
神話。
後世の書き直し。
どこまで。
本当か。
分からない。
「アルバート本人は」
ダグラスが言う。
「もっと知らないのか」
「手紙には」
「一度だけ」
「ナエルが起きたって」
「その時」
「何を聞いたか」
「直接」
「聞けばいい」
第零研究室。
正式保存核。
アルバート。
十三パーセント。
短時間なら。
会話できる。
「連絡する?」
俺は。
皆を見る。
母。
ノア。
ダグラス。
オリヴィア。
セラ。
リア。
「した方がいい」
セラが答えた。
「ナエルを」
「起こす前に」
「分かることは」
「全部知りたい」
「私も」
リア。
「ネイが」
「また苦しくなるなら」
「準備した方がいい」
「うん」
決まり。
紫の欠片。
第零研究室へ。
呼びかける。
「エレナ」
少し。
待つ。
『聞こえる』
「アルバートと」
「話せる?」
『今なら』
「お願い」
◇ ◇ ◇
透明な紫の欠片。
その中に。
青い光。
少しずつ。
人の輪郭になる。
完全な姿ではない。
声だけ。
それでも。
『ルーク』
「うん」
『何かあったか』
「ナエル」
間。
『手紙を読んだか』
「読んだ」
「ネイに」
「思い出させちゃいけないものって」
「何」
アルバート。
長く。
黙る。
『分からない』
「本当に?」
『本当に』
「ナエルは」
「何て言った」
『そのままだ』
『この子に』
『思い出させてはいけない』
「他は?」
『少し』
「何」
『まだ』
『あの子には』
『耐えられない』
耐えられない。
「ネイが?」
『そうだ』
「何に」
『そこまでは』
『話さなかった』
「どうして」
『私が』
『泉へ入り込んだ直後だった』
事故。
混乱。
アルバートの身体。
消失。
魂。
中央の泉。
その時。
ナエルが。
一度だけ。
目を覚ました。
『彼女は』
『私を見た』
『そして』
『泣いた』
「泣いた?」
『ああ』
「何で」
『分からない』
『私へ』
『あなたまで』
『来てしまったのね』
『そう言った』
あなたまで。
それ以前にも。
誰かが。
泉へ入った?
「ナエル以外に」
「人がいた?」
『私は』
『そう考えた』
『だが』
『人格反応は』
『見つからなかった』
今の保存盤でも。
未識別人格は。
ナエルだけ。
「消えた?」
『可能性はある』
「誰」
『分からない』
また。
記録がない。
「ナエルに」
「聞くしかない?」
『そうだ』
でも。
聞けば。
封印。
解ける。
「アルバート」
「ナエルを」
「起こさない方がいいと思う?」
少し。
間。
『以前の私なら』
『そう言った』
「今は?」
『本人へ』
『聞くべきだ』
眠っている。
答えられない。
『だから』
『安全に起こす方法を』
『先に作れ』
同じ。
俺たちが。
考えていたこと。
「保存核」
「増設」
『エレナが』
『進めている』
「あと何日」
『三日』
次の対話。
二日後。
ナエル解放。
四日後。
間に合う。
「もう一つ」
「ネイが」
「記憶を思い出したら」
「最悪」
「何が起きる?」
『分からない』
「推測でも」
アルバート。
少し。
迷う。
『中央の泉が』
『今の人格を』
『維持できなくなる可能性』
「ネイが」
「消える?」
『ある』
「他は」
『逆に』
『過去の人格へ』
『戻る可能性』
「過去のネイ?」
『ナエルと出会う前』
『人間を』
『まだ』
『人として理解していなかった頃』
声。
欲しい。
近づく。
水。
村。
壊す。
悪意ではない。
理解。
なかった。
「今の」
「ネイが」
「なくなるかもしれない」
『そうだ』
それは。
危険。
ただ。
記憶を。
思い出すだけではない。
今。
作り始めた。
自分。
名前。
約束。
朝。
食卓。
それが。
崩れるかもしれない。
「ありがとう」
『ルーク』
「何」
『ナエルを』
『責めるな』
意外。
「どうして」
『彼女も』
『一人で』
『抱えた』
「三百年」
『そうだ』
ネイのため。
村のため。
何かを。
ずっと。
一人で。
封じた。
「分かった」
「でも」
「したことが」
「正しいかは」
「別」
『それでいい』
通信。
青い光。
薄れる。
『ルーク』
「何」
『ネイへ』
『伝えてくれ』
「何を」
『思い出しても』
『今までの自分が』
『全部嘘になるわけではない』
胸。
少し。
動く。
