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Ep225. 待つことを覚えた泉

『了解』


 その一言が。


 保存盤に残ったまま。


 しばらく消えなかった。


 中央の泉が。


 誰かを閉じ込めずに。


 待つ。


 たったそれだけのことを。


 今。


 初めて選んだ。


「すごいね」


 ノアが。


 小さく呟く。


「何が?」


「待てるようになった」


「子どもみたい」


「泉って」


「何歳なんだろう」


「分からない」


 三十二年前より前から。


 ずっと。


 地中にいた。


 でも。


 人との関わり方は。


 今。


 覚え始めたばかり。


「年齢と」


 俺は言う。


「成長って」


「同じじゃないのかも」


「ルークが言うと」


「変な説得力ある」


「どういう意味」


「前世では大人だったのに」


「今は子ども」


「それは」


「身体だけ」


「本当に?」


 ノアが笑う。


 反論。


 少し。


 難しい。


   ◇ ◇ ◇


 セラの状態は。


 ゆっくり安定していった。


 第三流路へ。


 アルバートの分離人格が。


 入り込んでいた時。


 削られていた魔力も。


 少しずつ戻っている。


「お姉ちゃん」


 リアが。


 何度も。


 セラの手を握る。


「聞こえる?」


 返事はない。


 でも。


 脈。


 安定。


 呼吸。


 深い。


「眠ってるだけ」


 ダグラスが言う。


「今は」


「身体が休もうとしている」


「起きる?」


「起きる」


「絶対?」


「医術に」


「絶対は少ない」


 リアの顔が。


 不安になる。


「でも」


 ダグラスが続ける。


「今の状態なら」


「起きる可能性は高い」


「どれくらい」


「数字で聞くな」


「ルークの真似」


 リアが。


 少し笑う。


 良い。


 泣いてばかりより。


 ずっと。


 いい。


 その横。


 簡易保存核。


 透明な石。


 中に。


 青い光。


 アルバート。


 三パーセント。


『簡易保存限界』


『残り十刻』


「十刻」


 マティアスが。


 石を見つめる。


「王都へ運ぶ?」


「無理」


 俺は答えた。


「五日」


「持たない」


「第零研究室なら」


「正式保存できる」


 エレナ。


 今も。


 第三流路越しに。


 声だけ参加している。


「礼拝堂へ」


「戻る?」


「今日中に」


 ダグラス。


 俺を見る。


「お前は?」


「行く」


「身体」


「少し休んだ」


「少しでは」


「足りない」


「でも」


「アルバートの保存」


「俺がいなくてもできる?」


「できる」


 エレナ。


 即答。


 俺。


 止まる。


「じゃあ」


「俺」


「行かなくていい?」


「そうなる」


 何となく。


 拍子抜け。


「行きたかった?」


 オリヴィア。


「必要なら」


「行こうと思った」


「必要じゃないなら」


「休める?」


 母。


 先回り。


「……休む」


「偉い」


「また」


「子ども扱い」


「子どもです」


 最近。


 これ。


 多い。


「なら」


 ゲイルが決める。


「第零研究室へ行くのは」


「俺」


「アーヴィン」


「マティアス」


「エレナ」


「ノアも」


 少年が。


 手を上げる。


「駄目」


 ダグラス。


「どうして」


「お前も」


「魔力を使いすぎた」


「でも」


「アルバートの保存核」


「前世の知識が」


「必要かもしれない」


「知識石だけ」


「持っていけばいい」


「僕じゃなくて?」


「そうだ」


 ノア。


 少し不満。


「じゃあ」


「ルークと留守番?」


「患者同士」


「嫌な組み合わせ」


「何で」


「二人とも」


「すぐ勝手なことする」


 オリヴィア。


 笑う。


「じゃあ」


「私も残る」


「監視?」


「そう」


「俺たち」


「信用ない」


「かなり」


 否定。


 できない。


   ◇ ◇ ◇


 マティアスが。


 出発前。


 透明の保存核へ。


 近づく。


 触らない。


 約束。


「父上」


 小さく。


 呼ぶ。


 青い光。


 一度。


 明滅。


『聞こえる』


「これから」


「あなたを」


「第零研究室へ」


