Ep223. 泉と話すための道
『中央泉』
『対話経路』
『未登録』
『新規構築を許可』
第零研究室の保存盤に。
その文字が浮かんだまま。
誰も。
すぐには口を開かなかった。
「許可って」
ノアが。
保存盤を見つめる。
「誰が許可したの?」
「中央の泉」
エレナが答える。
「たぶん」
「泉自身が?」
「あるいは」
「アルバートが」
「内側から」
「許可を出した可能性もある」
どちらにしても。
今までなかった道。
封鎖。
切断。
支配。
そういうものではない。
対話。
ただ。
話すための道。
「どうやって作る」
俺が尋ねると。
第零研究室の保存盤が。
新しい記録を開いた。
『対話経路』
『必要条件』
『接続者』
『観測者』
『帰還点』
「三つ」
俺は読み上げる。
「接続者は」
「俺?」
「最も適性が高いのは」
セオドアの遠隔像が。
答える。
「お前だ」
やっぱり。
だが。
すぐに続く。
「ただし」
「一人では成立しない」
母が。
少しだけ。
表情を緩める。
「観測者は?」
「外から」
「接続者の状態を監視する者」
ダグラス。
セオドア。
医術。
魔力。
誰でもいいわけではない。
「帰還点は?」
俺が尋ねる。
エレナが。
保存盤の記録を読む。
『接続者が』
『自我を失いかけた際』
『戻るべき人物または記憶』
「人物でもいい?」
「そうみたい」
俺は。
少し考える。
母。
オリヴィア。
ゲイル。
ダグラス。
ノア。
一人。
選ぶ。
それ。
難しい。
「複数は?」
俺が聞く。
『推奨』
『三名以上』
よかった。
「また」
オリヴィアが笑う。
「一人じゃない」
「父さんが」
「仕込んだ?」
「この記録は」
エレナが首を横へ振る。
「エドワードより前」
「アルバートの研究」
意外。
「アルバートも」
「一人じゃ駄目って」
「分かってた?」
「最初は」
「分かっていた」
エレナの声が。
少し寂しくなる。
「でも」
「最後に」
「自分だけで」
「泉へ入った」
分かっていても。
追い詰められれば。
破る。
俺も。
何度も。
そうなりかけた。
「だから」
俺は言う。
「仕組みで」
「一人になれないようにする」
「それがいい」
母が。
すぐに頷いた。
◇ ◇ ◇
「問題は」
ゲイルが。
礼拝堂から戻ってきながら言う。
「マティアスだ」
エレナ。
アーヴィン。
マティアス。
三人も。
研究室へ入った。
マティアスは。
武器を持っていない。
それでも。
ゲイルとアーヴィンは。
左右から。
警戒している。
「逃げないの?」
ノアが。
少し敵意を込めて尋ねる。
「今は」
マティアスが答える。
「逃げる理由がない」
「今はって」
「また」
「勝手にやるかもしれない?」
「その可能性を」
「否定はできない」
「じゃあ」
「信用できない」
「そうしてくれ」
ノア。
眉を寄せる。
やりにくそう。
相手が。
開き直っている。
「俺も」
俺はマティアスを見る。
「信用してない」
「当然だ」
「だから」
「対話経路を作る時」
「あなたは」
「中心には入れない」
マティアスの目が。
僅かに細くなる。
「父と」
「話すのに?」
「アルバートと話すためじゃない」
「泉と話す」
「父上も」
「泉の一部だ」
「だからこそ」
「あなたが近すぎると」
「また」
「父親だけを」
「助けようとするかもしれない」
マティアス。
黙る。
「反論は?」
俺が聞く。
「ない」
「自覚ある?」
「ああ」
少し。
意外。
「なら」
「観測者にも」
「帰還点にも」
「入らない」
「分かった」
「その代わり」
「外から」
「アルバートの情報を」
「教えて」
「それなら」
「できる」
役割。
全部を。
同じ人に持たせない。
俺。
接続。
ダグラス。
セオドア。
観測。
母。
オリヴィア。
ノア。
帰還。
