Ep219. 最上位権限者
『権限者』
『セオドア・グレイン』
王立医術院長。
ずっと。
こちらへ情報を送り。
王弟を助け。
国王の接続を止め。
第二封鎖室で。
マティアスと戦った男。
そのセオドアが。
第零研究室へ。
最上位権限で接続している。
「どういうこと」
オリヴィアが。
低い声で尋ねる。
「味方じゃなかったの?」
「まだ」
俺は答える。
「敵って決まったわけじゃない」
そう言いながら。
胸の奥。
嫌な感覚。
最上位権限。
それを持つなら。
セオドアは。
第零研究室の存在を。
知らなかったはずがない。
なのに。
今まで。
何も言わなかった。
「零号」
俺は老人を見る。
「セオドアは」
「ここの関係者?」
「そうだ」
即答。
「どの立場」
「第二代管理責任者」
部屋の空気が変わる。
「第二代?」
「最初が」
「エレナ」
銀髪の保存体が。
静かに頷く。
「その後」
「エドワード」
「そして」
「セオドア」
三人。
父。
エレナ。
セオドア。
全員。
第零研究室。
「なんで」
ダグラスが。
眉をひそめる。
「そんな重要なことを」
「今まで黙っていた」
「私へ聞かなかったからだ」
零号。
平然。
「そういう問題?」
ノアが呆れる。
「情報要求に」
「必要性が含まれていなかった」
「保存体って」
「面倒」
「同意する」
エレナが。
小さく笑う。
その時。
魔術盤が。
強く光った。
『遠隔接続』
『確立』
壁の中央。
光が集まる。
人の姿。
白衣。
白髪。
見覚えのある顔。
セオドア。
だが。
遠隔像。
薄い。
「ルーク」
第一声。
こちらを見て。
息を吐く。
「そこへ入ったか」
「知ってた?」
「知っていた」
「なんで」
「言わなかった」
セオドアの顔が。
苦く歪む。
「入ってほしくなかった」
「なら」
「父さんの文書とか」
「第零研究室とか」
「全部」
「隠してた?」
「隠していた」
否定しない。
バーバラの表情が。
険しくなる。
「理由を」
「説明してください」
「もちろんです」
セオドアが。
母へ頭を下げる。
「まず」
「私は」
「エドワードの判断を」
「最後まで支持していなかった」
父と。
意見が違った。
「何が」
俺は尋ねる。
「第三鍵だ」
やはり。
「エドワードは」
「完成させるべきではないと考えた」
「私は」
「完成させるべきだと考えた」
部屋。
静まり返る。
「中央の泉を」
「消せるから?」
「そうだ」
零号が説明した方法。
一度。
第三鍵を完成。
中央の泉を認識させる。
その後。
三つの生を分離。
泉そのものを。
存在できなくする。
「失敗したら」
「ルークが」
「泉と一つになる」
オリヴィアが。
強い声で言う。
「知ってる?」
「知っている」
「それでも?」
「それでも」
セオドアは。
迷わない。
「私は」
「三十年以上」
「泉を見てきた」
「第一」
「第二」
「第三」
「何度封じても」
「必ず別の道を作る」
「根を切っても」
「媒体を変える」
「鍵を奪っても」
「人の感情を使う」
王弟。
国王。
リア。
セラ。
ノア。
俺。
全部。
その通り。
「だから」
「根本を消すしかない」
「そのために」
「俺を使う?」
「使いたい」
正直。
あまりにも。
正直。
「だが」
続く。
「強制はしない」
俺は。
セオドアを見る。
「本当に?」
「エドワードと」
「最後に交わした約束だ」
父。
また。
「何を」
「ルーク本人が」
「自分で選ぶまで」
「第三鍵を完成させない」
「だから」
「記憶返還も」
「止めてた?」
「そうだ」
俺の前世記憶。
保存器。
