Ep200. 王都へ来るな
『自発接続成立まで』
保存器の声が「推定」「一刻未満」と告げ、部屋に重く響いて消えた。低く、機械的な声だったが、その一言一言が石のように部屋の空気を沈めていく。王都へ向かう時間はない。第二鍵もない。国王はすでに接続率四十九に達し、泉主の言葉をあと少しでも受け入れれば、自ら根へつながってしまう。
俺は封書を見ながら言った。「セオドアは、どうして全部分かってる?」第二の根が目覚めたこと、王弟が拒絶したこと、次の接続先が国王であること――それらは俺たちが保存器を通じて知った情報とほとんど同じだった。
「医術院にも」とダグラスが言う。「監視用の道具があるのだろう」
「第二鍵がなくても?」
「鍵と観測器は別だ」
父の保存器は第一鍵。王都にも、第二の根を観測するための別の器具が残っている。だからセオドアは、こちらへ伝令を送ってきたのだ。
「でも」とバーバラが封書の最後を指でなぞる。「王家霊廟から、第二鍵が失われているって」誰かがリディアの遺体から第二鍵を取り出した。いつ、誰が、何のために。
「伝令の人に聞く」俺は立ち上がろうとしたが、右腕に鋭い痛みが走り、身体が傾く。バーバラがすぐに支えた。
「動かないで」
「でも」
「話は私が聞く」母が俺を寝台へ戻す。
王都から来た三人の騎手。馬の息はまだ荒く、旅装には長距離を駆け抜けてきた土埃がこびりついている。先頭の男は扉の近くで待っている。年齢は三十代ほど、濃い茶色の髪、胸元には王立医術院の印。王家直属の騎士ではなく、医術院に所属する護衛か伝令らしい。
「あなたは」バーバラが尋ねる。「セオドア・グレイン様の部下ですか」
「王立医術院警護官、アーヴィン・ロウです」男が答える。「院長の命令で、この村へ来ました」
「いつ王都を出たんですか」
「昨日の夜です」
「昨日?」王弟が泉主の夢へ入るより前、少なくとも俺たちが接続率二十一を見た時より早い可能性がある。
「その時点で、国王が接続先になると分かっていたんですか」
「いいえ」アーヴィンが封書を見る。「最初の文面は途中で書き換えられました」
「途中?」
「院長は遠隔筆記器を使っています」
遠隔筆記器――二つの紙へ同じ文字を映す道具。王都の医術院と、伝令が持つ封書。距離が離れていても、短い文章なら後から書き加えられる。並の道具ではない。作るにも維持するにも、相応の魔力と技術が必要なはずだった。
「今も?」
「一定量までなら書き足せます」
「見せて」
アーヴィンが封書を机へ置く。紙の隅、三本の線と小さな円、その下に淡い黒い染みがあり、そこへゆっくり文字が浮かんだ。
『接続率五十一』
国王。五十を越えた。
「上がってる」
『王弟殿下による干渉継続』
『効果なし』
王弟はまだ国王の夢の中にいる。弟を死なせないため、泉を受け入れようとする兄へ止まれと言い続けている。だがその言葉自体が、国王の決意を強めていた。止めようとすればするほど、兄には弟の苦しみだけが鮮明に伝わる。弟が苦しんでいる、救わなければ、自分が犠牲になれば助けられる――そう思わせてしまっているのだ。善意が、そのまま罠になっている。
「王弟を」俺は言う。「夢から出さないと」弟が見えている限り国王は泉を受け入れる。王弟の説得が逆効果になっている。
「どうやって出す」ダグラスが尋ねる。
「王弟本人が自分で接続を切る」
「それができないから夢の中にいるんだろう」
違う。王弟は国王を救うため、自分から兄の夢へ入った。今も出ようとせず、説得を続けているだけだ。
「王弟へ、やめろって伝える」俺の右腕は封鎖された魔力路のはずだった。
「駄目」母が言う。「さっき、一度だけって約束したでしょう」
「状況が変わった」
「あなたの身体は変わっていない」
「でも国王が――」
「ルーク」母の声が遮る。「あなたがまたつながったら、泉主は国王ではなくあなたへ移るかもしれない」