エレナ。
マティアス。
アルバート情報。
「ゲイルは?」
本人が尋ねる。
「止める役」
「何を」
「全部」
「ずいぶん曖昧だな」
「俺が」
「勝手に進みそうなら」
「止める」
「マティアスが」
「何かしようとしたら」
「止める」
「装置が」
「暴走したら」
「壊す」
ゲイルが。
少し笑う。
「分かりやすい」
「それでいい」
アーヴィン。
警護。
外。
礼拝堂。
万一。
誰かが来ても。
対応。
「皆」
「役割ある」
ノアが。
周囲を見る。
「本当に」
「皆でやるんだ」
「うん」
俺も。
少し不思議。
前世。
一人。
全部。
今。
こんなに。
人がいる。
◇ ◇ ◇
「対話経路」
セオドアが。
保存盤の記録を。
さらに開く。
『中央泉への』
『直接接続は禁止』
『媒介層を作成』
「媒介層?」
「夢に近い」
エレナが説明する。
「泉へ直接入ると」
「人格も」
「記憶も」
「混ざる」
「だから」
「間に」
「別の空間を作る」
王弟の夢層。
似ている。
だが。
泉が作る夢ではない。
こちら側が。
作る。
「誰の記憶を使う?」
俺が尋ねる。
『接続者が』
『最も安心する場所』
全員。
俺を見る。
「何」
オリヴィア。
「安心する場所」
「どこ?」
すぐには。
出ない。
前世。
診療室。
研究室。
安心とは違う。
今世。
家。
村。
森。
「薬師小屋?」
母が尋ねる。
「たぶん」
「部屋?」
「食卓」
自然に。
答えた。
鳥肉の煮込み。
パン。
母。
皆。
「食卓」
ノアが笑う。
「ルークらしくない」
「どういう意味」
「もっと」
「研究室とか言うと思った」
「前世なら」
「そうだった」
今は。
違う。
「食卓を」
「媒介層にする」
セオドア。
「そこへ」
「泉の意識を」
「招く」
「泉が」
「来なかったら?」
「失敗」
「危険は?」
「直接接続より」
「低い」
「数字で」
「推定」
「接続者の人格汚染率」
「六パーセント以下」
低い。
でも。
ゼロじゃない。
「帰還点が」
「機能すれば?」
「二パーセント未満」
かなり。
下がる。
「やる価値は」
ダグラスが言う。
「ある」
母は。
すぐには答えない。
「ルーク」
「何」
「怖い?」
「うん」
さっきと。
同じ。
認める。
「でも」
「やりたい」
「どうして」
「泉が」
「本当に」
「生きたいだけなら」
「閉じる以外の方法が」
「あるかもしれない」
「それを」
「聞かずに」
「消すのは」
「違う」
母。
長く。
俺を見る。
「分かりました」
「反対しない?」
「反対は」
「します」
「え」
「でも」
「止めません」
違い。
「怖いです」
「危険だから」
「それでも」
「あなたが」
「皆と一緒に」
「決めたことなら」
「そばにいます」
「ありがとう」
◇ ◇ ◇
準備。
始まる。
研究室の中央。
床。
円。
三重。
第一鍵。
使わない。
第二鍵も。
使わない。
第三鍵。
完成させない。
ただ。
観測回路。
対話用。
「これ」
俺は。
少し安心する。
「鍵が」
「要らない」
「そうだ」
セオドア。
「扉を開くのではなく」
「窓を作る」
「窓」
「良い表現ね」
エレナが笑う。
「中へ入らない」
「向こうも」
「こちらへ来られない」
「話すだけ」
「それなら」
母も。
少し。
顔が和らぐ。
「帰還点」
三つ。
母。
オリヴィア。
ノア。
「ゲイルは?」
「止める役」
「俺だけ」
「別枠」
「大事」
「そういうことにしておく」
ダグラス。
観測石。
胸。
頭。
右腕。
魔力路。
全部。
「異常が出たら」
「即座に切る」
「何を基準」
「脈」
「魔力温度」
「人格応答」
「名前を聞く」
「また?」
「基本だ」
「分かった」
「お前の名前は?」
「今?」
「確認」
「ルーク・E・オリバー」
「母親は」
「バーバラ」