前世。
記憶。
今世。
俺にも。
同じ。
「伝える」
『頼む』
光。
消える。
◇ ◇ ◇
「怖いね」
ノアが言った。
「うん」
俺。
すぐ。
認める。
「でも」
「ナエル」
「起こす?」
「まだ」
「決めない」
「ネイと」
「次」
「話す」
「ネイ自身に」
「危険を」
「説明する」
「それから」
本人。
選ぶ。
「もし」
母。
「ネイが」
「起こしたくないと」
「言ったら?」
「起こさない」
「本当に?」
「うん」
「ナエルには」
「悪いけど」
「まず」
「今」
「話せる人の」
「意思」
難しい。
眠るナエル。
本人。
選べない。
でも。
ネイの中。
ナエルの封印。
解けば。
ネイが。
壊れる可能性。
「ただ」
俺。
「永遠には」
「そのままにしない」
「ナエルへ」
「安全に聞く方法」
「探す」
「別の道?」
「うん」
また。
第三。
遠回り。
◇ ◇ ◇
午後。
王都から。
セオドア。
追加報告。
『旧神殿地下記録』
『断片を確認』
「何が」
『ナエルの』
『入水以前』
さらに。
前。
『神殿では』
『泉を』
『眠り水と呼称』
「眠り水」
ノア。
「何で」
『触れた者が』
『過去の記憶を』
『見ることがあった』
「記憶?」
『本人のものとは』
『限らない』
他人。
泉。
記憶。
三百年前から。
すでに。
あった。
「ナエルが」
「入る前から」
「人の記憶」
「混ざってた?」
『可能性』
『高』
アルバートから。
人の感情を。
初めて知った。
そう。
ネイは言った。
でも。
その前から。
記憶そのものは。
受け取っていた。
意味を。
理解していなかっただけ。
「じゃあ」
ダグラス。
「未識別人格が」
「ナエル一人というのは」
「おかしい」
「記憶は」
「人格として」
「残ってない?」
「断片だけ?」
セオドア。
『その可能性』
『あり』
泉。
巨大な。
記憶の貯蔵。
でも。
人格。
独立。
ナエル。
アルバート。
特別。
「何で」
「二人だけ」
エレナ。
遠隔。
『自分の意思で』
『泉へ入ったから』
何。
「同意?」
『そうかもしれない』
王弟。
国王。
ノア。
リア。
強制接続。
断片。
残る。
でも。
魂ごと。
自分から。
入った人。
人格。
保たれる。
「ナエルは」
「ネイを」
「地下へ戻すため」
「自分で入った」
「アルバートも」
「研究のため」
「自分で入った」
二人。
似ている。
一人で。
決めて。
自分を。
差し出した。
「ネイの」
「中にある」
「封じられた記憶」
俺。
「もっと前の」
「誰かのもの?」
「それとも」
「ネイ自身の?」
まだ。
分からない。
◇ ◇ ◇
夕方。
セラの。
傷。
包帯交換。
ダグラス。
母。
治療。
俺とノアは。
少し離れて。
見学。
「見ないで」
セラ。
「医術」
「勉強」
「でも」
「恥ずかしい」
「じゃあ」
「外す時だけ」
「後ろ向く」
「そうして」
俺。
素直に。
後ろ。
ノアも。
「前世のルークなら」
ノアが。
小声。
「気にせず」
「見てたと思う」
「医術だから」
「うん」
「でも」
「今は」
「セラが嫌って」
「言ったから」
「見ない」
「それ」
「大事だね」
「ネイにも」
「言った」
「嫌は重要」
本人。
同意。
小さな。
日常。
同じ。
治療。
全部。
つながる。
「終わった」
ダグラス。
振り向く。
傷。
見える。
赤い。
でも。
腫れ。
少ない。
「順調」
「義足は?」
セラ。
「急ぐな」
「いつ」
「傷が」
「完全に塞がってから」
「何日」
「最低」
「三週間」
「長い」
「身体は」
「待つしかない」
「ネイみたい」
「何が」
「待つ練習」
セラ。
少し。
笑う。
「私も」
「必要ね」
「俺も」
待つ。
苦手。
皆。
苦手。
◇ ◇ ◇
夜。
食卓。
今日は。
鳥肉。
「次回用?」
ノア。
「今日は」
「私たち用です」
母。
「ネイの分は」
「明日仕込みます」
「食べられないのに」
「匂いです」
泉のために。
料理。
変な。
でも。
悪くない。
食事。
終わり。
紫の欠片。
光る。
予定。
まだ。
一日。
早い。
「ネイ?」
俺。
『質問』
「また?」
『ナエル』
全員。
止まる。
「どうした」
『夢』
「夢?」
『見た』
ネイが。
夢。
見る?