完全に戻せる可能性があった。
だが。
セオドアは。
危険だと。
何度も止めた。
理由。
第三鍵。
「じゃあ」
俺は言う。
「ずっと」
「俺が」
「いつか」
「中央の泉を消すって」
「選ぶのを待ってた?」
「……そうだ」
「それ」
「強制と」
「何が違う?」
セオドアの表情が。
止まる。
「選ばせてるように見せて」
「必要な情報は」
「隠した」
「第三鍵も」
「第零研究室も」
「自分の立場も」
「知らなかったら」
「正しく選べない」
父が。
姉妹へ。
大きすぎる選択を残した。
セオドアは。
逆。
俺へ。
選択肢そのものを。
全部見せなかった。
「その通りだ」
セオドアが。
静かに答える。
「私も」
「間違えた」
意外。
「言い訳しない?」
「できない」
「私は」
「エドワードより」
「合理的であろうとした」
「だが」
「結局」
「恐怖で判断した」
王弟と同じ。
恐怖の中で。
間違ったものを信じた。
「何が怖かった」
「泉が」
「次に誰を奪うか」
「分からないことだ」
長い年月。
何度も。
人が巻き込まれた。
セオドアは。
終わらせたい。
だから。
俺へ。
危険な役目を。
いつか選ばせるため。
情報を管理した。
「マティアスは」
ゲイルが割って入る。
「お前と同じ考えか」
「違う」
セオドアの声が。
冷たくなる。
「マティアスは」
「泉を消したいのではない」
「支配したい」
「中央の泉を?」
「そうだ」
「第三鍵を」
「完成させ」
「ルークではなく」
「自分が所有者になるつもりだ」
「できるの?」
ノアが尋ねる。
「本物の第三鍵は」
「ルークでしょう」
「鍵そのものを」
「奪うことはできない」
「だが」
「鍵が開いた後」
「中央の泉の管理権を」
「別の人間へ移す術式がある」
第零研究室。
危険な研究。
「それを」
「零号が知ってる?」
「知っている」
だから。
マティアスは。
零号を狙う。
「セオドア」
俺は言う。
「今」
「どこ?」
「王都」
「第零研究室の」
「西区画」
「異常反応は?」
「私が起こした」
「何?」
全員。
声を失う。
「どうして」
「マティアスを」
「王都へ引き戻すためだ」
「偽の反応?」
「そうだ」
中央の泉。
研究資料。
第三鍵。
マティアスが欲しがる情報が。
王城地下にあるよう。
見せた。
その間に。
俺たちを。
第零研究室へ。
近づけないつもりだった。
「なのに」
「マティアスは」
「こっちへ来てる」
「零号の存在を」
「見抜いた」
「失敗?」
「そうだ」
セオドア。
素直。
「じゃあ」
今。
マティアス。
三刻。
この礼拝堂。
零号。
狙い。
明確。
「セオドア」
「止められる?」
「王都からでは」
「直接は無理だ」
「でも」
「研究室の権限」
「使えるでしょ」
「使える」
「封鎖」
「可能」
「じゃあ」
「礼拝堂を」
「閉じる」
セオドアが。
首を横へ振る。
「閉じれば」
「お前たちも出られない」
「先に出る」
「零号は?」
「記録だけ移して」
「消す」
セオドアの顔。
僅かに変わる。
「お前が」
「そう決めたのか」
「皆で」
俺は。
周囲を見る。
「決めた」
母。
ゲイル。
ダグラス。
オリヴィア。
ノア。
アーヴィン。
皆。
そこにいる。
「そうか」
セオドアが。
小さく笑う。
「エドワードなら」
「喜ぶだろう」
「父さんなら」
「自分で言わないと思う」
「違いない」
少し。
空気が緩む。
だが。
時間。
「記録移送」
零号が言う。
「開始する」
部屋の奥。
大きな保存盤。
光。
「何を」
「残す」
俺が尋ねる。
「研究記録」
「エドワードの個人記憶は?」
