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Ep189. 父の墓に残された鍵

「回収を開始」

白石の声が響いた瞬間、地面が大きく揺れた。荷車の車輪が細道の石へぶつかり、俺の身体が僅かに跳ねる。胸の青い線へ、焼けるような痛みが走った。

「止まるな!」ゲイルが叫ぶ。「墓地まで行くぞ!」

荷車を引く村人たちが一斉に足を速めた。だが第一の根は、地上に出た部分だけではない。地中を走る赤い光が俺たちの進路を追っている。墓地へ続く道の両側、乾いた土の下で何かが這い、盛り上がり、沈む。巨大な蛇が地面のすぐ下を進んでいるようだった。

「右から来る!」オリヴィアの声。次の瞬間、道の脇の土が弾けた。銀色の細い根が数本、地上へ飛び出す。一本一本は腕ほどの太さしかないが、先端は花の蕾のように三つへ割れ、内側に青い光を宿している。小さな第一の根、本体から枝分かれした回収のための触手だ。それらが荷車へ向かって一斉に伸びた。

「伏せろ!」ゲイルが斧を振るい、最初の一本を横から叩いた。金属が石へ当たったような音。銀色の表面へ薄い傷が入るが、切れない。それでも根の先端が僅かに逸れた。トムの父と村人たちも鍬や棒で押し返す。倒す必要はない。荷車へ触れさせなければいい。

「魔力を使うな!」俺は声にならない息を吐いたが、ダグラスが理解した。「術は使うな!」老人が叫ぶ。「こいつらは魔力へ寄ってくる!」

その通りだ。火の魔術も風の魔術も、攻撃すれば根へ餌を与えることになる。物理的に押す、避ける。それしかない。

銀色の根の一本がゲイルの肩を越え、荷車の縁へ届いた。青い先端が開く。胸の中の魔力が強く引かれた。

「ルーク!」バーバラが俺を自分の身体で覆う。根が毛布へ触れる寸前、オリヴィアが水を入れた桶を投げつけた。昨日、東の丘から汲んできた冷たい湧き水だ。桶が根へぶつかり、中の水が一気に広がる。銀色の表面が白く曇り、根の動きが止まる。

「冷たい水が効く!」オリヴィアが叫ぶ。完全には止められないが、昨日の花と同じで急激な温度低下に弱い。「水を根へかけろ!」

荷車へ積んでいた水桶を、村人たちが次々と持ち上げる。本来は俺や避難した人々のために用意した飲み水。今は命を守るための武器だ。銀色の根へ浴びせるたび動きが鈍り、青い光が薄くなる。その間に荷車は細道を進む。墓地まで、もう少し。

古い石塀が見えた。傾いた木の門。その奥に大小の墓石が並んでいる。父の墓は墓地の北寄り、大きな楡の木の下。だがそこへ向かうには墓地の中央を通らなければならない。銀色の根は道を塞ぐように次々と地中から現れる。

「正面は無理だ!」ゲイルが言う。「西側の塀を壊す!」

墓地の西、父の墓に近い低い石塀。ゲイルとトムの父が先に走った。長い丸太を持ち、二人で塀へ突き当てる。一度、崩れない。二度、石が揺れる。三度目、積み上げられた古い石が崩れ、人一人と荷車が通れる隙間ができた。

「こっちだ!」荷車が墓地の中へ入る。車輪が柔らかい土へ沈み、速度が落ちる。「押せ!」後ろから村人たちが荷車を押す。俺の胸の青い線は、すでに右肩を越え、腕へ伸び始めていた。

「接続率、四十八」白石の声。半分近い。上がる速度も先ほどより速くなっている。第一の根の枝が俺へ近づくほど進行する。父の墓へ着く前に五十を越える。五十で何かが変わる可能性がある。身体の半分を泉が支配する、魔力経路の一部が根へ変わる。分からないが、数字が百になるまで安全だとは思わない方がいい。

「どの墓だ?」ゲイルが振り返る。俺は楡の木を指差す。枝の下、苔の生えた墓石。父の名、エドワード・E・オリバー。母が小さく息を呑む。父の墓へ来ること自体、久しぶりなのかもしれない。