「どんな」
『女』
『歌』
「ナエル?」
『分からない』
『泣いていた』
「何て」
少し。
間。
『ごめんなさい』
「誰に?」
『私』
「ナエルが」
「ネイに?」
『たぶん』
「他は」
『忘れて』
何。
『お願い』
『忘れたまま』
『生きて』
ナエルの。
声。
封印。
守るため。
「ネイ」
「怖い?」
『怖い』
「明日じゃなく」
「次」
「話す日まで」
「待てる?」
『……待つ』
「ありがとう」
『でも』
『私』
『知りたい』
「うん」
『何を』
『忘れた』
「それも」
「一緒に」
「調べよう」
『ナエル』
『怒る』
「かも」
『泣く』
「かも」
『私』
『嫌われる』
ネイ。
初めて。
そこ。
恐れている。
「何で」
『私が』
『何かした』
『だから』
『隠した』
可能性。
ある。
「でも」
「思い出す前から」
「自分を」
「悪いって」
「決めない」
『なぜ』
「分からないから」
『でも』
「したことと」
「今のネイは」
「つながってる」
「でも」
「全部」
「同じじゃない」
『アルバートが』
『言った』
「何を」
『思い出しても』
『今までの私が』
『嘘にならない』
伝わった。
アルバートの言葉。
「そう」
「その通り」
『なら』
『知りたい』
決めた。
ネイ自身。
「ナエルを」
「起こす?」
『起こしたい』
「危険」
「ある」
『知っている』
「自分が」
「変わるかもしれない」
『怖い』
「それでも?」
『うん』
本人。
選択。
「じゃあ」
「準備する」
『四日後』
「保存核」
「できてから」
『約束』
「約束」
通信。
切れる。
俺。
息。
吐く。
「決めたね」
ノア。
「うん」
「怖いって」
「言いながら」
「うん」
成長。
している。
ネイ。
自分で。
◇ ◇ ◇
翌朝。
予定どおり。
対話。
今日。
ナエルは。
起こさない。
その前に。
危険。
全部。
説明。
食卓。
鳥肉。
母。
完璧。
『同じ』
ネイ。
最初。
鍋。
見る。
「約束」
『守った』
「うん」
『良い』
母。
現実。
「ありがとうございます」
少し。
変な会話。
「ネイ」
俺。
「ナエルのこと」
『知りたい』
「保存核」
「あと二日」
『待つ』
「その間」
「思い出す記憶が」
「増えたら」
「教えて」
『うん』
「今日は」
「アルバート」
「五」
『やる』
分離。
十三。
十四。
十五。
十六。
十七。
十八。
『アルバート分離率』
『十八』
『中央泉構造安定率』
『九十九』
安定。
『空隙』
『新規構造』
『自分の名前』
『約束を守った』
ネイ。
自分の。
経験。
増える。
『他者人格混在率』
『七十』
『六十五』
五。
かなり。
下がる。
「進んでる」
ノア。
『私』
ネイ。
声。
前より。
はっきり。
一つ。
『少し』
『静か』
「嫌?」
『違う』
「どう?」
『軽い』
他人の。
感情。
減る。
自分。
分かる。
「良かった」
『でも』
『寂しい』
「両方」
『うん』
「軽いけど」
「寂しい」
『そう』
複数。
感情。
同時。
理解。
できるように。
なっている。
「それ」
「人間も」
「よくある」
オリヴィア。