王弟が拒絶した時、泉主は俺を代わりに選ぼうとした。今も、接続しやすい俺が再び道を開けば、国王を捨ててこちらへ来る可能性がある。そうなれば国王は助かり、俺が泉口になる――合理的だ。誰も傷つかず、誰かが決着をつける。そう思った瞬間、母の手が俺の頬を挟んだ。強く、有無を言わせぬ力で。
「今、また自分を代わりにすればいいと考えたでしょう」
「……少し」
「駄目」
「でも」
「駄目」
迷わない。「他の方法を探す」
「もう時間がない」
「それでも」
紙へ新しい文字が浮かぶ。
『接続率五十四』
上昇は、一刻より早い。
「セオドアへ」俺は言う。「質問を送れる?」アーヴィンが頷き、遠隔筆記器へ専用の棒を当てる。
『第二鍵を持ち出した者は判明しているか』
文字が紙へ沈む。返答を待つ間、俺は父の記録を開いた。第二鍵、王家霊廟、リディア――誰が持ち出せるのか。霊廟へ入るには国王の許可がいる。王族、管理官、医術院、あるいは王弟。
「王弟が持ち出した?」俺は呟く。リディアを生き返らせる方法を探していたなら、遺体に父が残した何かがあると知り、取り出した可能性はある。だが王弟は、第二鍵が遺体にあることを知らなかった。俺が伝えた時、本当に驚いていたのだ。
「セオドア自身は?」ダグラスが言う。「秘密を知っている。霊廟へ入る理由も作れる。持ち出したなら、失われたとは書かない。盗まれたと知らせるためかもしれない」
紙に返事が浮かぶ。
『判明』
『王家霊廟管理官』
『マティアス・レイン』
知らない名前だ。
「誰?」
アーヴィンの表情が険しくなる。「王宮の典礼局に属する官吏です。霊廟の鍵と埋葬記録を管理している」
「今どこ?」
返事は続けて浮かんだ。
『三日前から行方不明』
三日前――第一の根を封じた頃。第二の根が目覚め始める前だ。偶然にしては、あまりに都合が良すぎる。
「偶然じゃない」俺は言う。「第二の根が目覚めることを知ってた」
マティアスは第二鍵を盗み、消えた。泉主の協力者か、あるいはすでに接続されているのか。どちらにせよ、単なる盗人ではない。
「第二鍵を根へ戻すつもり?」
「鍵は封鎖にも使える」ダグラスが答える。「逆に開放にも使える」
封鎖室、第一鍵、保存器――鍵は根を止めるだけの物ではなく、制御権そのものを持つ。第二鍵を使えば、国王を泉口にするより早く、第二の根を直接開ける可能性がある。
「接続率に気を取らせてる?」俺は紙を見る。国王、王弟、夢――それらは俺たちやセオドアの注意を王宮へ向けるためで、本当の目的は第二鍵を使い封鎖室を開くことなのかもしれない。
「マティアスの目的を聞いて」
『マティアス・レインの目的は』
『不明』
『ただし』
『第二封鎖室付近で反応あり』
すでに王都の地下、第二封鎖室へ近づいている。
「国王が泉を受け入れる前に、鍵で根そのものを開くつもりか」ダグラスが言う。「どっちが先でも泉主には都合がいい」
国王が自発接続すれば、王の権限、魔力、身体すべてを使える。マティアスが第二鍵で封鎖を開けば、根が直接王都へ広がる。二つが同時に進んでいる。
「セオドアは、どこにいる?」
『第二封鎖室へ向かっている』
「一人?」
『警護官四名同行』
「止められる?」
文字がしばらく現れない。代わりに、
『接続率五十七』
時間が減っていく。さらに、
『第二鍵反応』
『封鎖室前に到達』
「マティアスが着いた」セオドアも向かっている。どちらが先か。
「俺たちは何ができるの」バーバラが言う。ここから王都の地下へは行けない。第二鍵へ触れられない。国王の夢へ安全には入れない。だが一つ、王都からこちらへつながっているものがある。遠隔筆記器だ。
「この紙」俺は封書へ指を向ける。「魔力を送れる?」
アーヴィンが首を横へ振る。「文字だけです。術式は対になった紙の表面へ筆圧と色素を映すだけで、魔力は通さない」
なら安全だが、情報以外は送れない。
「セオドアへ、国王の夢から王弟を出せって伝えて」止める方法ではないが、接続率の上昇を遅らせられる可能性はある。
『王弟殿下を国王陛下の夢から退避させよ』
送る。返答はすぐに来た。
『退避不能』