母が。
緊張した顔。
「希望があれば」
「一部」
「残せる」
沈黙。
父の。
声。
姿。
母との記憶。
俺が生まれた日。
「母さん」
俺は。
バーバラを見る。
「どうする?」
母は。
長く。
零号を見つめた。
「エドワードの」
「研究だけ」
俺は。
少し驚く。
「誕生日の記憶も?」
「見たいです」
「でも」
「それは」
「あなたが覚えていないからといって」
「失われたわけではありません」
「私が」
「覚えています」
母。
生きている人の記憶。
「機械から」
「返してもらう必要はありません」
零号が。
静かに頷く。
「良い選択だ」
「あなたに」
「褒められたくはありません」
「失礼した」
母。
強い。
「俺は」
少しだけ。
残念。
見たかった。
父が。
俺を見た日。
でも。
母が覚えている。
「いつか」
「話して」
「もちろん」
「全部?」
「あなたが」
「もっと大きくなったら」
「今」
「聞きたい」
「後です」
やっぱり。
後。
◇ ◇ ◇
零号の記録。
保存盤へ。
移る。
人格なし。
感情なし。
研究。
術式。
失敗。
成功。
それだけ。
「残り」
「どれくらい」
「半刻」
マティアス。
到着まで。
二刻半ほど。
余裕。
だが。
セオドアの遠隔像が。
突然乱れた。
「何」
アーヴィンが。
剣へ手をかける。
「王都側」
セオドアの声。
途切れる。
「何者かが」
「接続へ」
「入った」
光。
歪む。
別の顔。
一瞬だけ。
映る。
男。
灰色の髪。
痩せた顔。
マティアス。
「近い?」
「違う」
零号が。
魔術盤を見る。
「複数接続」
「奴は」
「こちらへ来ながら」
「王都側にも」
「干渉している」
「どうやって」
「第三流路?」
「違う」
「第零研究室の」
「旧権限だ」
マティアス。
元副主任。
権限。
まだ。
完全に消されていない。
『管理権競合』
魔術盤。
『第一権限』
『セオドア・グレイン』
『第二権限』
『マティアス・グレイ』
「グレイ?」
俺は。
違和感。
これまで。
マティアス・レイン。
そう聞いていた。
王家霊廟管理官。
マティアス・レイン。
「名前が」
「違う」
零号の顔が。
初めて。
本気で変わる。
「何」
「レインという名は」
「偽名だ」
「今さら?」
「違う」
エレナの保存体が。
ゆっくり口を開く。
「グレイ」
「その姓は」
「第零研究室の」
「初代主任と同じ」
「初代主任?」
「名前は」
エレナの声が。
震える。
「アルバート・グレイ」
三十二年前。
事故。
中央の泉。
第零研究室。
「マティアスは」
「その人の」
零号が。
答える。
「息子だ」
父より。
さらに前。
泉を研究した。
最初の主任。
その息子。
マティアス。
「だから」
「泉を支配したい?」
「それだけではない」
エレナが。
保存盤を見る。
「アルバート・グレイは」
「事故で」
「死んでいない」
また。
死んでいない。
「何になった」
俺が尋ねる。
エレナは。
静かに答える。
「中央の泉へ」
「最初に」
「取り込まれた人間」
泉主。
俺たちが。
ずっと。
そう呼んできた存在。
その始まり。
「まさか」
ノアが呟く。
エレナの視線が。
俺へ向く。
「泉主の中には」
「アルバート・グレイの人格がある」
つまり。
マティアスが。
中央の泉を開こうとしている理由。
支配だけではない。
父親。
死者。
取り戻したい人。
「マティアスは」
俺は言う。
「父親を」
「取り戻そうとしてる?」
「そうよ」
エレナ。
「そして」
「それが」
「中央の泉が」
「最も長く待っていた願い」
