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163/257

Ep163. 「治った」のその先

病気が治ることと、健康になることは違う。前世の俺は、その違いを最後まで理解できなかった。

   ◇ ◇ ◇

 三日後、昼前の診療所。扉が開いた。

「こんにちは」

 先日、咳で診察を受けたパン屋の女性だった。

「おや」

 バーバラが笑顔になる。

「調子はどうですか?」

 女性はにっこり笑った。

「ずいぶん楽になったよ。休憩のたびに水を飲んで、口もすすぐようにしたら、咳がほとんど出なくなった」

 やはり、生活習慣も原因だった。

「薬も効いたと思います。でも、毎日の工夫も大切だったんですよ」

 女性は何度も頷いた。

「本当にありがとう」

 そう言って、抱えていた籠を差し出した。

「今朝焼いたパン。良かったら食べておくれ」

 焼きたての香ばしい香り。まだ温かい。

「そんな」

 バーバラは少し困ったように笑う。

「診察代はちゃんと払いましたから」

「これはお礼。受け取って」

 しばらく遠慮したあと、バーバラは一つだけ受け取った。

「ありがとうございます。みんなでいただきますね」

   ◇ ◇ ◇

 女性が帰ると、トムは我慢できずに聞いた。

「全部もらえばよかったのに! いっぱい入ってたよ!」

 バーバラは苦笑する。

「パン屋さんにも家族がいるでしょう? 全部いただいたら、今日のご飯が減っちゃうわ」

「あ……」

 トムが目を丸くする。

「気持ちは受け取る。でも、いただきすぎない。それも大事なの」

 なるほど。善意まで奪わない。相手が無理をしないように、受け取る側も考える。

 前世なら、贈り物など興味もなかった。秘書へ回して終わり。だが、この一つのパンには感謝が詰まっている。

「切るわね」

 バーバラがパンを四つに分ける。俺、オリヴィア、トム、そしてバーバラ。

「いただきます」

 一口かじる。外は香ばしく、中はふんわり柔らかい。

 美味しい。

   ◇ ◇ ◇

 薬では治せないものもある。笑顔。感謝。人との繋がり。それらが人を元気にする。

 医魔術師とは、病気を治す職業ではない。人が笑って暮らせる毎日を守る職業なのだと。焼きたてのパンの温もりとともに、その意味が少しずつ胸へ染み込んでいった。

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