『王弟殿下自身が拒否』
「やっぱり」王弟は兄を残して出ない。父の言葉を俺は思い出す。「誤りの後に何を選ぶかが、その人を決める」王弟は今度こそ家族を救おうとしている。その選択をやめさせるのは難しい。
「国王へ、王弟の命は泉を受け入れても助からないって、誰かが証明できれば」泉主の約束が嘘だと示し、王弟の命を救う方法が泉ではなく現実に存在すると分かれば、国王は手を取らない。
「王弟の身体を、現実側で治療する」ダグラスが言う。「接続率が下がっているなら根の影響も弱まる」
「医術院の人が王弟を診られる?」
『王弟殿下の現状確認』
『意識不明』
『呼吸安定』
『青色変質なし』
死ぬ状態ではない。泉主が夢の中で国王へ見せている王弟の死は、完全な偽物だ。
「それを国王へ見せる、どうやって」
「王弟が自分の身体を見せればいい」夢の中、自分が死ぬ未来ではなく、現実の自分――呼吸、脈、生きている身体を。だが王弟も夢へ入っているため、現実の状態は見えない。
「外から王弟へ身体の感覚を戻す」医療、刺激、呼びかけ、痛み、冷たさ。現実の身体へ強い刺激を与えれば、夢の中でも感じる可能性がある。
「セオドアへ伝えて。王弟へ現実側から刺激を与える。呼吸と脈が正常だって本人に分からせる」
アーヴィンが書く。返事は、『実行』。
すぐに王都で、誰かが王弟の身体へ触れる。冷たい水か、鋭い痛みか。手段は分からないが、確かに何かが行われている。夢の中の王弟へ現実の感覚を戻す。
『主接続先』
『感覚復帰』
保存器の声が続く。
『夢層干渉低下』
王弟が自分の身体を感じた。生きている、死んでいない。泉主が国王へ見せている未来は嘘だ。
『副接続先』
『受容反応』
『低下』
『接続率五十七』
『五十五』
下がった。「効いた」母が息を吐く。
『五十三』
国王が弟の死を疑い始める。
『主接続先』
『共有感覚を展開』
王弟が自分の呼吸、心臓、身体の温度を国王へ送る。兄上、私は生きている、泉を受け入れる必要はない――そんな声が聞こえる気がした。
『副接続先』
『自発接続成立準備』
『停止』
止まった。まだ解除ではないが、泉主の手を取る直前で国王が立ち止まった。
その直後、紙へ新しい文字が浮かぶ。
『第二封鎖室』
『開錠開始』
マティアス。国王への接続が失敗しかけたから、待たずに第二鍵で根を直接開くことにしたのだ。
「セオドアは?」アーヴィンが書く前に返答が来る。
『封鎖室へ到達』
『マティアスと接触』
間に合った。だが、
『警護官二名負傷』
『マティアス』
『泉の身体強化を確認』
接続されている。第二鍵を持つだけでなく、泉主から力を与えられているのだ。
「セオドアは戦える?」アーヴィンが苦い顔をする。「院長は医術師です。戦闘術はほとんど使えません」父と同じ、医術師――根を知り、鍵を扱えるが、武人ではない。
「鍵を奪われたままなら、封鎖を止められん」ダグラスが言う。遠隔筆記器は文字しか送れない。俺たちは見ているだけだ。また自分が行けばと考えそうになるが、王都へは行けない、間に合わない。
「セオドアへ、第二鍵はリディアの身体に取り込まれた」そのままではただの道具ではない。少女の魔力、記憶、泉の痕跡、全てと結びついている。マティアスが鍵を使うなら、リディアの残ったものも利用することになる。
「鍵の中に、リディアの記憶は残ってる?」ダグラスが俺の意図を察する。「可能性はある」「なら、マティアスに従わないかもしれない」リディアの影は泉主の命令へ逆らい、兄を守ろうとした。鍵の中に同じ記憶があるなら、開錠を拒めるはずだ。
「でも、どうやって起こす?」父の記録――第二鍵を少女の身体へ当てた時、何をしたか。頁を探す。リディアの治療、青色変質、接続切断。
『第二鍵は接続先の最深記憶へ反応する』
『術者の命令ではなく』
『接続先本人の選択を優先する』
本人の選択。だからリディアが泉を拒めば、鍵も開かない。死んでいる以上、本人の意思はないはずだが、記憶から作られた影が、まだ根の中にいる。
