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220/226

Ep220. 移動する研究室

『転移先』


『中央泉外郭』


 第零研究室そのものが。


 低く。


 震え始めた。


 壁。


 床。


 天井。


 全てに。


 青白い線が走る。


「止められる?」


 俺が叫ぶ。


「やっている!」


 零号が。


 魔術盤へ両手を置く。


『第一権限』


『セオドア・グレイン』


『第二権限』


『マティアス・グレイ』


『管理競合』


 数字が。


 目まぐるしく変わる。


 四十八。


 五十二。


 四十六。


 五十四。


 マティアス側が。


 少しずつ優勢。


「研究室を」


 ゲイルが言う。


「捨てられないのか」


「転移が始まった後に」


「外へ出れば?」


 零号が首を横へ振る。


「今」


「外側の階段は」


「もう切り離されている」


 振り返る。


 入ってきた。


 鉄の扉。


 その向こう。


 階段があったはず。


 ゲイルが。


 扉を開く。


 黒い。


 何もない。


 壁でも。


 通路でもない。


 闇。


「触るな!」


 零号の声。


「空間接続が」


「まだ成立していない」


「落ちたら?」


「戻らない」


 ゲイルが。


 すぐ扉を閉じた。


「つまり」


 オリヴィアが。


 俺を見る。


「閉じ込められた?」


「うん」


 それも。


 中央の泉のすぐ近くへ。


 運ばれている。


 父が。


 俺へ。


 近づくなと。


 何度も残した場所。


「ルーク」


 母が。


 俺を抱き寄せる。


「何か感じますか」


「まだ」


 胸。


 静か。


 銀色の線も。


 冷たさもない。


 第三鍵。


 中央の泉へ近づけば。


 扉が。


 俺を認識する。


 夢で。


 そう聞いた。


「距離は?」


 俺が尋ねる。


「転移完了まで?」


 零号。


「二十七秒」


「短い!」


「この施設は」


「非常用だからな」


「止める方法」


「管理権を奪い返す」


「それだけ?」


「もう一つ」


「施設の中核を」


「破壊する」


「そうしたら?」


「転移は停止」


「でも」


 零号が。


 一瞬。


 言葉を止める。


「研究室も」


「全部消える?」


「空間固定が失われる」


「どこへ落ちるか」


「分からない」


「それは駄目」


「だから」


「管理権を取り戻す」


 セオドア。


 王都から。


 遠隔で。


 マティアスと。


 権限を奪い合っている。


 俺たちは。


 何ができる。


「第三権限」


 俺は言った。


 全員が。


 こちらを見る。


「何だ」


 ダグラス。


「初代」


「第二代」


「副主任」


「それ以外」


「父さんの権限」


 零号。


 父の人格保存体。


「エドワードの」


「権限を使えない?」


「私は」


「エドワード本人ではない」


「でも」


「九十二パーセント」


「認証は?」


 零号が。


 魔術盤を見る。


「試したことはない」


「やって」


「危険だ」


「何が」


「施設が」


「私をエドワード本人と」


「誤認する可能性がある」


「それの何が危険?」


「エドワードの」


「全権限が」


「私へ移る」


「それなら」


「止められる」


「同時に」


 零号の声。


 低くなる。


「私が」


「中央泉管理者として」


「登録される」


「管理者?」


「第三鍵ではない」


「だが」


「泉の制御へ」


「直接触れられる立場だ」


 零号。


 死への恐怖が薄い。


 合理性。


 人間の犠牲を。


 数で比較できる。


 そんな存在へ。


 中央の泉の管理権を。


 渡す。


 危険。


「でも」


「今だけなら」


 ノアが言う。


「転移を止めたら」


「権限を消せない?」


「可能性はある」


「どれくらい」


「六割」


 また。


 数字。


「他は?」


「セオドアが」


「勝つ確率」


 零号が。


 表示を見る。


「現在」


「三十三パーセント」


 低い。


「残り時間」


『十八』


「やる」


 俺は言った。


「待って」


 母。


「皆で決める」


「そう」


 俺は。


 周囲を見る。


「零号へ」


「一時的に父さんの権限を渡す」


「転移を止めたら」


「すぐ消す」


「賛成?」


「俺は賛成」