『面倒』
「すごく」
ノア。
「本当に」
「面倒」
俺。
『でも』
『良い』
「何が」
『私の』
自分の。
感情。
「うん」
その時。
ネイ。
急に。
止まる。
『歌』
「何」
『聞こえる』
「ナエル?」
『違う』
影。
揺れる。
『子ども』
何。
「どんな」
『泣く』
『暗い』
『水』
封じられた記憶。
漏れ始めている。
「止められる?」
『できない』
食卓。
壁。
遠く。
暗くなる。
水。
床下。
黒い。
「エレナ」
現実。
「媒介層」
「切る準備」
『了解』
「ネイ」
「今日は」
「終わる」
『待って』
「危険」
『子ども』
「誰」
青い影。
両手。
頭。
押さえる。
『私』
何。
『私が』
『泣いている』
「昔のネイ?」
『違う』
声。
震える。
『身体』
「ネイに」
「身体?」
『あった』
全員。
止まる。
ネイ。
中央の泉。
最初から。
泉ではない?
『子ども』
『水に』
『沈む』
『名前』
「名前は?」
影。
大きく。
崩れる。
『思い出せない』
「切る!」
俺。
「今」
『嫌』
「ネイ!」
『知りたい!』
「今日は」
「危険!」
『私の』
『記憶!』
魔力。
急上昇。
現実。
ダグラス。
「汚染率」
「十二!」
九。
超えた。
母。
「ルーク!」
「切って!」
「うん!」
「ネイ!」
俺。
「次!」
「絶対」
「続き見る!」
『約束』
「約束!」
「だから」
「今は」
「戻って!」
青い影。
揺れる。
子どもの泣き声。
水。
暗闇。
その奥。
女。
ナエル。
『ごめんなさい』
声。
そして。
別の。
名前。
小さく。
聞こえる。
『ネイラ』
誰。
ネイ。
止まる。
『……私?』
次の瞬間。
食卓。
崩壊。
「切断!」
エレナ。
『媒介層』
『強制終了』
白。
目。
開く。
現実。
母。
俺を。
抱いている。
「ルーク!」
「名前!」
「ルーク・E・オリバー」
「母!」
「バーバラ」
「ノア!」
「ノア」
「リア!」
「リア」
「セラ!」
「セラ」
「鳥肉!」
「煮込み」
「大丈夫!」
呼吸。
荒い。
でも。
戻った。
ダグラス。
脈。
魔力。
「汚染反応」
「低下」
「八」
「五」
「二」
「消えた」
母。
力。
抜ける。
「もう」
「本当に」
「怖いことばかり」
「ごめん」
「謝るくらいなら」
「無茶しないで」
「今回は」
「切った」
「そこは」
「偉いです」
ネイ。
紫の欠片。
光らない。
でも。
保存盤。
新しい表示。
『中央泉意識』
『自己名称』
『ネイ』
その下。
『旧識別名』
『ネイラ』
「ネイラ」
ノア。
呟く。
「人の名前」
「みたい」
さらに。
『旧身体情報』
『存在』
全員。
息。
止まる。
ネイは。
最初から。
泉ではなかった。
三百年以上前より。
もっと前。
身体を持つ。
誰かだった。
『推定年代』
『五百年以上前』
そして。
最後。
『旧種別』
『人間』
中央の泉。
ネイ。
本当の始まり。
五百年以上前。
一人の人間の子ども。
ネイラ。
彼女が。
どうして。
泉になったのか。
ナエルは。
その記憶を。
三百年もの間。
ネイから。
封じ続けていた。