「帰ったら」
「何食う」
「鳥肉の煮込み」
「よし」
いつもの。
基準。
オリヴィア。
「祭り」
「行く」
「冬」
「歩く」
「春」
「王都」
「薬草園」
「全部」
「覚えてる」
「よし」
ノア。
俺を見る。
「僕の名前」
「ノア」
「前世の俺?」
「じゃない」
「僕は?」
「ノア」
「よし」
三人。
帰還点。
今の俺を。
固定する。
「マティアス」
俺は見る。
「アルバートについて」
「一つだけ」
「何だ」
「一番」
「人間らしい記憶」
父。
研究者。
主任。
泉。
ではない。
「……料理が」
「下手だった」
全員。
少し。
意外。
「何作った?」
「卵を」
「焼こうとして」
「炭にした」
「それ料理?」
「本人は」
「そう言っていた」
エレナが。
思わず笑う。
「本当に」
「下手だった」
「私が」
「台所へ入るなって」
「何度言っても」
「作ろうとした」
「何で」
「マティアスに」
「食べさせたかったから」
父親。
息子。
普通。
その記憶。
大事。
もし。
泉の中から。
アルバートらしい声が。
出てきた時。
確認できる。
「炭の卵」
俺は覚える。
「本人に」
「聞く?」
「できれば」
マティアスの口元。
僅かに。
笑った。
◇ ◇ ◇
『媒介層』
『構築開始』
床。
三重円。
淡い光。
俺は。
中央。
椅子。
寝台ではない。
意識。
保つ。
「目を閉じて」
エレナ。
「食卓を」
「思い出して」
薬師小屋。
木の机。
椅子。
母。
湯気。
鳥肉。
パン。
「匂い」
「煮込み」
「音」
「スプーン」
「誰がいる」
「母さん」
「オリヴィア」
「ゲイル」
「ダグラス」
「ノア」
「他は?」
「リア」
「セラ」
「アーヴィン」
全員。
少し。
多い。
「狭くない?」
オリヴィア。
「夢だから」
「広げる」
「便利」
笑い。
そのまま。
目を閉じる。
暗い。
でも。
すぐ。
木の机。
現れる。
椅子。
一つ。
二つ。
たくさん。
窓。
朝。
食卓。
皆。
姿は。
ぼんやり。
だが。
声。
ある。
『媒介層』
『安定』
「ルーク」
母の声。
現実。
遠い。
「聞こえる?」
「うん」
「名前」
「ルーク」
「食事」
「煮込み」
「よし」
次。
『中央泉』
『対話要求を送信』
待つ。
何もない。
食卓。
湯気。
静か。
「来ない?」
俺が呟く。
エレナの声。
「待って」
一分。
もっと。
時間。
感覚。
曖昧。
やがて。
窓の外。
水音。
小さい。
俺は。
振り向かない。
直接。
見ようとしない。
「来た?」
『反応あり』
ダグラス。
「まだ」
「席に」
「入ってない」
水音。
近づく。
食卓。
一番遠い。
空いた椅子。
そこへ。
一滴。
青い水。
落ちる。
形。
広がる。
人。
ではない。
輪郭。
何人もの。
顔が。
重なる。
男。
女。
子ども。
老人。
全部。
瞬間ごと。
変わる。
「泉?」
俺が尋ねる。
返事。
ない。
でも。
椅子へ。
座る。
『中央泉意識』
『媒介層へ進入』
全員。
現実側で。
息を呑む。
「こんにちは」
俺は言った。
何を。
最初に。
言えばいいか。
分からない。
だから。
普通。
青い人影。
こちらを見る。
『なぜ』
声。
多い。
重なる。
『閉じない』
何。
「何を?」
『私を』
泉。
自分から。
聞く。
『なぜ』
『殺さない』
思っていた。
俺たちが。
消そうとしていることを。
知っている。
「まだ」
「話してないから」
『話す』
『必要はない』
「どうして」
『お前たちは』
『私を恐れる』
「うん」
『私は』
『お前たちを』
『恐れる』
同じ。
「死ぬのが?」
青い影。
揺れる。
『アルバートが』
『教えた』
『死は』
『戻らない』
『失う』
『消える』
泉は。
死を知った。
初めて。
怖くなった。