 ゲイル。


「他に」


「現実的な案がない」


 アーヴィンも。


「同意します」


 ダグラス。


「危険だ」


「だが」


「中央の泉へ運ばれる方が」


「もっと危険」


 オリヴィア。


「私も」


「ただし」


「零号が」


「変なことしたら」


「止める方法を」


「先に決める」


「何で止める?」


 ノアが尋ねる。


 零号自身。


 研究室とつながる保存体。


「中核」


 俺は言う。


「零号が」


「父さんの権限を」


「手放さなかったら」


「研究室の中核を壊す」


「空間ごと危ない」


 ゲイル。


「その時は」


「転移が終わってる」


「通常空間へ」


「戻っていれば」


「中核を壊しても」


「研究室が崩れるだけ」


 零号が。


 俺を見る。


「よく分かったな」


「今までの話」


「聞いてた」


「賢い」


「父さんみたい?」


「いや」


 零号が。


 僅かに笑う。


「彼より」


「ずっと慎重だ」


『残り』


『十二』


「決める!」


 俺が言う。


「零号」


「やって」


「全員」


「異論は?」


 誰も。


 反対しない。


「分かった」


 零号が。


 魔術盤へ。


 自分の掌を押し当てる。


「管理体零号」


「エドワード・E・オリバー」


「人格模造核を」


「血統権限へ提出」


 光。


 金。


『認証開始』


『記憶一致』


『九十九・一』


「九十二じゃなかった?」


 ノア。


「認証項目が違う!」


 零号が叫ぶ。


『魔力構造一致』


『九十六・七』


『判断形式一致』


『九十三・二』


『魂構造』


『不一致』


 やはり。


 本人ではない。


『代替管理体認証』


『許可』


「通った!」


 零号。


『第三管理権』


『エドワード代替体』


『起動』


 魔術盤。


 三つ目の数字が現れる。


 セオドア。


 二十九。


 マティアス。


 五十七。


 零号。


 十四。


「低い」


「今から上げる!」


 零号が。


 両手へ力を込める。


『管理競合』


『再計算』


 数字。


 変わる。


 セオドア。


 二十二。


 マティアス。


 四十三。


 零号。


 三十五。


『転移完了まで』


『五』


「止めろ!」


「やっている!」


『四』


 床。


 大きく揺れる。


『三』


 胸。


 冷たい。


「ルーク?」


 母。


「来た」


「何が!」


「中央の泉」


 遠い。


 でも。


 近い。


 扉の向こうから。


 誰かが。


 こちらを見た。


『二』


 俺の胸。


 淡い青い点。


「まずい!」


 ダグラス。


『一』


「止まれ!」


 零号が。


 叫んだ。


『管理権』


『零号』


『五十一』


『マティアス』


『四十九』


 逆転。


『転移』


『強制停止』


 衝撃。


 身体が。


 宙へ浮く。


 次の瞬間。


 床へ叩きつけられる。


 バーバラが。


 俺を守るように抱く。


「母さん!」


「大丈夫」


 息。


 痛い。


 でも。


 動ける。


「皆!」


「無事だ!」


 ゲイル。


「こっちも!」


 オリヴィア。


 ノアも。


 床に座り込んでいるが。


 怪我はない。


 研究室。


 壁。


 天井。


 残っている。


「止まった?」


 俺が尋ねる。


 零号は。


 魔術盤へ。


 両手をついたまま。


 動かない。


「零号?」


「……止めた」


「場所は?」


 表示。


『転移中断位置』


『空間座標』


『未登録』


「未登録?」


「どこ」


「王都でも」


「礼拝堂でもない」


 零号が。


 ゆっくり振り返る。


「中央泉外郭へ」


「届く直前だ」


「つまり?」


「通常空間と」


「中央泉領域の」


「間」


 最悪。


 止めた。


 だが。


 完全には。


 戻れなかった。


「出られる?」


 アーヴィンが尋ねる。


「今」


「調べる」


 零号。


 だが。


 俺は。


 それより。


 胸。


 冷たい点。


「ダグラス」


「見て」


 服を。


 少し開く。


 胸の中央。


 小さな。


 青い点。


 銀色の線ではない。


 傷でもない。


 光。


「接続痕?」


「違う」


 零号が。


 こちらを見た。


 表情。


 険しい。


「第三鍵認識痕だ」


