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Ep217. 古い礼拝堂への道

白い服。


 銀色の髪。


 窓の外に立っていた女は。


 夜風に溶けるように消えた。


「見た?」


 俺が尋ねる。


 バーバラは。


 窓辺へ近づき。


 外を確かめる。


「誰もいません」


「でも」


「いた」


「うん」


 ノアも。


 頷く。


「僕も見た」


 幻ではない。


 二人が見た。


 水面の時と同じ女。


「エレナ」


 俺は呟く。


 父の資料にあった。


 第零研究室。


 補佐研究員。


 エレナ・クロイス。


「本当に」


「生きてるのかな」


 ノアの声。


「三十年以上前から?」


「年齢が合わない」


 窓にいた女は。


 若かった。


 二十代。


 多く見ても。


 三十前後。


 当時。


 すでに研究員だったエレナと。


 同一人物なら。


 もっと年齢を重ねているはず。


「泉の影響?」


 ノアが尋ねる。


「分からない」


 ダグラスを呼ぶ。


 父の手帳。


 落ちた紙。


 礼拝堂。


 女の姿。


 全部。


 話す。


「エレナ本人とは限らん」


 老人が言った。


「何で?」


「泉は」


「記憶から人を作る」


 王弟の妹。


 リディア。


 本人ではない影。


「でも」


「泉の気配じゃなかった」


「なら」


「第零研究室の術式かもしれん」


 記憶を。


 映像として残す。


 遠隔で。


 人の姿を送る。


 父の保存器にも。


 似た技術はある。


「録画?」


「何だそれは」


「記録された姿」


「それなら」


「あり得る」


 女は。


 今を見ているのではなく。


 過去に残された。


 案内用の幻影。


 そう考えれば。


 若い姿でもおかしくない。


「来てって」


「言ってた」


「なら」


 ダグラスが。


 父の地図を見る。


「礼拝堂へ誘導している」


「罠?」


「可能性はある」


「でも」


「父さんの紙にも」


「同じ場所」


 偶然ではない。


 父も。


 第零研究室への入口を。


 その礼拝堂に記している。


「なら」


「行く?」


 ノア。


「明日」


「皆で」


 即答。


 もう。


 一人で。


 確かめに行くつもりはない。


 バーバラが。


 俺を見る。


「王都への出発前に?」


「礼拝堂は」


「村から近い?」


 父の地図。


 王都周辺ではない。


 村から。


 北西。


 半日ほど。


「遠回りになる」


 ゲイルが言う。


「だが」


「王都へ行く前に」


「確認する価値はある」


 第零研究室の入口。


 もし本物なら。


 王城へ入らず。


 地下へ続く道を使える。


 セオドアが。


 東門を避けろと言った理由。


 さらに。


 父が。


 王城には入口がないと残した理由。


 全部。


 つながる。


「北門より」


「さらに安全?」


「可能性はある」


 ゲイルが。


 地図を眺める。


「礼拝堂から」


「地下道を使えるなら」


「王都の城門を通る必要がない」


「待ち伏せも」


「避けられる」


 ただし。


 そこに。


 誰が待っているか。


 分からない。


   ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 礼拝堂へ向かう。


 同行するのは。


 俺。


 バーバラ。


 ゲイル。


 ダグラス。


 オリヴィア。


 ノア。


 アーヴィン。


 警護官一人。


 セラとリアは。


 村に残る。


 セラは。


 まだ移動できない。


 リアも。


 姉のそばにいたいと言った。


 紫の石は。


 二人の共同所有。


 村へ残す。


「何かあったら」


 リアが。


 俺へ小さな白石を渡す。


「これ」


「何?」


「紫の石の」


「欠片」


「割ったの?」


「違う」


「昨日」


「石が」


「自分で出した」


 小指の爪ほど。


 淡い紫。


「これで」


「話せる?」


「分からない」


 リアが。


 少し困った顔。


「でも」