王弟へ。
妹。
国王へ。
弟。
人の喪失を。
泉は使う。
マティアスにも。
同じ。
「じゃあ」
マティアス自身も」
「泉に利用されてる?」
「本人は」
「利用しているつもりでいる」
前世の俺。
似ている。
自分が。
一番分かっている。
一番使いこなせる。
そう思う。
だが。
「止められるかも」
俺は言った。
「戦わなくても」
ゲイルが。
俺を見る。
「どうやって」
「父親が」
「戻ってこないって」
「分からせる」
「王弟と同じか」
「うん」
死者は。
戻らない。
泉は。
失った人を。
失えないままにする。
リディアの影。
同じ。
「でも」
エレナが。
首を横へ振る。
「アルバートは」
「影ではない」
「何?」
「中央の泉の中で」
「三十二年間」
「生きている」
死者ではない。
完全には。
死んでいない。
「意識が?」
「ある」
「人格も?」
「ある」
「なら」
「マティアスは」
「間違ってない?」
「父親を」
「助けられる?」
エレナの目が。
悲しそうに細くなる。
「身体は」
「もうない」
「意識だけ」
「泉と」
「完全に融合している」
「切り離せば?」
「中央の泉が」
「崩壊する」
「それなら」
「泉を消せる?」
「同時に」
「アルバートも消える」
マティアスへ。
選ばせる。
父親を。
永遠に泉の中へ残し。
中央の泉を存続させるか。
父親ごと。
泉を終わらせるか。
王弟とは。
違う。
本物の父が。
そこにいる。
「本人に」
俺は言う。
「聞けばいい」
「アルバートに?」
「うん」
「何を望んでるか」
父親本人が。
息子へ。
何を望む。
マティアスが。
聞いていない可能性。
「中央の泉を」
「開かないと」
「話せない」
零号が言う。
「第三鍵が必要?」
「完全ではなくていい」
「何?」
「声だけなら」
「一部接続で届く」
危険。
また。
俺が。
道になる。
「駄目」
母。
即答。
「まだ」
「やるとは言ってない」
「顔が」
「考えています」
「考えるだけ」
「皆で考える」
俺は。
零号を見る。
「別の方法」
「ある?」
「エレナの保存体」
何。
銀髪の女性が。
驚く。
「私?」
「エレナは」
「事故当時」
「アルバートと」
「最後まで接続していた」
「その記憶を使えば」
「中央泉を開かず」
「呼びかけられる可能性」
「可能性?」
「低い」
「どれくらい」
「二割」
「俺は?」
「七割」
数字。
前世の俺なら。
七割を選ぶ。
今。
「二割から」
「試す」
俺は答えた。
「エレナで」
「駄目なら」
「次を考える」
母が。
少し安心した顔。
「それでいい」
「遠回り」
ノアが言う。
「うん」
「少しくらい」
「大丈夫」
父の言葉。
その時。
『管理権競合』
魔術盤。
数字が動く。
『第二権限』
『優勢』
マティアス。
こちらへの権限を。
奪い始めた。
「まずい」
零号が。
保存盤へ手を伸ばす。
「記録移送」
「残り」
「一割」
「間に合う?」
「おそらく」
光。
揺れる。
魔術盤。
扉。
研究室全体。
低く。
振動する。
そして。
遠く。
礼拝堂の方向から。
足音。
まだ。
来るには早い。
だが。
聞こえる。
一歩。
一歩。
『第二権限』
『施設転移を実行』
「施設転移?」
俺が尋ねる。
零号の顔が。
青ざめる。
「研究室そのものを」
「移す術式だ」
「どこへ」
答えは。
魔術盤に。
表示された。
『転移先』
『中央泉外郭』
マティアスは。
自分が。
ここへ来るのをやめた。
代わりに。
俺たちがいる。
第零研究室そのものを。
中央の泉のすぐそばへ。
移そうとしていた。