墓石の前には枯れた花、土へ埋もれた小さな石板。見た目に特別なものはない。だが俺が近づいた瞬間、胸の青い魔力が北ではなく墓石へ向かって揺れた。何かある。

「ここで止めろ!」荷車が墓石の前へ置かれる。バーバラが俺を抱き上げる。「立てる?」無理だ。だが触れる必要があるなら、母に支えてもらえばいい。俺は頷いた。

「無理をするな」ダグラスがすぐ横へ来る。「顔色が悪い」分かっている。胸の痛み、魔力枯渇、振動、移動。身体は限界に近い。それでも今やめれば第一の根は止まらない。

バーバラが俺を墓石の前へ下ろす。足へ力が入らない。母の腕に掴まり、どうにか立つ。父の名を刻んだ石へ右手を伸ばす。

「触って大丈夫なの?」分からない。だが胸の青い魔力は明らかに反応している。白石も木箱の中で激しく明滅していた。俺の指が墓石へ触れた。冷たい、普通の石。一瞬、何も起きない。外れたか、ここではないか——そう思った時、父の名の下に刻まれていた小さな線が乳白色に光った。父の印。白石に刻まれていたものと同じだ。

墓石の表面へ隠されていた術式が浮かび上がる。「下がれ!」ゲイルが周囲へ叫ぶ。だが光は攻撃ではない。墓石全体を覆い、地面へ流れる。土の中に四角い輪郭が現れる。

「墓を掘るの?」オリヴィアが息を呑む。違う、棺ではない。墓石の手前、浅い場所に何かが埋められている。乳白色の光が土を押しのけ、ゆっくり木箱が浮かび上がった。父の墓に、埋葬とは別に隠された箱だ。手の平二つ分ほどの黒い木。表面に青い雫と三本の根、同じ紋章。

「これが記録?」バーバラが手を伸ばす。触れる前に俺は首を横へ振った。白石がゲイルを拒んだ。この箱も同じ可能性がある。俺が開ける。

箱には鍵穴がない。蓋の中央に小さな窪みがある。指先ほどの雫の形。俺の中に残った青い魔力を求めている。第一の根が俺を見つける原因になった力、それが父の箱を開く鍵でもある。皮肉だ。だが父は、いずれ俺が泉に見つかった時だけ箱が開くようにした。見つからなければ永遠に読む必要がない——そう考えたのかもしれない。

俺は右手の人差し指を窪みへ当てた。胸の青い線が一斉に熱を持つ。指先へ冷たい魔力が集まる。制御していない。箱が勝手に引き出している。青い雫が窪みへ落ちる。かちり、小さな音。蓋が僅かに浮いた。

その直後、墓地の外から土を破る音がした。第一の根が石塀を越えた。銀色の枝が墓石の間を縫ってこちらへ伸びてくる。

「開けろ!」ゲイルが叫ぶ。バーバラが俺ごと箱を抱える。オリヴィアが蓋を開いた。中には紙、一枚ではない。何重にも折り畳まれた地図。薄い金属板。透明な小瓶。そして父の声を残した記録石、青い雫型の魔石。触れていないのに、それが光った。

「バーバラへ」父の声。母の身体が固まる。「そして、この箱を開けた子どもへ」——俺の名を言わなかった。生まれる子どもが俺だと決まっていなかったからか、あるいは泉に名前を知られないためか。

「まず謝らなければならない。私は、泉のことを隠した。家族を守るためだと思っていた。だが隠したことで、お前たちが何も知らないまま危険へ近づく可能性もある」

今、まさにそうなった。父は分かっていた。

「第一の根が起動したなら、すでに接続先が選ばれている。逃げるだけでは止まらない。根を破壊しても止まらない。接続先を殺しても」母が息を詰める。「別の者へ移るだけだ」

予想通り。俺が死ねば終わるわけではない。第一の根は別の泉口を探す。村人、母、誰かが選ばれる。

「止める方法は一つ。接続先が第一封鎖室へ入り、根との接続を完成させる前に逆流の儀式を行う」

逆流。昨日、水を森へ返した時と同じ。根から人間へ流れ込む魔力を反対へ戻す。

「だが儀式には三つ必要だ。泉に選ばれた者。月の白石。そして」父の声が一度途切れた。

銀色の根が墓石へ迫る。ゲイルたちが冷たい水を浴びせ押し戻している。残った水は少ない。長くは持たない。

「私が泉から持ち出した第一鍵」箱の中、薄い金属板が青く光る。鍵。見た目は掌ほどの銀色の板、中央に三本の溝、根の紋章。

「第一鍵を封鎖室の中央へ置け。月の白石を重ね、選ばれた者が接続を受け入れる」

受け入れる。拒むのではない、自ら接続させる。バーバラの腕が俺を強く締めつける。「駄目」父の声に向かって母が言った。「そんなこと、させられない」記録は当然答えない。