『私は』
『消えたくない』
「だから」
「人を」
「つなぎ止めた?」
『失えば』
『痛い』
『なら』
『失わなければいい』
単純。
危険。
「でも」
「それで」
「人を傷つけた」
『傷』
『治せる』
「全部は」
「治せない」
セラの足。
ノアの記憶。
王弟。
国王。
父。
失ったもの。
『では』
『戻す』
「戻せない」
『記憶から』
『作れる』
「それは」
「本人じゃない」
泉。
止まる。
リディアの影。
死者。
模造。
『違いが』
『分からない』
「記憶が」
「同じでも」
「選ぶことが」
「違う」
『選ぶ』
「うん」
「ノアと」
「前世の俺」
「同じ記憶を」
「持ってた」
「でも」
「ノアは」
「俺じゃなかった」
青い影。
少し。
ノアの顔へ。
変わる。
『記憶』
『同一』
『人格』
『非同一』
「そう」
『なぜ』
「今まで」
「何を選んだかが」
「違うから」
『なら』
『死者を』
『完全に作ることは』
『不可能』
「たぶん」
泉。
長い沈黙。
『私は』
『間違えた』
驚く。
そんな言葉。
出るとは。
「そうだと思う」
『なら』
『私は』
『消される』
「それは」
「まだ決めてない」
『なぜ』
「アルバートを」
「切り離したい」
影。
揺れる。
『拒否』
即。
「どうして」
『アルバートは』
『私の一部』
「本人は」
「死にたいって」
「言った」
『知っている』
「聞こえてた?」
『常に』
『聞こえる』
「なら」
「何で」
「離さない」
『失いたくない』
子ども。
みたい。
「でも」
「それは」
「アルバートが」
「選ぶこと」
『私が』
『痛い』
「うん」
『嫌だ』
「うん」
『それでも』
泉の声。
初めて。
迷う。
『離すべきか』
正解。
簡単には。
言えない。
「俺なら」
「離す」
『なぜ』
「大事なら」
「本人が」
「望んでることを」
「無視したくない」
『失う』
「失う」
『痛い』
「痛い」
『なら』
『なぜ』
俺。
父。
零号。
全部。
思い出す。
「痛くても」
「その人を」
「自分のものに」
「しないため」
青い影。
動かない。
現実。
母。
手。
感じる。
「母さんも」
「俺を」
「ずっと」
「抱えてられない」
『なぜ』
「大きくなるから」
『離れる』
「うん」
『嫌ではないのか』
「嫌な時も」
「あると思う」
母。
現実。
「あります」
声。
聞こえた。
媒介層へ。
少し。
母の声が入る。
「でも」
「離さないことの方が」
「もっと嫌です」
青い影。
母の方を。
見る。
『お前は』
『失うことを』
『受け入れる』
「受け入れたくなくても」
「受け入れます」
『なぜ』
「その人の人生だから」
泉。
沈黙。
長い。
そして。
『分からない』
「今は」
「それでいい」
『教えるのか』
「皆で」
『何を』
「失っても」
「生きられるって」
セラ。
足。
ノア。
名前。
俺。
記憶。
失った。
それでも。
生きてる。
『私は』
『失ったことがない』
「アルバートを」
「失うかもしれない」
『怖い』
「うん」
「でも」
「一人にしない」
父。
アルバート。
最後。
『怖いものを』
『一人にするな』
泉の声。
小さくなる。
『一人』
「今まで」
「ずっと?」
『アルバートが』
『来る前から』
何。
「どれくらい」
『分からない』
泉。
ずっと。
地中。
誰も。
話さない。
人間へ触れる。
でも。
対話ではなく。
利用。
観測。
『最初に』
『話しかけたのは』
『アルバート』
だから。
離せない。
最初の。
相手。
「じゃあ」
「なおさら」
「ちゃんと」
「最後に」
「話した方がいい」
『最後』
「うん」
『嫌だ』
「分かる」
『それでも』
青い影。
人の形が。
崩れる。
水。
椅子。
床。
落ちる。
『考える』
消えそう。
