Ep201. 夜明けまでに切れ
『第三接続先』
『接続率』
『二』
保存器の声が消えても、右腕の銀色の線は脈を打ち続けていた。心臓とは違う速さで、遠い王都の地下にある第二の根へ合わせるように。
「夜明けまでに」バーバラが呟く。「この接続を切らないといけないのね」
「接続率は二」俺は言う。「まだ低い」
「最初は一だった」ダグラスが、右腕へ白石を巻き直す。「王弟と話しただけで」
「線は肘まで伸びた」
数字が低くても、安全ではない。第一の根へ接続した経験がある俺には、すでに泉の道ができている。
「切断方法を」「セオドア様に聞きましょう」
バーバラの言葉を受け、アーヴィンが遠隔筆記器へ書く。
『第三接続先の切断方法を求む』
返事を待つ間、俺は右腕の感覚を確かめた。
「冷たい?」
「今は熱い」
以前の接続は水のように冷たかった。だが今の線には、太陽の黒石と同じ熱がある。白石を少しずらすと、銀色の線の中央を細い金色が走っていた。
「リディアの影?」バーバラが呟く。「第二鍵が」
「俺を泉口にするためじゃなく」「守るためにつないだのかも」
「決めつけるな」ダグラスが、すぐに白石を戻した。「保護のための道でも」「泉主が侵入できるなら」「危険であることに変わりはない」
その時、遠隔筆記器にセオドアからの返答が浮かんだ。
『第三接続は』
『第二鍵による保護接続の可能性あり』
『ただし』
『泉主の侵入路と重複』
『完全切断以外に安全策なし』
やはり、残すことはできない。続いて、切断方法が記される。
『第一鍵による逆封鎖』
保存器の中にある第一鍵。再び使わなければならない。
『必要条件』
『第一接続痕』
『第二接続痕』
『太陽の黒石』
『切断対象本人の拒絶』
第一の根との痕跡は俺の胸に残っている。第二の根との痕跡は右腕。黒石もある。条件は、すべて揃っていた。
「できる」俺が言うと、紙にさらに文字が現れた。
『逆封鎖実行時』
『第一接続痕が再活性化する』
『二つの根が』
『同時に接続を試みる』
第一の根と第二の根、二つが同時に俺へ入ろうとする。失敗すれば、俺の身体を橋にして二つの根がつながる。
「危険すぎる」バーバラが言う。「他の方法は?」
『現時点では確認できず』
セオドアにも、これ以外の方法はない。
「夜明けまでに」「やるしかない」
「今すぐではない」ダグラスが言う。「準備をする」
「何が必要?」
「泉主の声に」「感情を動かされにくくする薬だ」
完全に眠れば、俺自身が拒絶できない。意識を保ちながら、恐怖や執着だけを抑える弱い鎮静薬が必要だった。
「灰眠草が足りない」
「森の北側ね」バーバラが立ち上がる。「私が採ってくる」
「一人は駄目」俺は止めた。泉は孤独を道にする。今、誰かを一人で動かすわけにはいかない。
「部下を同行させます」アーヴィンが申し出る。母は警護官の一人と共に、すぐ森へ向かった。
◇ ◇ ◇
母が不在の間、ダグラスは逆封鎖を行うために部屋を整えた。保存器、太陽の黒石、白石。必要な物だけを残す。
「失敗した場合を」俺は言った。「先に決めておきたい」
「何をだ」
「俺が」「完全に泉主へ取られたら」
ダグラスの手が止まる。
「俺を止めて」「殺せるか?」
「くだらん」
「必要なこと」
「違う」老人の声が低くなる。「お前は」「生き残る方法より」「死んだ後の始末を考える方が得意なだけだ」
「それは責任じゃない」
「逃げだ」
「逃げてない」
「なら」「生き残ることだけ考えろ」
ダグラスは俺の額を指で押した。
「お前は泉主へ身体を渡さない」「二つの根をつなげない」「夜明けを越えて」「自分で飯を食う」「それだけだ」
「……分かった」
「絶対と言え」
「絶対に」「生き残る」
「それでいい」
俺たちは父の記録から、逆封鎖の詳細を探した。すると、右腕の線が突然冷たくなる。
『夜明けまで待つ必要はない』
泉主の声。
『第一鍵を開け』『逆封鎖を教えてやる』
返事はしない。
『セオドアの方法では』『お前は死ぬ』
「何と言っている」ダグラスが尋ねる。
「セオドアの方法だと」「死ぬって」「嘘だ」
だが、泉主は続けた。