「何」


 母の声。


「転移が」


「一瞬」


「中央泉の認識範囲へ」


「入った」


「ルークを」


「鍵として」


「見つけた」


 完成していないはず。


 記憶。


 三生。


 まだ。


 一つではない。


「認識されただけ」


「完成したわけではない」


 零号。


「でも」


「中央の泉は」


「もう」


「ルークの存在を知った」


 冷たさ。


 胸。


 少しずつ。


 強くなる。


『第三鍵候補』


 どこからともなく。


 声。


『認識』


 全員。


 聞こえた。


「中央の泉」


 俺は呟く。


 第一。


 第二。


 今までの。


 泉主とは。


 声が違う。


 男でも。


 女でもない。


 いくつもの声。


 重なっている。


『欠損』


『二』


「欠損?」


 ノア。


『第一生』


『不足』


『源泉人格』


『不足』


 前世の俺。


 泉主。


 二つ。


 足りない。


 今世の俺だけ。


 認識。


『第三生』


『確認』


 今の俺。


 白い空白。


 それだけで。


 第三鍵候補として。


 登録された。


「切れる?」


 母。


「今は」


 零号が。


 胸の点を見る。


「接続ではない」


「印だ」


「印を」


「消す方法」


「中央泉の認識範囲から」


「完全に離れる」


「どうやって!」


 研究室は。


 空間の間。


 礼拝堂へも。


 王都へも。


 つながっていない。


「管理権」


 俺は零号を見る。


「今」


「持ってる?」


 零号が。


 魔術盤へ視線を向ける。


『管理権』


『零号』


『六十八』


 セオドア。


 二十。


 マティアス。


 十二。


「取り返した」


「なら」


「礼拝堂へ戻せる?」


「可能だ」


「やって」


「待て」


 零号。


「何」


「私の管理権を」


「先に消す」


「戻ってからでいい」


「駄目だ」


 零号の声が。


 変わる。


「中央泉に」


「近づいたことで」


「私にも」


「別の反応が出た」


「何」


 零号が。


 自分の胸を開く。


 そこ。


 青い。


 俺より。


 大きな印。


「どうして」


「私は」


「エドワードの」


「代替管理体」


「中央泉は」


「私を」


「別の鍵候補として」


「誤認した」


「父さんの代わり?」


「そうだ」


 第三鍵。


 俺だけではない。


 父の魂を。


 九割以上模した零号。


 中央の泉は。


 それも。


 鍵として使えると。


 判断した。


「零号を」


 ノアが。


 見つめる。


「完成させたら?」


「エドワードの記憶」


「泉主の記憶」


「今世の記憶」


「揃わない」


「だが」


 零号。


「私は」


「エドワードの前世記憶に」


「相当するものを」


「ほぼ全部持つ」


「泉主の人格を」


「入れれば」


「鍵として」


「代用できる可能性」


「何パーセント」


「四十一」


 低い。


 だが。


 ゼロではない。


「マティアスが」


 ゲイルが言う。


「それを知れば」


「ルークじゃなく」


「零号を狙う」


「すでに」


 零号。


「知っただろう」


『管理権侵入』


 魔術盤。


 赤。


『第二権限』


『情報閲覧』


「マティアス」


「見てた?」


「今のやり取りを」


「一部」


 最悪。


 マティアスにとって。


 新しい道。


 俺を。


 完全な第三鍵にするより。


 零号を使う。


 その方が。


 早い。


「だから」


 零号が言う。


「私は」


「ここで消える」


「待って」


 俺。


「記録移送」


「完了した?」


「完了している」


 さっき。


 残り一割。


 その後。


 転移。


 混乱。


「研究記録は?」


「保存盤へ」


「人格は?」


「残していない」


「なら」


 約束どおり。


 消す。


 それが。


 安全。


 でも。


「礼拝堂へ」


「戻してから」


「消えて」


「戻す間に」


「マティアスが」


「私の管理権を奪う可能性」


「今」


「十二でしょ」


「転移操作中は」


「権限が分散する」


 また。


 奪われる可能性。


「じゃあ」


 中核を壊す。


 零号を。


 消す。


 その後。


 研究室。


 どうやって帰る。


「零号が消えたら」


「誰が」


