Ep168. 薬師の卵
教えることは、答えを渡すことではない。自分で見つける力を育てることだ。
◇ ◇ ◇
薬草教室が終わる頃、子どもたちは名残惜しそうに薬棚を眺めていた。
「もう終わり?」ケントが肩を落とす。
「今日はここまで」バーバラは優しく笑った。「薬師も、一度に全部は覚えられないのよ。少しずつ、毎日覚えていけばいいの」
子どもたちは素直に頷く。
その時だった。トムが薬棚の下を指差した。
「バーバラさん、これ、何?」
小さな木箱だった。長い間動かしていなかったのか、薄く埃をかぶっている。
「あら、そんなところに入れていたのね」
蓋を開ける。中には乾燥させた薬草が少し。それから、木で作られた小さな札。
「これは?」オリヴィアが手に取る。
札には植物の絵、裏には名前が書かれていた。
「ああ」バーバラが懐かしそうに笑う。「これ、お父さんが作ったの」
父。
「村の子どもたち用の勉強札よ。薬草の名前を覚えられるようにって」
俺は一枚手に取る。絵は簡単だが、特徴をよく捉えている。文字が読めなくても、形で覚えられる。
「これ!」ケントが叫ぶ。「さっきの葉っぱ!」
ちゃんと覚えている。
「正解」バーバラが微笑む。「じゃあこれは?」
札を次々並べる。子どもたちは競うように答える。
「傷薬!」「眠る薬!」「熱!」
間違える子もいる。正解する子もいる。その度に、笑い声が響いた。
俺は木札を見つめる。父は、村に薬師を育てようとしていたのかもしれない。誰か一人が知識を持つのではなく、村のみんなが少しずつ知っている。そうすれば応急処置もできる。危険な薬草も見分けられる。村全体が強くなる。
その考え方は、前世の俺にはなかった。知識は独占するほど価値があると思っていた。父は逆だった。知識は広めるほど、多くの命を救える。
「ルーク兄ちゃん!」ケントが木札を掲げる。「次は森で本物を探したい!」
その一言に、バーバラは少し考えたあと、にっこり笑った。
「いいわ。今度のお休みに、みんなで薬草を探しに行きましょう」
「やったー!」診療所いっぱいに歓声が響く。
俺も静かに笑った。次は本の中ではない。森そのものが教室になる。
◇ ◇ ◇
そして、その遠足は――。俺がこの世界の薬草について、さらに大きな発見をするきっかけになるとは、この時はまだ誰も知らなかった。