『逆封鎖は』『エドワードが一度失敗した術式だ』『その失敗で』『第一の根は』『お前を見つけた』
父の失敗。俺が生まれる前から、泉に選ばれた理由。
『父は』『自分の罪を隠した』『お前を守ったのではない』
知りたい。そう思った瞬間、銀色の線が強く脈打つ。
『第三接続先』
『接続率』
『三』
何もしていない。ただ泉主の言葉へ興味を持っただけで、接続率が上がった。
「別のことを考えろ」ダグラスが言う。
「何を?」
「夜明けに食う物だ」
「今?」
「生き残った後を考えろ」
「パン」
「他は」
「卵」
「他は」
「母さんの煮込み」
「誰と食う」
「母さん」「ダグラス」「オリヴィア」「ゲイル」「アーヴィンたちも」
話しているうち、銀色の線の脈が弱くなる。
『第三接続先』
『接続率』
『三』
上昇が止まった。
「未来の話をすると」「泉が弱くなる」
父の言葉。
『次に鍵を使う者が』『一人でないことを願う』
あれは単なる願いではない。逆封鎖を成功させるための条件だった。
「この頁を見ろ」ダグラスが貼りついていた紙を剥がす。
『逆封鎖試験』
『失敗』
『原因』
『術者が単独で』
『二根の拒絶を維持できなかった』
『外部からの感情固定が必要』
「感情固定」
「俺が」「泉主に考えを変えられないよう」「外から」「生きる理由を思い出させる」
父は一人で逆封鎖を試し、失敗した。その時、第一の根は父の血縁をたどり、まだ生まれていなかった俺を未来の接続先として見つけた。
「父さんの失敗で」「俺が選ばれた」
泉主の言葉は一部だけ真実だった。だが父は、それを隠していなかった。
『私の失敗により』『息子が標的となる可能性』『ならば』『私が生きている間に』『全ての根を封じる』『間に合わない場合』『息子へ真実を残す』『私の罪を』『守るための嘘に変えてはならない』
「父さんは」「隠してなかった」
「そうだ」「俺が」「まだ読んでなかっただけ」
泉主の気配が薄れる。
『第三接続先』
『接続率』
『二』
下がった。孤独に、父の罪だけを考えれば泉へ近づく。皆と、これからを考えれば遠ざかる。
遠隔筆記器に、セオドアの返答が届いた。
『確認』『逆封鎖は単独実行不可』『最低三名による感情固定が必要』
人数は足りる。ダグラス、アーヴィン、警護官たち。母も戻る。
「やれる」俺は言う。「今度は」「一人じゃない」
その時、外から馬の音が聞こえた。オリヴィアが、予定より早く戻ってきた。
「ゲイルに手紙は渡した」「途中で会えたから」「私は先に戻ってきた」
彼女は俺の腕を見て、表情を険しくする。
「また危ないことした?」
「一人ではしてない」
「本当に?」
「本当」
ダグラスも頷く。
「今回はな」
「今回はって何?」
「今は説明してる時間がない」
俺は逆封鎖と感情固定について伝えた。
「俺に」「生きた後の話をして」「泉主が」「過去へ引っ張ろうとしたら」「未来を思い出させて」
オリヴィアは迷わず頷いた。
「分かった」「王都から帰ったら」「村の祭りに行く」「人が多い」「端の方で見る」「甘い焼き菓子も食べる」
「甘すぎる」
「嫌いじゃないでしょ」
「普通」
「それから」「冬までには」「自分で外を歩く」
「転ぶ」
「私が支える」
「一人で歩く」
「支えるだけ」
まだ来ていない未来。祭り、冬、歩く自分、皆と食べる朝食。それを考えるだけで、右腕の脈がさらに弱くなる。
「効いてる」
「なら」オリヴィアが笑う。「夜明けまで」「いくらでも話す」
準備が整い始めていた。灰眠草を持って母が戻れば、逆封鎖を始められる。だが、保存器から新たな警告が響いた。
『警告』
『第一接続痕』
『自発活性化』
胸の奥が凍る。服の下、封じたはずの痕から銀色の線が浮かび上がった。右腕の第二接続痕へ向かい、ゆっくり伸びてくる。
『第一接続先』
『対象を再認識』
『ルーク・E・オリバー』
第一の根も、俺を取り戻そうとしている。胸から伸びる線、右腕から伸びる線。二つが身体の中央へ向かう。
『接続痕統合まで』
『推定』
『三刻』
夜明けまでではない。夕方を待つ時間さえない。三刻以内に、二つの根は俺の身体でつながる。
「母さんを待てない」俺は言った。「逆封鎖を」「今すぐ始める」