「戻す?」


「セオドア」


 遠隔接続。


 まだ。


 生きている。


 魔術盤の。


 光。


 セオドアの像。


 乱れながら。


 戻る。


「聞こえるか!」


「うん!」


「状況は」


「把握した」


「零号の権限を」


「私へ移せ」


「できる?」


「可能だ」


「零号」


 俺が見る。


 老人。


 父ではない。


 父に近い影。


「やって」


「分かった」


 零号が。


 セオドアの像へ。


 掌を向ける。


『管理権譲渡』


『対象』


『セオドア・グレイン』


「零号」


 俺は呼ぶ。


「何だ」


「最後に」


「聞いていい?」


「時間がない」


「一つだけ」


「父さん」


「俺が生まれた日」


「どんな顔してた?」


 母が。


 俺を見る。


 零号。


 少し。


 困ったような顔。


「それは」


「記憶を残さないと」


「話せない?」


「いや」


 老人が。


 小さく笑う。


「簡単だ」


「泣いていた」


「父さんが?」


「誰にも」


「見られないように」


「廊下で」


「一人で」


 俺は。


 目を瞬く。


「何で」


「嬉しかったからだ」


 父。


 泣いた。


 俺が生まれて。


 ただ。


 嬉しくて。


「それだけ?」


「それだけだ」


 泉。


 鍵。


 未来。


 何も関係ない。


 ただ。


 息子が。


 生まれたから。


「ありがとう」


 俺が言う。


 零号が。


 静かに頷く。


『管理権譲渡』


『完了』


 数字。


 セオドア。


 八十八。


 マティアス。


 十二。


 零号。


 零。


 老人の身体が。


 薄くなる。


 足。


 手。


 白衣。


 光へ。


「バーバラ」


 零号が。


 母を見る。


 母は。


 少し迷い。


「何です?」


「エドワードから」


「伝言を」


「言わないで」


 母。


 静かな声。


「あなた自身の言葉なら」


「聞きます」


 零号。


 初めて。


 驚いた。


 そして。


 笑う。


「君たちを」


「見られて良かった」


「それは」


「あなたの言葉?」


「ああ」


「なら」


 バーバラも。


 小さく笑った。


「ありがとう」


 老人が。


 俺を見る。


「ルーク」


「うん」


「生きろ」


 短い。


 父の言葉ではない。


 零号自身。


 俺は。


 頷く。


「うん」


 光。


 零号の姿が。


 消える。


『管理体零号』


『停止』


 父ではない。


 それでも。


 一つの存在が。


 終わった。


「戻すぞ!」


 セオドアの声。


『施設転移』


『礼拝堂座標』


『再設定』


 研究室。


 また。


 揺れる。


 胸の青い点。


 冷たさ。


 中央の泉が。


 こちらを。


 見ている。


『第三鍵候補』


『離脱を確認』


「早く!」


『転移開始』


 今度は。


 セオドア。


 最上位権限。


 マティアス。


 十二。


 止められない。


 光。


 白。


 身体が。


 浮く。


 そして。


 落ちる。


 静寂。


 ゲイルが。


 鉄の扉を開く。


 向こう。


 石の階段。


 礼拝堂。


「戻った」


 オリヴィアが。


 息を吐く。


 俺の胸。


 青い点。


 少しずつ。


 薄くなる。


『第三鍵候補』


『認識範囲外』


『印消去』


 消える。


 完全に。


 俺は。


 胸へ手を置く。


 何もない。


「大丈夫?」


 母。


「うん」


 でも。


 中央の泉は。


 もう。


 俺を知った。


 名前。


 魂。


 今世の存在。


 忘れるとは。


 思えない。


 そして。


 魔術盤。


 最後に。


 マティアスから。


 一つだけ。


 文字が浮かんだ。


『ルーク』


『お前を使う必要はなくなった』


 続き。


『父を』


『私が』


『鍵にする』


 零号は消えた。


 だが。


 エドワードの研究記録。


 保存盤。


 父の魔力構造。


 代替体を作るための情報は。


 まだ。


 存在する。


 マティアスは。


 俺ではなく。


 死んだ父エドワードを。


 新しい第三鍵として。


 作り直そうとしていた。


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