Ep166. 村の子どもたち
医術は教科書だけでは伝わらない。
誰かが見て。憧れて。受け継がれていく。
◇ ◇ ◇
ヘレンがお茶を飲みに来るようになって一週間。診療所には小さな変化が起きていた。
「こんにちはー!」
元気な声とともに、扉が勢いよく開く。
「お母さんのお使い!」
六歳ほどの男の子だった。手には小さな布袋。
「こんにちは、ケント」
バーバラが笑顔で迎える。
「今日はどうしたの?」
「傷薬をください! お父さんが木を切って指を切っちゃった!」
「分かったわ。少し待ってね」
薬棚から薬瓶を取り出す。包帯も添える。
「傷は洗った?」
「うん! 井戸のお水で!」
「えらいわ。でも、お薬を塗る前に、一度沸かして冷ましたお水で洗えるともっと安心よ」
「分かった!」
男の子は真剣な顔で頷く。
◇ ◇ ◇
診療が終わると、ケントは帰らずに部屋を見回した。
「ねえ、トム兄ちゃん。何してるの?」
「薬棚の整理!」
トムが胸を張る。
「すごーい!」
さらに、別の子どもが顔を出した。
「ヘレンおばあちゃんいる?」
「今日はまだ来てないわよ」
バーバラが答える。
「じゃあ待ってる!」
いつの間にか、診療所には子どもが三人、四人、五人。
皆、遊びに来たわけではない。誰かのお使いだったり、家族を迎えに来たり。だが、自然とここへ集まってくる。
「バーバラさん! これ運ぶ!」
「私、お湯持ってくる!」
オリヴィアが笑った。
「なんだか賑やかになったね」
◇ ◇ ◇
バーバラも優しく微笑む。
「昔もこんな感じだったのよ」
「お父さんがいた頃も?」
「ええ。エドワードは子どもに植物の名前を教えるのが大好きだったから」
「『この葉っぱは何の薬になるでしょう』って、よくクイズを出していたわ」
父らしい。教えることも好きだったのか。
◇ ◇ ◇
その時、俺の袖を小さな手が引いた。
「ルーク兄ちゃん、これ、何の薬草?」
ケントが乾燥棚を指差す。
細長い葉。裏は白い産毛。父の図鑑で何度も見た。熱冷ましの薬草だ。
「う!」
俺は頷き、額へ手を当てる仕草をする。
「あっ! 熱のお薬!」
正解だ。
「すごい! ルーク兄ちゃん、物知り!」
皆が笑う。俺も思わず笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
前世では、知識は競うものだった。誰より知っていることに価値があった。
今は違う。知識は分けるものだ。教えることで、誰かの役に立つ。
父が子どもたちへ植物を教えた理由が、少しだけ分かった気がした。
医魔術とは、命を救う技術である前に、未来へ知識をつないでいく営みでもあるのだ。