「遠くても」


「ルークが危ないって」


「分かるかもしれない」


「それ」


「逆じゃない?」


「私たちが危ない時も」


「分かると思う」


 第三流路。


 姉妹のもの。


 その一部。


 俺へ。


 貸す。


「継承じゃない?」


「違う」


 紫の光。


 俺へ。


 つながらない。


 ただ。


 石として。


 手の中にある。


「借りる」


「返してね」


「うん」


 セラも。


 寝台から。


 俺たちを見送る。


「エドワードさんのこと」


「全部」


「分かったら」


「教えて」


「うん」


「良いことだけじゃなく」


「悪いことも」


「隠さない」


 父のしたこと。


 正しい部分も。


 間違った部分も。


 全部。


 見る。


「行ってくる」


 村を出る。


 朝の道。


 森。


 空気。


 何度も。


 歩いた場所。


 だが。


 今回は。


 違う。


 父の残した。


 最後の入口へ。


   ◇ ◇ ◇


 礼拝堂は。


 森の奥。


 崩れかけた石壁の向こうにあった。


 昔。


 村人が。


 旅人の安全を祈った場所。


 今は。


 屋根の半分が崩れ。


 扉もない。


「ここ?」


 オリヴィアが。


 中を覗く。


「普通の廃墟」


「普通なら」


 俺は言う。


「父さんが」


「地図に残さない」


 床。


 祭壇。


 壁。


 何もない。


「地下入口は?」


 アーヴィンが。


 周囲を調べる。


 隠し扉。


 階段。


 穴。


 見当たらない。


「エレナ」


 俺は。


 礼拝堂の中央へ立つ。


「いるなら」


「出てきて」


 返事なし。


「そんな呼び方で」


「出るの?」


 オリヴィア。


「他に」


「分からない」


「こんにちはとか」


「幽霊相手に?」


「幽霊って決まってない」


 ノアが。


 少し笑う。


 その時。


 俺が持っていた。


 紫の欠片。


 淡く光った。


「反応」


 光は。


 礼拝堂の奥。


 祭壇へ向く。


 紫。


 第三流路。


「父さんの地図と」


「関係ある?」


 祭壇。


 石。


 古い。


 中央には。


 三本の枝。


 第零研究室の紋章。


「これ」


 アーヴィンが。


 埃を払う。


「王立医術院の」


「古い印です」


 三本枝。


 第一。


 第二。


 第三。


「押す?」


 ノアが聞く。


「待て」


 ゲイルが止める。


「罠かもしれない」


「周囲」


 アーヴィンと。


 警護官が。


 魔力罠を確認。


 白石。


 反応なし。


 毒。


 針。


 機械。


 見つからない。


「開ける」


 俺は言った。


「触るのは」


「俺?」


「血縁に反応するなら」


「その可能性が高い」


 父の未解読文書。


 血縁。


 ここも。


 同じかもしれない。


「俺が」


 祭壇へ手を置く。


 冷たい。


 だが。


 泉の冷たさではない。


『血縁認証』


 文字。


 石の表面へ。


 金色。


『エドワード・E・オリバー』


『血縁』


『確認』


 認識。


「やっぱり」


 父の仕掛け。


 続けて。


『同行者』


『七』


 数まで。


 正確。


「一人じゃないって」


 オリヴィアが言う。


「判断してる」


 そして。


 新しい文字。


『単独入室』


『拒否』


 全員。


 黙る。


「父さん」


 俺は。


 思わず笑う。


 最後まで。


 一人で行くな。


 仕掛けにまで。


 残している。


『最低同行人数』


『三』


「三人以上」


「今は十分だ」


 ゲイルが言う。


 祭壇。


 低い音。


 床が。


 ゆっくり動く。


 石。


 左右へ。


 開く。


 地下へ続く。


 階段。


「本当に」


「入口」


 ノアの声。


 暗い。


 下。


 どこまで。


 続いているか見えない。


「灯り」


 アーヴィンが。


 魔石灯を点ける。


「先頭は俺」


 ゲイル。


「次」


 警護官。


「ルークは中央」


「異論」