「運びます」


『ああ』


「怖いですか」


 少し。


 間。


『少し』


「私も」


『お前も』


『まだ』


『怖いのか』


「死ぬのは」


「怖いです」


『そうか』


 父子。


 似ている。


『マティアス』


「はい」


『私は』


『外へ出たら』


『お前に』


『謝る』


 マティアス。


 少し。


 顔を伏せる。


「やめてください」


『なぜ』


「今は」


「聞きたくありません」


『そうか』


「まず」


「あなたが」


「自分で」


「どうしたいか」


「決めてください」


 俺。


 思わず。


 マティアスを見る。


 変わった。


 本当に。


 少し。


「私に」


「申し訳ないから」


「死ぬとか」


「言わないでください」


『……分かった』


「自分が」


「終わりたいなら」


「その時」


「聞きます」


『ああ』


「約束です」


『約束』


 中央の泉と。


 同じ言葉。


 約束。


 離れても。


 関係を残す。


 マティアスが。


 石から離れる。


「行ってくる」


 俺へ。


「逃げない?」


「逃げない」


「アーヴィン」


「任せる」


「もちろんです」


 封魔具。


 両手。


 そのまま。


 まだ。


 犯罪者。


 協力者になったからといって。


 罪は。


 消えない。


 でも。


 今は。


 役割がある。


   ◇ ◇ ◇


 ゲイルたちが出た後。


 薬師小屋は。


 少し静かになった。


 セラ。


 リア。


 ノア。


 俺。


 母。


 オリヴィア。


 ダグラス。


「泉と」


 ノアが。


 机へ頬杖をつく。


「明日」


「本当に話す?」


「話す」


「アルバート」


「連れてくるかな」


「練習するって」


「言ってた」


「三パーセント」


「もう外にいる」


「うん」


 残り。


 九十七。


 その全部を。


 泉から。


 離す。


「泉が」


 ノア。


「寂しくなるって」


「思ってないかな」


「思ってる」


「じゃあ」


「どうする?」


 難しい。


 アルバートを。


 離す。


 それは。


 泉にとって。


 最初に話しかけてくれた人を。


 失うこと。


「代わり」


「作れない」


「代わり?」


「人は」


「人の代わりにならない」


 死者の影。


 泉が。


 ずっと。


 やってきたこと。


「でも」


「新しい関係は」


「作れる」


「例えば?」


「明日」


「話す」


「また次の日も」


「それだけ?」


「それだけでも」


「続く」


 泉は。


 誰かを。


 自分の中に。


 置かなくても。


 話せる。


「じゃあ」


 ノア。


「僕も」


「泉と話していい?」


 少し。


 意外。


「怖くない?」


「怖い」


「僕」


「泉主の記憶を」


「入れられたわけじゃないけど」


「前世のルークを」


「入れられた」


「自分じゃない誰かに」


「されるの」


「嫌だった」


 泉も。


 逆。


 誰かを。


 自分の中へ。


 入れ続けた。


「だから」


「言えること」


「あるかも」


「じゃあ」


「次」


「一緒に話す?」


「いいの?」


「媒介層」


「帰還点として」


「声は入ってた」


「席を」


「増やせるか聞く」


 ノア。


 笑う。


「食卓」


「また広くなる」


「夢だから」


「大丈夫」


   ◇ ◇ ◇


 夕方。


 セラが。


 目を開けた。


「お姉ちゃん!」


 リア。


 すぐに。


 身を乗り出す。


「……リア」


 声。


 弱い。


 でも。


 はっきり。


「いる」


「うん」


「帰ってきた」


「うん」


「足」


 セラ。


 視線。


 下。


 布。


 そこから先。


 ない。


 一瞬。


 顔が。


 歪む。


「本当に」


「なくなったんだ」


 リア。


 何も言えない。


「ごめん」


「何で」


「私が」


「呼んだから」


「違う」


 セラ。


 すぐ。


 否定。


「私が」


「切ってって」


「言った」


「でも」


「リア」


「私」


「生きてる」


 妹。


 止まる。


「怖いけど」


「まだ」


「生きてる」


「だから」


「謝らないで」


 リア。


 泣く。


