Ep163. 「治った」のその先
病気が治ることと、健康になることは違う。前世の俺は、その違いを最後まで理解できなかった。
◇ ◇ ◇
三日後、昼前の診療所。扉が開いた。
「こんにちは」
先日、咳で診察を受けたパン屋の女性だった。
「おや」
バーバラが笑顔になる。
「調子はどうですか?」
女性はにっこり笑った。
「ずいぶん楽になったよ。休憩のたびに水を飲んで、口もすすぐようにしたら、咳がほとんど出なくなった」
やはり、生活習慣も原因だった。
「薬も効いたと思います。でも、毎日の工夫も大切だったんですよ」
女性は何度も頷いた。
「本当にありがとう」
そう言って、抱えていた籠を差し出した。
「今朝焼いたパン。良かったら食べておくれ」
焼きたての香ばしい香り。まだ温かい。
「そんな」
バーバラは少し困ったように笑う。
「診察代はちゃんと払いましたから」
「これはお礼。受け取って」
しばらく遠慮したあと、バーバラは一つだけ受け取った。
「ありがとうございます。みんなでいただきますね」
◇ ◇ ◇
女性が帰ると、トムは我慢できずに聞いた。
「全部もらえばよかったのに! いっぱい入ってたよ!」
バーバラは苦笑する。
「パン屋さんにも家族がいるでしょう? 全部いただいたら、今日のご飯が減っちゃうわ」
「あ……」
トムが目を丸くする。
「気持ちは受け取る。でも、いただきすぎない。それも大事なの」
なるほど。善意まで奪わない。相手が無理をしないように、受け取る側も考える。
前世なら、贈り物など興味もなかった。秘書へ回して終わり。だが、この一つのパンには感謝が詰まっている。
「切るわね」
バーバラがパンを四つに分ける。俺、オリヴィア、トム、そしてバーバラ。
「いただきます」
一口かじる。外は香ばしく、中はふんわり柔らかい。
美味しい。
◇ ◇ ◇
薬では治せないものもある。笑顔。感謝。人との繋がり。それらが人を元気にする。
医魔術師とは、病気を治す職業ではない。人が笑って暮らせる毎日を守る職業なのだと。焼きたてのパンの温もりとともに、その意味が少しずつ胸へ染み込んでいった。




