Ep165. お茶の時間
病を治す薬はある。だが、心を軽くする薬は、案外、ありふれた日常の中にある。
◇ ◇ ◇
翌日の昼前、約束どおりヘレンが診療所を訪れた。
「こんにちは」
昨日より表情が明るい。
「いらっしゃい」
バーバラが笑顔で迎える。
診療所の隅には小さな丸机。湯気の立つ薬草茶。焼き菓子が二つ。
「今日は薬草茶ですよ」
「眠りを助けてくれる香りなんです」
ヘレンは嬉しそうに湯飲みを持った。
「いい香りだねぇ」
その頃、診療所には患者はいなかった。トムは薬棚の整理をし、オリヴィアは薬草を乾燥棚へ並べる。俺は父の図鑑を読んでいた。しかし、自然と耳は二人の会話へ向く。
「昔はねぇ」
ヘレンが笑う。
「この村にも子どもがたくさんいて」
「毎日走り回ってたんだよ」
「そうだったんですか」
「今じゃ皆、大きくなっちゃってねぇ」
「静かなもんだ」
バーバラは口を挟まない。ただ頷く。時々、質問する。
「その頃は大変でした?」
「毎日が戦争だったよ」
「でも楽しかった」
ヘレンは何度も笑った。
一時間ほどして、帰る時間になる。
「ありがとう」
「今日はいっぱい話した」
「私も楽しかったです」
バーバラが答える。
◇ ◇ ◇
ヘレンが帰ったあと、トムが首を傾げた。
「今日は診察してないよね?」
「してないわね」
「薬も出してない」
「そうね」
「じゃあ何をしたの?」
バーバラは少し考えてから答えた。
「お話を聞いたの。それだけよ」
「それだけ?」
「うん。でもね、話したいことを話せる場所があるだけで、人は元気になることもあるの」
◇ ◇ ◇
俺はその言葉を反芻する。
前世では、診察時間は短いほど優秀だと思っていた。効率。回転率。治療成績。数字ばかり見ていた。
だが、目の前の一時間は、薬も魔法も使っていない。それでも、ヘレンは来た時より元気な足取りで帰っていった。
医魔術師とは、治療する人ではない。安心して帰ってもらう人なのかもしれない。
その答えへ、俺はまた一歩だけ近づいた気がした。




