Ep221. 父を鍵にする男
『父を』
『私が』
『鍵にする』
マティアスの文字が。
魔術盤から消えた後。
誰も。
すぐには動かなかった。
「父さんを」
俺は呟く。
「作り直す?」
「零号と同じものを」
ダグラスが。
低い声で答える。
「だが」
「零号は消えた」
「研究記録は残ってる」
人格保存体。
判断術式。
魔力構造。
魂の模造核。
零号を作るために必要な。
ほとんどの技術。
それが。
第零研究室の保存盤へ。
移された。
「マティアスが」
「保存盤を奪えば」
「もう一度」
「エドワードさんを作れる?」
ノアが尋ねる。
「正確には」
セオドアの遠隔像が答える。
「エドワードを模した」
「別の管理体だ」
「でも」
「中央の泉には」
「鍵として認識されるかもしれない」
「可能性はある」
零号。
四十一パーセント。
完全ではない。
だが。
そこへ。
泉主の人格。
さらに。
何かを加えれば。
成功率を上げられる。
「何が足りない?」
俺が聞く。
「今世」
セオドアが答える。
「第三鍵は」
「三つの生を必要とする」
「泉主」
「前世」
「今世」
「零号には」
「エドワードの一生しかない」
「じゃあ」
「どうやって」
セオドアの顔が。
険しくなる。
「マティアスは」
「生を模造する方法を」
「研究していた」
「ノアと」
「リアみたいに?」
「そうだ」
別人へ。
誰かの記憶。
魔力。
人生の輪郭。
それを入れる。
偽物の第三鍵。
人を。
三つの器に分けても。
扉を傷つけられる。
なら。
一つの保存体へ。
三つの生を。
人工的に重ねる。
できるかもしれない。
「父さんの模造体に」
「泉主の人格と」
「誰かの今世を」
「入れる?」
「その可能性が高い」
「誰の今世」
全員。
少し。
沈黙。
俺。
今世のルーク。
中央の泉が。
すでに認識した。
本物の第三生。
「でも」
俺は胸へ手を置く。
「さっき」
「印は消えた」
「印が消えても」
セオドアが言う。
「中央の泉が」
「お前の魔力構造を」
「一度記録した可能性はある」
つまり。
俺本人を。
連れて行かなくても。
中央の泉側に。
今世の俺の情報が。
残っている。
「それを」
「マティアスが使う?」
「管理権へ」
「まだ侵入できるなら」
「可能だ」
零号は消えた。
俺も。
中央の泉から離れた。
だが。
痕跡。
情報。
記録。
まだ。
残っている。
「保存盤を」
ゲイルが言う。
「壊す」
「待て」
セオドアが止める。
「なぜ」
「保存盤には」
「エドワードの研究だけではない」
「第一」
「第二」
「第三」
「全封鎖の記録がある」
「なくしたら」
「マティアスを止める方法も」
「失う?」
「そうだ」
壊せば。
相手へ。
渡さずに済む。
同時に。
こちらも。
重要な情報を失う。
「複製は?」
俺が尋ねる。
「できる」
「時間は」
「三日」
「そんなに」
「保存量が多い」
マティアス。
いつ来る。
今。
場所。
不明。
「王都へ」
俺は言う。
「先に保存盤を」
「セオドアが」
「移動できない?」
「第零研究室の保存盤は」
「この施設から」
「持ち出せない」
零号と同じ。
研究室そのもの。
装置。
「じゃあ」
「俺たちが」
「ここを守る?」
「それは」
バーバラが。
俺を見る。
「王都へ行けません」
「うん」
目的。
二つ。
王都。
マティアス。
第零研究室。
保存盤。
どちらへ。
人を割く。
「マティアスの狙いが」
オリヴィアが言う。
「保存盤なら」
「王都へ行かなくていいんじゃない?」
「でも」
ノアが。
「本人は」
「王都側にも」
「権限を残してる」
「中央の泉へ」
「直接行くかもしれない」
そう。
保存盤から。
模造体を作る方法を得て。
王都。
中央の泉。
そこで完成。
「二手」
ゲイル。
「分けるしかない」
「危険」
母。
「でも」
「全員で」
「一か所へ行けば」
「もう一方を」
「取られる」
俺は。
考える。
人数。
役割。
自分。
また。
全部。