「待って」
『何』
「次」
「また」
「話していい?」
泉。
止まる。
『閉じないなら』
「閉じない」
「話してる間は」
『約束』
「うん」
『人間は』
『約束を破る』
「破る人もいる」
『お前は』
「破ったら」
「皆に怒られる」
オリヴィアの声。
「すごく怒る」
媒介層。
外から。
聞こえる。
ノア。
「僕も」
ゲイル。
「俺もだ」
ダグラス。
「当然だ」
母。
「私が一番怒ります」
泉の影。
一瞬。
止まる。
『多い』
「うん」
『お前は』
『一人ではない』
「そう」
青い水。
静かになる。
『次』
『話す』
そして。
『アルバートも』
『連れてくる』
何。
「できる?」
『私の中にいる』
「でも」
「混ざってる」
『少しだけ』
『分ける』
泉自身が。
アルバートを。
分けようとする。
『練習する』
「練習?」
『失う』
『練習』
胸。
少し。
痛い。
でも。
違う。
冷たさではない。
「うん」
「一緒に」
「やろう」
『次』
青い影。
完全に崩れる。
『食事』
「何?」
『ここ』
『食卓』
『次も』
『同じ』
俺。
少し笑う。
「いいよ」
『鳥肉』
「そこまで分かるの?」
『匂い』
「夢なのに」
『記憶』
「なるほど」
『次』
『鳥肉』
「分かった」
泉の意識。
消える。
『中央泉意識』
『媒介層より離脱』
食卓。
少しずつ。
薄くなる。
母。
皆。
声。
「ルーク」
「名前」
「ルーク・E・オリバー」
「母」
「バーバラ」
「朝食」
「鳥肉」
「祭り」
「行く」
「冬」
「歩く」
「ノア」
「ノア」
目。
開く。
第零研究室。
皆。
いる。
母の手。
握ってる。
「戻った」
俺は言う。
ダグラスが。
すぐに。
胸。
目。
脈。
確認。
「汚染反応」
「なし」
「接続痕」
「なし」
「人格変動」
「多分なし」
「多分って」
「自分で」
「どうだ」
「俺」
「いつも通り」
ノア。
「口悪い?」
「普通」
「じゃあ」
「大丈夫」
「基準そこ?」
少し。
笑い。
緊張。
抜ける。
「泉」
オリヴィアが尋ねる。
「どうだった?」
「怖がってた」
「やっぱり?」
「うん」
「でも」
「話せた」
「アルバートは?」
「次」
「連れてくるって」
マティアスが。
動く。
「本当に?」
「たぶん」
「泉自身が」
「少し分けるって」
「父上を?」
「うん」
マティアス。
顔。
崩れそう。
でも。
堪える。
「そうか」
短い。
「それまで」
「待てる?」
俺が尋ねる。
男は。
長く。
目を閉じる。
「三十二年」
「待った」
「もう少し」
「待つ」
「勝手に」
「中央の泉を」
「開けない?」
「開けない」
「約束」
「約束する」
今度は。
俺だけではない。
皆が。
聞いている。
破れば。
止める。
そして。
保存盤。
新しい記録。
『中央泉』
『自発的分離試行を確認』
『対象』
『アルバート・グレイ』
『進行率』
『一』
一。
始まった。
だが。
その下。
別の文字。
『警告』
『分離に伴い』
『中央泉自己構造』
『不安定化』
「何?」
セオドアの顔。
険しくなる。
『中央泉』
『構造安定率』
『九十九』
泉が。
アルバートを。
離そうとすれば。
自分自身も。
崩れる。
「だから」
エレナが呟く。
「三十二年間」
「離せなかった?」
アルバートは。
ただ。
泉の中にいるのではない。
中央の泉の。
一部。
柱。
構造そのものへ。
なっている。
切り離せば。
泉は。
死ぬかもしれない。
泉が。
初めて。
自分から。
それでも。
分離を始めた。
『進行率』
『二』
『構造安定率』
『九十八』
数字。
一つ。
また一つ。
動く。
俺たちは。
泉へ。
失う練習を。
させようとしていた。
だが。
その練習は。
本当に。
泉自身の命を。
削り始めていた。