「じゃあ」


「おかえり」


 もう一度。


「ただいま」


 セラ。


 笑う。


 その光景。


 見て。


 少し。


 胸が軽くなる。


「紫の石」


 俺は。


 セラへ。


「第三流路」


「今」


「安定してる」


「アルバートさんが」


「一瞬入って」


「危なかった」


「何?」


「でも」


「もう出した」


「簡易保存核」


「今」


「第零研究室へ」


「運んでる」


 説明。


 長い。


 セラ。


 途中。


 眉をひそめる。


「寝てる間に」


「色々ありすぎ」


「俺も」


「そう思う」


「あと」


「紫の石は」


「あなたとリアのもの」


「変わってない」


 セラ。


 妹の手。


 握る。


「それなら」


「いい」


「流路を」


「治療に使う話」


「覚えてる?」


「少し」


「今は」


「しない」


「身体が」


「回復してから」


「うん」


「歩く方法」


「探す」


 セラ。


 目。


 潤む。


「怖い」


「うん」


「歩けないままだったら」


「その時も」


「できること」


「探す」


「歩けるって」


「言わないの?」


「嘘になるかも」


 沈黙。


 でも。


 セラ。


 少し笑う。


「それでいい」


「約束できるのは」


「探すこと」


「うん」


「じゃあ」


「一緒に探して」


「約束」


 また。


 約束。


   ◇ ◇ ◇


 夜。


 バーバラの煮込み。


 また。


 鳥肉。


「本当に」


「二日連続」


 オリヴィアが笑う。


「泉との約束です」


 母。


「私たちが食べるんだけど」


「ルークが」


「匂いを覚えるそうなので」


「責任重大」


 ノア。


 一口。


「おいしい」


「前世の俺なら」


「何点?」


「知らない」


「記憶」


「ないから」


「じゃあ」


「ノアとしては?」


「百」


「高い」


「甘い」


「煮込みに」


「甘い評価って意味」


 食卓。


 現実。


 皆。


 いる。


 セラは。


 寝台。


 リアが。


 小さな皿を持ち。


 一緒に。


 少しだけ食べる。


「明日」


 母が尋ねる。


「また」


「中央の泉と」


「話すのね」


「うん」


「場所」


「ここを」


「思い出す?」


「うん」


 同じ食卓。


 同じ匂い。


 変わる会話。


「泉」


「何を話したいかな」


 ノア。


「アルバート」


「それと」


「失うこと」


「他は?」


「分からない」


「聞いてみる」


 俺。


 煮込み。


 一口。


 今。


 味。


 覚える。


 この記憶。


 前世じゃない。


 今世。


 俺のもの。


   ◇ ◇ ◇


 夜半。


 紫の欠片。


 光る。


 第零研究室から。


 連絡。


 エレナ。


『正式保存』


『完了』


「アルバート?」


『三パーセント』


『安定』


『簡易核から移送済み』


「よかった」


 続き。


『ただし』


 嫌な。


 言葉。


『アルバート分離領域』


『自発拡大』


「何?」


『中央泉側で』


『さらに分離』


『進行率』


『五』


 泉。


 停止したはず。


「止めたんじゃ」


『自発分離ではない』


「じゃあ」


「何」


 エレナ。


 少し。


 間。


『アルバート側から』


『離れようとしている』


 泉が。


 手放す練習をしているだけではない。


 アルバート自身も。


 泉から。


 外へ出ようとしている。


『中央泉構造安定率』


『九十七』


 変わらない。


 崩れていない。


「どうして」


『分離箇所を』


『泉が自分で』


『埋め始めている』


 何。


「何で埋めてる」


 返答。


『新規構造』


『記憶』


『約束』


『再会』


 昼。


 泉が。


 学んでいたもの。


 アルバートを。


 自分の中へ。


 置いておかなくても。


 関係を。


 失わないための。


 新しい形。


 それを。


 泉自身が。


 空いた場所へ。


 作っている。


「成功してる?」


『現状』


『安定』


 胸。


 少し。


 熱い。


 嬉しい。


「じゃあ」


「明日」


「もっと」


「話せるかも」


『その可能性あり』


「エレナ」


『何』


「アルバート」