一人で。
決めそうになる。
「皆」
「どう思う」
父の言葉。
一人で決めるな。
俺は。
聞く。
最初に。
ゲイル。
「俺は」
「ここを守る」
「戦うなら」
「村の近くの方が」
「地形を知ってる」
アーヴィン。
「私は」
「王都へ戻るべきです」
「医術院と」
「王城地下の警備を」
「強化する」
ダグラス。
「ルークは」
「王都へ行かせたくない」
「中央の泉が」
「認識している」
「近づけば」
「また印が出る」
母。
「私も同じ」
オリヴィア。
「でも」
「ルークしか」
「読めない文書が」
「王都にある」
未解読文書。
血縁。
父。
「だから」
「行かないと」
「最後まで」
「分からないことが残る」
ノア。
「僕は」
「ルークと行く」
「どうして」
「前世の知識が」
「必要になるかもしれない」
「それに」
「ルークが」
「一人で決めそうになったら」
「止める」
「俺より」
「年上みたい」
「少し年上」
確かに。
身体は。
ノアの方が。
何歳も上。
「セオドア」
俺は。
遠隔像を見る。
「あなたは」
「どう思う」
少し。
間。
「ルークは」
「王都へ来るべきではない」
「やっぱり」
「だが」
「私が」
「そう言う資格は」
「もうない」
情報を。
隠した。
選ばせるために。
選択肢を。
制限した。
「だから」
「情報だけ渡す」
「判断は」
「お前たちでしろ」
セオドア。
変わろうとしている。
「王都の未解読文書」
「今」
「どうなってる」
「保管庫」
「血縁認証待ち」
「マティアスが」
「触れたら?」
「反応しない」
「じゃあ」
「急がなくても」
「文書は安全?」
「現状は」
「そうだ」
なら。
王都へ。
今すぐ行く必要。
少し下がる。
「保存盤は?」
「マティアスの」
「旧権限で」
「一部閲覧できる」
「今も?」
「権限競合が」
「完全には切れていない」
こちら。
危険。
「先に」
「第零研究室を」
「安全にする」
俺は言った。
「その後」
「王都」
「遠回り」
ノアが笑う。
「うん」
「まず」
「保存盤を守る」
「でも」
「三日」
「複製」
「待ってる間に」
「マティアスが来る」
「なら」
ダグラスが。
研究室を見る。
「記録を」
「全部残す必要はない」
「何を消す」
「第三鍵関連」
それだけ。
マティアスが。
最も欲しい部分。
「削除できる?」
セオドア。
「できる」
「ただし」
「こちらも失う」
「複製は」
「その部分だけなら」
「半日」
半日。
現実的。
「じゃあ」
「第三鍵関連だけ」
「別の媒体へ移す」
「どこへ」
ノア。
金色の白石。
前世知識。
紫の欠片。
父の手帳。
「普通の紙」
俺は言った。
「術式じゃなく」
「文章に」
「全部」
「人が読む形で」
保存盤。
魔力記録。
権限で。
盗める。
紙。
人間の言葉。
泉が。
読めないわけではない。
だが。
遠隔で。
抜くのは難しい。
「父さんも」
「最後は」
「紙に残してた」
帳面。
失敗。
正直な言葉。
「手書きなら」
ダグラス。
「半日でも」
「全部は無理だ」
「必要なものだけ」
「第三鍵完成術式」
「中央泉管理権」
「分離方法」
「模造体」
「これだけ」
セオドアが。
遠隔像越しに。
頷く。
「私が」
「第零研究室の記録を」
「文章へ落とす」
「誰か」
「書く人」
「俺」
ノアが。
手を上げる。
「字」
「書ける?」
「前世の知識を」
「入れられた時」
「覚えた」
「それは」
「残ってる?」
「知識だから」
「うん」
人格は。
消えた。
読み書き。
知識。
残っている。
「俺も」
「書く」
「右腕」
母。
「まだ痛い」
「左」
「字が」
「ひどい」
「読めればいい」
「俺が」
オリヴィアも。
「書く」
ゲイル。
アーヴィン。
皆。
分担。
半日。
記録を。
紙へ。
移す。
「終わったら」
「保存盤の」
「第三鍵関連を消す」
「それで」
「マティアスが来ても」
「得られない」
「残りの研究は?」
ダグラス。
「守る」
