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Ep184. 奪う花

胸の奥から、何かが引き抜かれる。魔力。間違いない。俺の中を巡っていた魔力が、隔離箱の中へ向かって流れ始めている。見えない糸で胸をつかまれ、そのまま強く引かれているような感覚。痛みはない。だが、身体から急速に力が抜けていく。

「ルーク!」バーバラの声が聞こえた。次の瞬間、身体が後ろへ引かれる。母が俺を抱き上げ、隔離箱から離れた。硝子窓と俺の間へ、オリヴィアが立つ。

「何が起きたの?」答えようとしたが、声が出ない。胸が苦しい。息を吸っているはずなのに、身体がそれを受け取っていない。魔力を失う感覚は前世では何度も経験している。大規模な治癒術。複雑な魔術実験。魔力が枯渇する寸前まで術を使ったこともある。だが、これは違う。自分で使っているのではない。外から奪われている。だから、止め方が分からない。

俺は胸を押さえた。「魔力を吸われてるの?」バーバラが青ざめる。俺は僅かに頷いた。「どうしたら止まるの?」距離を取れば、箱から離れれば、吸収が弱くなる可能性がある。俺は扉の方を指差した。「外へ出る?」頷く。バーバラは俺を抱いたまま、診療所を飛び出した。オリヴィアも続く。

冷たい夜気が肌へ刺さる。家の前まで離れた瞬間、胸を引く力が弱くなった。完全には消えていない。だが、呼吸ができる。指先にも、少しずつ力が戻る。「ここなら大丈夫?」俺は頷いた。少なくとも、今すぐ倒れるほどではない。

バーバラは地面へ膝をつき、俺を強く抱きしめた。「ごめんなさい」なぜ謝る。「私が、もっと早く離していれば」違う。誰にも予測できなかった。花が開いた途端、俺の魔力を直接吸い始めるなど。俺は母の腕を叩いた。首を横へ振る。「でも」俺はもう一度、強く首を振った。今は謝る時ではない。診療所の中、あの花をどうするか、そちらを考える必要がある。

「箱の中は、どうなってるかな」オリヴィアが診療所を見る。窓は開いたまま。灯りもついている。だが、中へ戻るのは危険だ。

花は、最初に俺から魔力を吸った。なぜ俺だった。最も箱へ近かったからか。それとも、俺の魔力が、他の二人より濃かったからか。今の身体は幼い。魔力量も前世とは比べものにならない。それでも、俺は生まれつき魔力の流れを感じ取れる。無意識に魔力を外へ漏らしている可能性もある。花がそれを見つけた。もしそうなら、バーバラやオリヴィアも近づけば吸われる。魔力の弱い人間ほど、奪われた時の影響は大きい。

「今夜は家に入らない方がいい?」バーバラが尋ねた。その方が安全だ。だが、診療所の奥には薬、記録帳、父の研究資料がある。何より、花が成長を続ければ、箱を破り、外へ出る可能性がある。放置もできない。

俺は診療所の窓を見た。開いた窓から、青白い光が僅かに漏れている。花の光が強くなっている。「光ってる」オリヴィアも気づいた。箱の中で、吸収した魔力を使っている。何に。成長か、繁殖か。それとも別のものを作ろうとしているのか。

俺は地面へ指を伸ばした。土、水、冷気。これまで花の成長に影響した条件だ。土へ触れたことで芽が出た。室温を下げると成長が遅くなった。魔力を与えれば、急速に活性化する。なら、魔力を断ち、さらに冷やす。それが現時点で最も安全な対応だ。だが、診療所の中には入れない。外から部屋を冷やす。窓をすべて開ける。すでに一部は開いている。反対側も開ければ風が通る。しかし、そのためには家の中へ入る必要がある。

「ゲイルを呼ぶ?」オリヴィアが言った。俺は頷いた。今は一人でも多くの手が必要だ。「私が行ってくる」「一人で大丈夫?」「村の中だよ。すぐ戻る」オリヴィアは走り出した。今度は、転ばないように、などと言う余裕もなかった。