「ない」


 今は。


 素直に。


 守られる位置。


   ◇ ◇ ◇


 階段。


 長い。


 地下。


 空気が。


 徐々に冷える。


 泉の冷気ではない。


 普通の。


 地中。


「王都まで」


「本当に続いてる?」


 ノアが尋ねる。


「地図だと」


 ダグラスが。


 父の紙を見る。


「直線ではない」


「途中で」


「古い地下道へ合流する」


「何日?」


「歩けば」


「二日ほど」


「馬車より早い?」


「道次第だ」


 地下。


 危険。


 崩落。


 食料。


 だが。


 待ち伏せは。


 避けやすい。


「ここを」


「使って王都へ?」


「一度」


「村へ戻る」


 俺は答えた。


「装備」


「セラとリアにも」


「話す」


「その後」


「出発」


「いい判断」


 バーバラが言う。


「今」


「そのまま行くって」


「言うと思った?」


「少し」


「昔なら」


「行ってた」


「今は?」


「戻る」


「偉い」


「子ども扱い」


「子どもです」


 また。


 それ。


 階段の終わり。


 鉄の扉。


 古い。


 中央。


 三本枝の紋章。


 俺が近づく。


 扉は。


 勝手に開いた。


 中。


 広い部屋。


 白い壁。


 机。


 棚。


 保存器。


 石。


 紙。


 そして。


 中央に。


 人。


 白衣。


 銀色の髪。


 女性。


 窓で見た。


 水面で見た。


 同じ姿。


 今度は。


 消えない。


 俺たちを見て。


 微笑んでいる。


「ようこそ」


 声。


 本物。


「エドワードの息子」


 ゲイルが。


 すぐに前へ出る。


 アーヴィンも。


 剣へ手をかける。


「動くな」


 女性は。


 両手を見える位置へ上げた。


「敵意はない」


「名前は?」


 俺が尋ねる。


「エレナ・クロイス」


 予想。


 当たった。


「本物?」


「難しい質問ね」


 女は。


 少し笑う。


「私は」


「エレナ・クロイスの記憶と」


「魔力を持つ」


「保存体」


 人間ではない。


「記憶体?」


「それに近い」


「本物のエレナは?」


 女性の表情が。


 少し曇る。


「三十二年前に」


「死んだ」


 やはり。


 若い姿。


 理由。


「事故で?」


「中央の泉で」


 エレナの保存体。


 父より前。


 第零研究室。


 最初の事故。


「手紙を」


「送ったのは」


「私」


「井戸に」


「映ったのも?」


「私」


「窓も?」


「私」


 全部。


「どうやって」


「第三流路に」


「少しだけアクセスできる」


 父の技術。


 エレナの記憶。


 研究室。


「一人で来いって」


 俺は言った。


「あれ」


「何?」


 女性が。


 少し申し訳なさそうに。


 首を傾ける。


「私じゃない」


 部屋の空気が。


 一気に変わった。


「手紙は」


「あなたの研究室の印」


「印は」


「誰でも使える」


「じゃあ」


 誰。


「マティアス?」


「違う」


 エレナの保存体は。


 ゆっくり。


 部屋の奥を見る。


「第零研究室には」


「もう一人いる」


「誰」


「あなたに」


「一人で来てほしい人」


 奥。


 暗い扉。


 その向こう。


 何かが動く。


 足音。


 一歩。


 二歩。


 姿を現したのは。


 老人。


 白衣。


 顔。


 俺は。


 知らない。


 だが。


 バーバラが。


 息を止めた。


「そんな……」


 老人が。


 俺を見る。


 そして。


 静かに微笑んだ。


「大きくなったな」


 その声。


 母の顔。


 ダグラスの驚き。


 誰なのか。


 分かる前に。


 老人は。


 俺の名前を呼んだ。


「ルーク」


「私だ」


「エドワードだ」


 父。


 死んだはずの。


 父と同じ名を名乗る男が。


 第零研究室の奥から。


 現れた。


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