「でも」
「最悪」
「壊す」
研究より。
人。
父の言葉。
泉を閉じる方法と。
誰かを助ける方法が。
違うなら。
助ける方。
「賛成」
皆。
頷く。
◇ ◇ ◇
作業。
始まる。
セオドアが。
保存盤から。
必要部分だけ。
読み上げる。
『第三鍵』
『成立条件』
『同一魂に属する』
『三生記憶の統合』
ノアが。
紙へ。
書く。
『源泉人格』
『前世人格』
『現世人格』
『完全統合後』
『中央泉認証』
俺。
オリヴィア。
分担。
『重要』
『第三鍵は』
『人格数ではなく』
『自己認識の連続性を参照』
「自己認識」
俺が止める。
「どういう意味」
セオドア。
「記憶を」
「三つ入れるだけでは」
「足りない」
「全部を」
「自分だと認識する必要がある」
「だから」
「偽物の第三鍵は」
「扉を傷つけるだけ?」
「そうだ」
ノア。
前世の記憶。
リア。
今世模造。
マティアス。
泉主。
三人。
別々。
自分を。
一つとは思わない。
だから。
完全な鍵にならない。
「模造父さんも」
「無理じゃない?」
エドワード保存体へ。
三つの生を入れても。
全部を。
自分と認識させる。
難しい。
「そこが」
「マティアスの狙いだ」
セオドア。
「魂模造核」
「零号にあったもの」
「それで?」
「外部記憶を」
「自己記憶として」
「認識させる機能がある」
だから。
零号は。
父ではないのに。
父に近い。
模造核が。
記録を。
自分の人生として。
つなげる。
「危険」
ノア。
「それ」
「僕に入ってたら」
「本当に」
「ルークになってた?」
「可能性は高い」
マティアスは。
ノアへ。
完全な魂模造核までは。
入れられなかった。
だから。
元のノアが。
残った。
「よかった」
少年。
本当に。
小さく。
息を吐く。
作業。
続く。
『中央泉消滅手順』
全員。
少し。
静かになる。
これが。
最終手段。
『第三鍵による』
『全層同時接続』
『源泉人格を』
『中央核から分離』
『第一生』
『第二生』
『第三生』
『三方向へ切断』
『自己認識を』
『一つへ戻さない』
「成功したら?」
俺が尋ねる。
「泉主」
「前世」
「今世」
「どうなる」
「今世だけ」
「残る可能性が高い」
「前世は?」
「記憶として」
「消える」
「泉主は?」
「中央泉と」
「一緒に消滅」
つまり。
俺が。
完全な鍵になった後。
成功すれば。
今世の俺だけ。
残る。
前世の。
知識。
記憶。
全部。
消える。
「それ」
オリヴィアが。
俺を見る。
「ルークは」
「どう思う」
「まだ」
「分からない」
前世を。
手放す。
俺が。
俺である理由。
ずっと。
前世の記憶だと。
思っていた。
でも。
今。
母。
友達。
村。
今世。
それだけでも。
俺は。
俺。
「後で」
「考える」
「今」
「決めない」
皆。
頷く。
作業。
さらに。
一刻。
二刻。
紙。
増える。
ダグラスが。
分類する。
第三鍵。
中央泉。
管理権。
模造核。
アルバート。
マティアス。
最後。
『初代主任』
『アルバート・グレイ』
『源泉融合記録』
エレナの保存体が。
動きを止めた。
「それ」
「私が読む」
セオドア。
「エレナ」
「大丈夫か」
「大丈夫」
でも。
声。
少し。
揺れる。
事故。
三十二年前。
アルバート。
中央の泉。
「エレナは」
俺は尋ねる。
「アルバートと」
「どういう関係だった?」
銀髪の保存体。
長く。
黙る。
「研究仲間」
「それだけ?」
「……夫婦になる予定だった」
何。
マティアスの父。
アルバート。
エレナ。
「じゃあ」
「マティアスは」
「あなたの」
「息子ではない」
すぐ。
否定。
「アルバートには」
「以前の妻がいた」
「亡くなって」
「その後」
「私と」
マティアス。
父の再婚相手になるはずだった人。
「だから」
「マティアスを」
「知ってる?」
「幼い頃から」
「どんな子」
エレナの表情。
遠い。
「父親が」
「大好きだった」