俺とバーバラは、診療所から距離を取ったまま待つ。胸を引く感覚は徐々に弱まっている。花が俺を見失ったのか、それとも吸い取れる範囲から外れただけか。俺は自分の魔力を確かめた。かなり減っている。だが命に関わるほどではない。少し休めば戻る。それより問題なのは、奪った魔力が花の中に残っていることだ。俺の魔力、人間の身体を巡っていた魔力を取り込んだ植物が、どのように変化するのか。

前世で、人間の魔力を吸う植物を見たことはある。吸魔蔦、黒根草。どれも危険な魔物植物だった。だが、それらは触れた相手から魔力を吸う。これほど離れた位置から、しかも箱越しに吸い取る種類は知らない。月雫草は、人を害する植物ではない。むしろ薬として使われる。では、なぜこの花は俺を襲った。月雫草になる前の段階だからか。未成熟な状態では、生きるために外から魔力を奪う。十分に成長した後、安全な月雫草へ変わる。その可能性もある。だが、安全になるまでに、どれだけの魔力を必要とするのか。人一人か、村全体か。分からない。

「ルーク」バーバラが俺の顔へ触れた。「まだ苦しい?」俺は首を横へ振る。苦しさは減った。「顔が白いわ」魔力を急に失った影響だ。身体が冷えている。バーバラは自分の上着で俺を包んだ。診療所を冷やそうとしているのに、俺たちは外で寒さに耐えている。状況としては最悪だ。だが、前世の俺なら、今頃一人で箱を開け、花を直接調べていただろう。魔力を吸われても、自分なら制御できると思い込んで、そして失敗していた。今回は、母が俺を引き離した。オリヴィアがゲイルを呼びに行った。俺一人ではない。だから、まだ対処できる。

   ◇ ◇ ◇

やがて、複数の足音が近づいてきた。オリヴィア、ゲイル、その後ろにトムの父。さらに、ランタンを持った村人が二人。「人を呼びすぎた?」オリヴィアが不安そうに言う。「何が起きるか分からないなら、力のある人がいた方がいいと思って」正しい。秘密より、今は安全だ。

ゲイルが診療所を見る。「光が外まで漏れてるな」「中へは入らないでください」バーバラが言う。「花が、離れた場所から魔力を吸います」「どれくらい離れれば平気だ?」俺は診療所と自分の距離を見る。およそ家二軒分。ここでは吸われない。だが、大人の魔力なら、もう少し遠くまで感知される可能性もある。俺はさらに後ろを示した。「まず全員、下がろう」ゲイルの指示で、村人たちは距離を取った。

「何をすればいい?」窓、反対側の窓を開ける。だが、人が入れば危険。外側から開けられないか。診療所の裏窓は、木の留め具を内側から外す必要がある。壁を壊す、窓枠を外す、多少荒っぽくても、外から冷気を入れる方がいい。俺は裏側を指差し、窓枠を外す仕草をした。「反対側の窓を壊すのか?」ゲイルが理解する。俺は頷く。「よし。壁際なら、中へ入らなくても作業できる」

ゲイルとトムの父が診療所の裏へ回った。壁から離れたまま、長い棒の先へ鉤をつける。窓枠へ引っかけ、一気に引く。ばき。木の割れる音。窓枠が外れ、硝子が地面へ落ちた。冷たい風が、診療所の表から裏へ抜け始める。開いた窓から、青白い光が流れるように揺れた。「弱くなった?」バーバラが尋ねる。俺は目を凝らす。光は確かに少し薄くなった。冷却は効いている。だが、箱の中の魔力はまだ強い。俺から奪った分がある。それを使い切るまで、完全には止まらない。