「セオドアへ、第二鍵にリディアの言葉を聞かせて」アーヴィンが書く。「どの言葉だ」バーバラが尋ねる。
影が俺へ言った言葉、『私を、もう一度、死なせて』――それでは意味が違って伝わる可能性がある。もっと本人の最深記憶。窓辺の約束。『私がいなくなっても、兄さまは兄さまの人生を生きると』その言葉だ。
「窓辺の約束。リディアは兄に自分の人生を生きてほしいと望んだ。だから兄を泉へ渡す開錠には従うな」短く送る。
『第二鍵へ伝えよ』
『リディア殿下の最深記憶は』
『兄に自らの人生を生きるよう願った』
『泉へ渡す開錠を拒絶せよ』
文字が消える。返事はない。保存器が告げる。
『第二封鎖室』
『開錠率』
『十二』
進んでいる。
『十八』
『二十四』
早い。「間に合わない」母が呟く。
『三十一』
第二鍵が封鎖を解き始めた。王都の地下、銀色の根が動く気配がする。俺の指先の線まで震えた。
「ルーク」「触ってない」白石の下、勝手に第二鍵へ反応している。
『開錠率』
『三十八』
『四十四』
半分近い。セオドアの返事は来ない。戦っているのだろう、伝えられないのだ。
「アーヴィン」俺は伝令の男を見る。「あなたたちは、遠隔筆記器以外に王都とつながる物を持ってない?」
「ありません」
「本当に?」
「緊急時の帰還石は、王都側の設備が必要です。今ここでは使えない」
「他には」
男が腰の袋へ手をやる。「院長から、エドワードの息子へ直接渡すよう言われた物があります」
「何?」
小さな包み、布を開くと中に黒い石、中央だけ金色。父の記録にあった太陽の黒石――第二封鎖室を閉じるために必要な物だ。
「どうしてこれを持ってきた?」
「院長は、第二鍵が奪われる前に王家の宝物庫から移していました」
セオドアは鍵を失ったから、封鎖に必要なもう一つを王都の外へ逃がしたのだ。泉主が両方を揃えられないように。
「これで遠くから閉じられる?」ダグラスが石を調べる。目の前にかざし、光にかざし、慎重に。「通常は無理だ。封鎖室で第二鍵と一緒に使う物だ」だが太陽の黒石は第二の根と反対の性質を持つ。俺の中の銀色の線が強く反応している。近づけると冷たさが弱まった。まるで、対になる片割れを見つけたように。
「接続を逆にたどれる?」第一鍵、保存器、第二鍵、太陽の黒石――すべて同じ封鎖機構の一部だ。黒石を俺の線へ当てれば、第二鍵へ影響を送れるかもしれない。
「駄目だ」ダグラスが言う。「お前を道に使う気か」
「他に方法がない」
「さっきから何度それを言う」
「今度は本当にない」
『開錠率』
『五十二』
半分を越えた。
『封鎖機構』
『第一段階解除』
床が微かに震える。ここは王都から遠いが、それでも第二の根は地下水脈を通じ各地へ伸びている。封鎖が解け始めた影響だ。
「一人で決めない」俺は言う。「だから聞く」母、ダグラス、アーヴィン、三人を見る。「黒石を俺の接続線へ当てる。第二鍵に拒絶の力を送る。危険は分からない。それでもやるべき?」
母はすぐには答えない。俺の右腕、線、黒石、保存器を順番に見る。
「あなたが泉へつながる可能性は?」
「ある」
「どれくらい?」
「分からない」
「死ぬ可能性は?」
「ある」
嘘はつかない。ここで誤魔化せば、次からもう本当のことを話してくれなくなる。母の顔が歪む。
「それでも聞くのね。一人で決めないって約束したから」
バーバラは目を閉じ、長く息を吐いた。しばらく何も言わなかった。「私はやってほしくない」
「うん」
「でも」母の手が俺の左手を握る。「何もしなかったことで、あなたが自分を責め続けることも望んでいない」
ダグラスが黒石を持ち上げる。「条件を付ける。線が肘を越えた瞬間に止める。意識が乱れたら止める。泉主の声へ返事をするな。王弟にも、リディアにも、誰にも答えるな。送るのは拒絶だけ」
「分かった」
「俺が石を当てる。お前は触るな」
「うん」
母が俺の身体を支える。アーヴィンが白石を用意する。一人ではない、皆が止める役目を持っている。