やはり。
中心。
父。
「事故の日」
「何があった」
紙。
最後の記録。
エレナが。
自分で。
読み上げる。
『アルバートは』
『中央泉の意識と』
『接触に成功』
「意識?」
「当時から」
「泉主がいた?」
「いた」
「誰」
「分からない」
アルバートより。
前。
すでに。
何かが。
泉にいた。
「人?」
「違う」
「もっと古い」
「意識」
「泉そのもの?」
「そう思っていた」
だが。
アルバートが。
接触した。
『中央泉意識は』
『人間の喪失を』
『理解できない』
『ただし』
『模倣は可能』
だから。
死者の影。
人の望み。
再現。
『アルバートは』
『意識へ』
『人間の死を教えようとした』
「どうやって」
嫌な予感。
『自分の魂を』
『接続』
アルバート。
自分を。
泉へ。
「止めなかった?」
俺がエレナを見る。
「止めた」
「でも」
「彼は」
「一人で決めた」
また。
一人。
「事故は」
「その時?」
「そう」
『接続過負荷』
『中央泉暴走』
『アルバート』
『切断不能』
身体。
失う。
魂。
泉へ。
残る。
「それで」
「泉主の一部になった」
「うん」
エレナ。
「でも」
「大事なのは」
「その次」
記録。
続き。
『アルバート接続後』
『中央泉意識』
『初めて』
『恐怖反応を示す』
「恐怖?」
「何を」
『死』
泉は。
人間の死を。
理解した。
アルバートの魂を通じ。
そして。
『中央泉意識』
『死を拒絶』
失いたくない。
消えたくない。
それを。
初めて知った。
「だから」
俺。
「死者を」
「戻そうとする?」
「違う」
エレナ。
「死者を戻したいんじゃない」
「泉自身が」
「死にたくないの」
第一。
第二。
第三。
接続。
人間。
器。
全部。
自分を。
生かすため。
「人の喪失を使って」
「自分の存続を」
「選ばせる」
「そう」
泉主。
悪意。
だけではない。
死への恐怖。
アルバートから。
学んだ。
「なら」
ノアが言う。
「泉を消すって」
「泉にとっては」
「殺されること?」
「そうなる」
中央の泉。
意思。
生きたい。
それを。
持っている。
俺たちは。
それを。
消そうとしている。
「どうする」
オリヴィアが。
俺を見る。
「泉も」
「生きたいって」
「思ってるなら」
父の言葉。
泉を閉じる方法と。
誰かを助ける方法が。
違うなら。
助ける方。
では。
泉も。
誰か。
なのか。
答え。
ない。
「まず」
俺は言った。
「話す」
「泉と?」
「うん」
「消すか」
「残すか」
「それより前に」
「何を望んでるか」
「聞く」
「危険」
母。
「分かってる」
「だから」
「今は行かない」
「方法を」
「皆で探す」
エレナの保存体が。
俺を。
長く見た。
「アルバートは」
「それを」
「一人でやった」
「俺は」
「一人でやらない」
「そう」
エレナが。
少し。
悲しそうに笑う。
「それなら」
「同じ失敗は」
「しないかもしれない」
その時。
研究室の外。
礼拝堂。
鐘。
誰も。
鳴らしていない。
古い鐘が。
一度。
鳴った。
ゲイルが。
すぐに立つ。
「誰か来た」
階段。
上。
足音。
一人。
ゆっくり。
降りてくる。
「マティアス?」
アーヴィンが。
剣を抜く。
扉。
閉じる。
研究室内。
白石。
準備。
足音。
近い。
止まる。
鉄の扉。
向こう。
男の声。
「ルーク」
マティアス。
低い。
静かな声。
「父親を」
「大切に思う気持ちが」
「お前にもあるなら」
「私を」
「理解できるはずだ」
俺は。
答えない。
扉越し。
マティアスは。
続ける。
「私は」
「父を取り戻したいのではない」
何。
「私は」
「父を」
「泉から」
「死なせてやりたい」
王弟とは。
逆。
戻したいのではない。
終わらせたい。
「そのために」
マティアスの声。
「中央の泉を」
「開かなければならない」
扉の向こう。
敵だと思っていた男が。
俺たちと。
同じ目的を。
口にしていた。