「他にできることは?」魔力を遠ざける。診療所の周囲から人間、魔石、魔力を含むものを離す。それはすでに始めている。では、花が吸収した魔力を外へ放出させる。何か別の対象へ移す。前世の魔術なら、魔力誘導用の空石を使った。内部に魔力を持たない、空の魔石。周囲の魔力を吸収し、一時的に蓄える道具。診療所にも治療用の空石がある。だが、建物の中、取りに行けない。父の古い道具箱にも一つあったはずだ。裏の物置、診療所とは別棟。俺は物置を指差した。

「何かあるの?」バーバラが聞く。俺は丸い石を持つ仕草をした。「魔石?」頷く。「空の魔石?」やはり母は知っていた。「父さんの道具箱にあったと思う」バーバラが物置へ走る。ほどなく、布へ包まれた灰色の石を持って戻った。掌ほどの大きさ。表面に古い術式が刻まれている。空石。魔力を吸収する性質を持つ。だが、そのまま花へ近づければ、どちらが先に魔力を奪うか分からない。花が空石へ魔力を流すのではなく、空石の吸収力まで利用する可能性もある。使うなら、花と人間の間に置く。漏れてくる魔力を空石へ吸わせる。俺は地面へ置くよう示した。

「診療所の前に置く?」頷く。ゲイルが長い板を使い、空石を診療所の入口近くまで滑らせた。人が近づかなくても、置くことができる。石が地面へ止まった瞬間、表面の術式が淡く光った。周囲の魔力を吸い始めた。診療所から漏れていた青白い光が、僅かに空石へ引かれる。「効いてるぞ」ゲイルが言う。

だが、その直後。隔離箱の中から強い光が走った。花が反応した。空石の存在を感知した。青い光が窓から一直線に伸びる。空石へ向かって。一瞬、成功したと思った。俺ではなく、空石へ魔力を向けた。これなら、花の内部にある魔力を抜けるかもしれない。

しかし、次に起きたのは逆だった。空石の術式が一つずつ消えていく。花が石から魔力を吸っている。空のはずの石。だが、刻まれた術式を維持するため、僅かな魔力が残っていた。花はそれさえ見逃さない。石の表面に細い亀裂が走る。「離せ!」ゲイルが板を引こうとした。遅い。空石が砕けた。灰色の破片が散り、内部に残っていた魔力が一気に放出される。青白い光が、それをすべて飲み込んだ。

   ◇ ◇ ◇

診療所の中で、何かが大きく膨らむ。ばき。隔離箱の板が内側から押された。「下がれ!」ゲイルが叫ぶ。全員が後ろへ走る。俺もバーバラに抱えられ、さらに距離を取った。

次の瞬間、隔離箱の正面にある硝子窓へひびが入った。一つ、二つ、蜘蛛の巣のように広がっていく。冷却で成長を抑えていた。だが、空石の魔力を取り込んだことで再び力を得た。硝子窓が内側から弾けた。破片が診療所の床へ散る。開いた穴から、銀色の葉が伸びた。先ほどまで掌ほどだったはずの茎は、今は人の腕ほどの長さに成長している。葉が箱の外へ広がり、花の中心に浮かぶ青い雫が夜の村を照らす。その光がゆっくりと、俺たちのいる方向へ向いた。目ではない。顔でもない。それでも、見られている。そう感じた。

花弁が開く。青い雫が震える。再び魔力を吸う力が広がる。今度は俺一人ではない。「身体が……」オリヴィアが膝をついた。村人の一人が胸を押さえる。ゲイルも顔を歪めた。この距離でも、全員から吸っている。花は空石から得た魔力で、吸収できる範囲を広げた。

逃げる。村の外まで、今すぐ全員を遠ざける。そう考えた時、診療所の裏手から別の魔力が近づいてきた。強い。だが、人間ではない。森の方角。花は俺たちから吸うのを止めた。銀色の花弁がゆっくり向きを変える。村人ではなく、森へ。青い雫の光が激しく明滅する。呼びかけに答えるように、遠い森の奥で、同じ青白い光が一度だけ、夜空へ立ち上った。

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