「正式保存された三パーセント」


「話せる?」


『短時間なら』


「今」


「マティアスは?」


『ここにいる』


 拘束。


 そのまま。


「二人で」


「話してる?」


『まだ』


「どうして」


 少し。


 間。


『マティアスが』


『怖がっている』


「父親と話すのを?」


『そう』


 ずっと。


 望んでいた。


 でも。


 いざ。


 本物の。


 父の欠片。


 目の前。


 怖い。


「分かる」


『ルークも?』


「父さんの記憶」


「見る時」


「怖かった」


「嫌われてたら」


「どうしようって」


 思った。


 父が。


 俺を。


 鍵としてしか。


 見ていなかったら。


「マティアスも」


「同じ?」


『たぶん』


「アルバートに」


「怒られるのが?」


『それも』


「他は」


 エレナ。


 静か。


『許されるのが』


 何。


「許されたくない?」


『ノアやリアにしたことを』


『父親が』


『それでも息子だからと』


『許したら』


『自分が』


『楽になってしまうのが』


『怖いそうよ』


 マティアス。


 罪。


 背負う。


 罰。


 それすら。


 自分一人で。


 決めようとしている。


「伝えて」


『何を』


「許すかどうかは」


「アルバートが決める」


「マティアスが」


「先に」


「決めなくていい」


 エレナ。


 少し。


 笑う気配。


『あなた』


『本当に』


『そればかりね』


「何」


『自分で全部決めるな』


「大事」


『そうね』


「伝えて」


『分かった』


 通信。


 切れる。


 紫の欠片。


 静か。


 俺は。


 寝台。


 横になる。


「眠れそう?」


 母。


「うん」


「明日も」


「大変です」


「泉と」


「話すだけ」


「それが」


「大変なんです」


「鳥肉」


「もう作った」


「明日の分?」


「残っています」


「よかった」


「泉のためではありません」


「分かってる」


 母の手。


 額。


 温かい。


 目。


 閉じる。


 今日は。


 泉の声。


 聞こえない。


 夢も。


 静か。


   ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 目を覚ます。


 最初に。


 聞こえたのは。


 リアの声。


「ルーク!」


「何」


「お姉ちゃんが」


「座れた!」


 セラ。


 寝台。


 背中。


 壁。


 自分で。


 上半身。


 起こしている。


「見て」


「すごい?」


「すごい」


「昨日より」


「元気」


「うん」


 日常。


 少しずつ。


 戻る。


 そして。


 机。


 紫の欠片。


 光る。


 第零研究室。


 朝の報告。


『アルバート分離率』


『八』


『中央泉構造安定率』


『九十八』


 上がった。


 泉。


 崩れるどころか。


 安定。


「昨日より」


「良くなってる」


 ダグラス。


 表示。


 見る。


「アルバートを」


「抱え込まない方が」


「泉本来の構造に」


「近いのかもしれん」


 融合。


 三十二年前。


 事故。


 泉にとっても。


 傷だった。


 アルバートを。


 手放すこと。


 治療。


 でもある。


「治す」


 俺は呟く。


「泉も」


「患者?」


 ノア。


「かもしれない」


 前世。


 医魔術師。


 人を治す。


 今。


 世界の地下にある。


 巨大な泉。


 それも。


 傷ついている。


「今日」


 俺は。


 食卓を見る。


「話そう」


「泉を」


「消すかどうかじゃなく」


「治す方法を」


「皆で」


 そして。


 紫の欠片。


 もう一度。


 光る。


 今度は。


 文字ではない。


 青い。


 小さな波。


 中央の泉から。


 直接。


 短い言葉。


『朝』


「うん」


『来た』


 待っていた。


 昨日。


 約束したから。


 俺は。


 思わず笑った。


「おはよう」


 少し。


 間。


『おはよう』


 中央の泉が。


 初めて。


 朝の挨拶を。


 返した。


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