「始めるぞ」ダグラスが太陽の黒石を俺の右手、銀色の線へそっと当てた。
◇ ◇ ◇
熱――冷たさではない。強い光が指先から腕へ走る。銀色の線が黒へ変わり、その中央に金色が浮かぶ。王都、第二封鎖室、第二鍵――遠い場所が一瞬で近くなる。距離という感覚そのものが薄れ、まるで隣の部屋を覗き込むように、地下深くの光景が視界へ流れ込んでくる。
見える。青い光に包まれた扉。冷たい石壁に反射する光が、地下室全体を淡く照らしている。その前で第二鍵を掲げる男、痩せた顔、灰色の髪――マティアス・レイン。背後には倒れた警護官。セオドア、白髪の老人が片膝をつきながら男を止めようとしている。
『開錠率』
『六十一』
第二鍵、青い光の奥に少女の姿。リディア、眠っている。俺は声をかけない、約束だ。ただ思いを送る。兄を泉へ渡すな、あなたが本当に望んだことを思い出して。
黒い光が第二鍵へ届く。少女の瞼が僅かに動いた。
『開錠率』
『六十二』
止まる。マティアスが鍵を押し込む。「開け! お前はそのために残された!」
少女が目を開く。金色の瞳。『違います』声は俺へではなく、マティアスへ向けられた。『私は兄さまを生かすために残りました』
第二鍵の青い光が逆流し、マティアスの腕へ届く。男が叫ぶ。
『開錠率』
『五十八』
『五十二』
下がる。鍵が封鎖を閉じる側へ向きを変えた。だが泉主が扉の奥から力を押し返す。『お前は影だ、死者の残りだ、選択する権利はない』
少女は静かに答える。動揺の色は微塵もない。『影でも、兄さまを愛した記憶は、あなたのものではありません』
『開錠率』
『四十六』
『三十九』
封鎖が戻る。俺の腕、黒い線が肘へ近づく。「もう少し」ダグラスが歯を食いしばる。「肘を越える前に終われ」
泉主の声が、今度は俺へ向く。粘りつくような、耳の奥に直接響く声だった。『また、お前か』答えない。『王都へ来るなと言われたのに、道だけは伸ばしてくる』答えない。『父と同じだ』胸が揺れる。それでも返さない。応じれば、それだけで付け入られる。
『父は、お前を守るために王都から逃げた。だが最後には、お前を鍵として残した』嘘だ、聞かない。『本当に愛されていたと思うか』
線が肘へ達する。「止めるぞ!」ダグラスが叫ぶ。だが開錠率は、
『二十一』
あと少し。「まだ、約束だ! あと少し!」
また一人で決めようとしている。母の手が俺の顔を向かせる。「ルーク」目を見る。「止めても、あなたは失敗していない」
その言葉で力を抜いた。「止めて」ダグラスが黒石を離す。白石を腕へ押し当てる。道が切れる。景色が消えた。
◇ ◇ ◇
最後に、保存器の声。
『第二封鎖室』
『開錠率』
『十八』
完全には閉じられなかった。だが六十二から十八まで戻した。第二鍵は泉主に従っていない。まだセオドアが止められる。
遠隔筆記器へ文字が浮かぶ。
『第二鍵反転を確認』
『封鎖処理へ移行』
セオドア、生きている。俺たちの干渉を利用しているのだ。
『太陽の黒石を今すぐ王都へ運ぶな。その場で保管せよ』
封鎖に必要でも、王都へ持ち込めば奪われる。だから離しておく。
「じゃあ、王都へ行かない方が」バーバラが言う。
『ただし』続きが浮かぶ。『エドワードの息子は、夜明けまでに第二の根との接続を完全に切断せよ』
俺の腕、黒石を離した後も銀色の線が消えない。肘の手前、以前より太く、脈打っている。
『切断できない場合』
『第二鍵は』
『ルーク・E・オリバーを』
『第三接続先として認識する』
国王、王弟、そして俺。ひとつ塞げば、また別の場所から芽を出す。まるで根そのものが、俺たちの動きを先読みしているようだった。第二鍵はリディアの意思で開錠を拒んだ代わりに、泉と最も強くつながる人間を新たな接続先として見つけたのだ。
『第三接続先』
『接続率』
『二』
夜明けまで、残り半日もない。その間に俺の中から、第二の根への道を完全に消さなければならない。窓の外はまだ暗く、朝の気配すら見えない。だが時間は、確実に減り続けている。