「根は拒絶されるほど強く侵入する。だが自ら受け入れた魔力には、同じ道を通って戻る性質がある」

泉の魔力を俺へ完全に近づける。その流れを利用して第一鍵と白石へ逆流させる。理屈は分かる。危険も。

「逆流に成功すれば第一の根は再び封鎖される。接続先に残った印も消える。失敗すれば」記録石の光が僅かに揺らぐ。「接続先は泉口となる。泉の水と魔力を、身体が壊れるまで流し続ける」

死ぬ。すぐではない。泉の出口として使われ、少しずつ壊れる。父の青い線、長く続いた病。父は泉口になりかけていた。いや、一度は第一の根以外の接続を受けた。逆流に失敗したのか、儀式を行えなかったのか。だから病として死んだ。

「私には逆流を完了させることができなかった」父の声が少しだけ低くなる。「白石が足りなかった。第一鍵を持ち出すだけで限界だった。だから私の身体には泉の流れが残った」

やはり、父の病は泉によるもの。

「だが次に同じことが起きた時のため、必要なものは残した。私の失敗を、お前たちが繰り返す必要はない」

第一鍵、白石、方法。父は自分を救えなかった。それでも次の者を救う準備をした。それが自分の子どもになると分かっていたから。

「封鎖室への入口は採石場の最下層、北壁の白層にある。第一鍵が近づけば道は開く。ただし接続率が七十を越える前に入れ。七十を越えれば根は接続先の意思を読み始める。考えたこと、恐れたこと、大切に思う者、すべてを利用する」

接続率、今はいくつ。白石が箱の外で告げた。「接続率、五十三」もう半分を越えた。七十まで、十七。迷っている時間はない。

「最後に」父の声。「バーバラ、この記録を聞いているなら、私はまた君へ選ばせてしまっている」母の目から涙が落ちた。「すまない。子どもを危険へ行かせるか、村を捨てて逃げるか。どちらも君に背負わせるべきものではない。だが一つだけ信じてほしい。その子は私より強い」

違う。父は俺を知らない。生まれる前の子どもへ願いを託しているだけ。

「魔力の強さではない。一人で抱え込まず、誰かの手を取れるなら、必ず泉の流れを戻せる」

俺は母の手を握った。父は前世の俺とは正反対のことを言っている。一人では逆流できない。白石へ魔力を流した時も、母とオリヴィアの力が必要だった。封鎖室でも同じ。

「記録は以上だ。どうか泉より先に、互いを信じてくれ」

青い記録石の光がゆっくり消えた。父の声も、もう聞こえない。周囲には根が石を擦る音、村人たちの荒い呼吸、地中から響く振動。現実だけが残る。

   ◇ ◇ ◇

「採石場へ行くしかない」ゲイルが言った。母はすぐに答えなかった。俺を抱いたまま、父の記録石を見つめている。

「バーバラ」ダグラスが静かに声をかける。「決めるのは、あんた一人じゃない」

「でも、この子はまだ」

「分かってる」老人は俺の胸の青い線を見る。「だが、ここに残っても危険は消えん。むしろ、時間が経つほど悪くなる。行かないという選択は、もう安全な選択じゃない」

母も理解している。だからこそ苦しい。

「ルーク」バーバラが俺を見た。「あなたは、行くつもりなのね」

俺は頷く。怖い。身体は動かない。魔力も戻っていない。第一の根は俺の名を知り、思考まで読もうとしている。それでも行かなければ、俺だけではなく皆が危険になる。

「絶対に」母の声が震える。「一人でやらないで」俺は頷いた。「勝手に決めないで」頷く。「苦しくなったら、隠さないで」頷く。「帰ってきて」

その言葉に、俺はすぐ頷けなかった。絶対とは言えない。だが約束しなければ母は進めない。前世の俺なら、結果を保証できない約束はしなかった。今は違う。帰るために皆の力を借りる。それを約束する。

