Ep172. 不自然な魔力
魔力は目には見えない。だが、扱い続けた者には分かる。流れがある。癖がある。そして、自然に生まれたものと、誰かの手によって与えられたものでは、決定的に違う。
俺は青白い花を見つめた。月雫草――熱が長引いた時に使う薬の材料だ。見た目だけなら、何の変哲もない薬草だ。だが、俺には分かる。この植物の内部にある魔力は、根から吸い上げられたものではない。外から、何かによって、与えられている。
「ルーク?」
バーバラが俺を呼ぶ。俺は返事をしなかった。いや、できなかった。前世の記憶が、一気に蘇っていたからだ。
医魔術師は、患者の身体へ魔力を流す。傷を塞ぐ。血流を整える。薬の効能を引き出す。だが、植物そのものへ、長期間、一定の魔力を与え続ける――そんな技術は、少なくとも前世の俺は知らない。
いや、正確には、試した者はいた。だが、植物は魔力に耐えられず枯れた。あるいは、性質そのものが変質した。それなのに、目の前の月雫草は正常に育っている。むしろ、魔力を受けることを前提として成長しているようにさえ見えた。
どういうことだ?
「ルーク兄ちゃん?」
ケントが俺の顔を覗き込む。「どうしたの?」
俺は我に返った。まずい。今の俺は、ただの子どもだ。少なくとも、周囲からはそう見えている。いきなり「この植物には人工的な魔力が注入されている」などと説明できるはずがない。
俺は月雫草を指差した。それから首を傾げる。
「気になるの?」
バーバラが尋ねた。俺は頷く。
「この花は珍しいからね。お父さんもよく調べていたのよ」
――父が?
俺の意識が、一瞬でその言葉へ向いた。
「エドワードはね」バーバラは月雫草を見つめる。「この花がどうしてこの場所にしか咲かないのか、ずっと不思議がっていたの」
やはり、父も何かに気づいていた。
「他の場所へ植え替えてみたこともあったわ。でも、全部枯れてしまった」
環境が原因。普通ならそう考える。湿度。温度。土壌。日照量。だが、それだけではない。この場所には、何かがある。
「お父さんは何て言ってたの?」
オリヴィアが尋ねた。
「そうね……」バーバラは少し考える。「『土じゃない』って。何度も土を持ち帰って調べていたの。同じ土を使って育てても駄目だった。だから最後には、『この森そのものに何かある』って言っていたわ」
森そのもの。父は、かなり近いところまで来ていた。
俺は立ち上がる。そして周囲を見渡した。苔。岩。染み出す水。高い木々。
どこだ。魔力はどこから来ている? 植物へ直接、誰かが一株ずつ与えているとは考えにくい。なら、この場所そのものへ、魔力が流れ込んでいる。
俺は目を閉じた。前世、何千回、何万回と魔力を扱った。身体の中を流れる魔力。魔法陣を流れる魔力。魔道具に残された魔力。その感覚を思い出す。静かに、意識を広げる。
すると、あった。微かだ。だが確かに。地面の下――いや、岩の奥から、細い魔力の流れがある。水とともに、少しずつ、この場所へ染み出している。
俺は目を開けた。そして岩壁を見る。水が一滴、また一滴、落ちている。その水から、魔力を感じる。
――これだ。
俺は岩壁へ近づいた。
「ルーク?」
バーバラの声。俺は岩から染み出す水を指差す。
「お水?」
ケントが首を傾げた。そう、水だ。だが、ただの水ではない。
バーバラも俺の様子を見て、岩壁へ近づいた。
「もしかして」小さく呟く。「お父さんも、この水を調べていたわ」
俺はバーバラを見る。
「ただ」彼女の表情が曇った。「最後まで、何も分からなかったみたい」
違う。何も分からなかったわけではない。父は、原因のすぐ近くまで来ていた。ただ、魔力を見る方法を持っていなかっただけだ。
そして俺には、それがある。前世で培った、医魔術師としての知識と感覚。父が届かなかった場所へ、俺なら届くかもしれない。
その瞬間、初めてだった。前世の知識が、過去を懐かしむためではなく、この人生で新しい何かを見つけるための力になる――そう思えたのは。
俺はもう一度、岩から染み出す水を見つめた。この先に、何かがある。そして、その何かは、父が残した研究と、俺の前世の知識を、初めてつなぐものになるかもしれなかった。