俺は母の手を両手で握り、頷いた。

「……かえる」

掠れた声。小さな音。それでも言葉になった。バーバラの目が大きく見開かれる。「帰るって」俺はもう一度言った。「かえ……る」

母は泣きながら俺を抱きしめた。「約束よ」

墓地の入口で冷たい水が尽きた。銀色の根がゲイルたちの防御を押し始める。「決まったなら急げ!」ゲイルが叫ぶ。「採石場へ向かうぞ!」

第一鍵、月の白石、父の地図、記録石。すべてを黒い箱へ戻す。白石だけは第一鍵と触れないよう別の布へ包む。俺は荷車へ戻された。今度は身体を起こした状態、胸の線を確認できるように。ダグラスが横へ座る。バーバラ、オリヴィア、ゲイル、村人たち。誰も俺を一人にはしない。

墓地から採石場へ続く道へ向かう。銀色の根は俺たちを追う。だが第一鍵を箱から出した瞬間、動きが変わった。襲いかかるのではなく、道の両側へ退く。俺たちを採石場へ導くように。

「気味が悪いな」ゲイルが言う。根は俺を無理に回収するより、自ら封鎖室へ入ることを望んでいる。儀式の方法を泉も知っている。逆流される危険があるのに、なぜ道を開く。成功しないと確信しているのか。封鎖室へ入れば逃げられない。七十を越え、思考を読まれ、俺が受け入れた瞬間、泉口にできる。それでも行くしかない。

   ◇ ◇ ◇

採石場が近づく。山肌は以前見た記憶より大きく崩れている。入口を塞いでいた岩は第一の根によって内側から割られていた。暗い横穴。その奥から赤と青の光が漏れている。銀色の根が入口の左右へ並ぶ。門。俺たちを待つ。

白石が告げる。「接続率、五十九」あと十一。

ゲイルが採石場の闇を見据える。「ここから先は、荷車じゃ無理だ」狭い、足場も悪い。俺を背負う必要がある。

「私が抱く」バーバラが言う。「途中で疲れる」ゲイルが首を横へ振る。「交代しながら進む。ダグラスはルークの状態を見る。オリヴィアは白石。俺が第一鍵を持つ」「いや」

父の記録では第一鍵が道を開く。接続先である俺の近くに置いた方がいい。俺は鍵を指差し、次に自分。「ルークが持つの?」持つ力はない。胸元に固定する。布で包み、身体へ結ぶ。白石はオリヴィアが持つ。役割を分ける。父の言った通り、一人で抱えない。

第一鍵が俺の胸へ置かれる。青い線の上。冷たい金属が触れた瞬間、線の熱が少し下がった。接続を止めるほどではない。だが進行が僅かに鈍る。「効いてる」ダグラスが言う。「線の伸びが止まった」完全にではない。今のうち。

俺は最初にゲイルの背へ預けられた。大きな背中。革紐と布で落ちないよう固定する。バーバラが何度も結び目を確かめる。「苦しかったら、すぐ言って」頷く。

松明をつける。だが根へ魔力を与えないよう魔術灯は使わない。火と油、古い方法。ゲイルが一歩、採石場へ入る。俺たちも続く。

入口を越えた瞬間、外の光が急に遠くなった。冷たい空気、石の匂い。奥から聞こえる水音。森の岩清水と同じだが、もっと大きい。川が岩の中を流れているような音。第一鍵が胸元で青く光る。採石場の壁に、今まで見えなかった線が浮かび上がった。父の地図と同じ、青い道。最下層へ、封鎖室へ続く。

その時、白石が新しい数字を告げた。「接続率、六十」だが続けて、別の声が響いた。白石ではない。岩の奥、第一の根、泉そのもの。

「ルーク・E・オリバー、帰還を確認」

帰還。俺は初めて来た。前世でも、この場所を知らない。それなのに泉は、俺が戻ってきたと言った。

「第一記憶層を開放」

採石場の壁が一斉に青く光る。次の瞬間、俺の頭へ知らない記憶が流れ込んだ。銀色の根、白い石、青い泉。その前に立つ一人の男。俺と同じ、金色を帯びた魔力。だが父ではない。顔は、前世の俺によく似ていた。

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