Ep148. 父を知る人
人は本だけでは分からない。どれほど細かな記録を残しても、その人が笑う時の顔までは書けない。怒る時の声も、照れた時の仕草も、文字には残らないのだ。
◇ ◇ ◇
村へ戻る途中、小川の近くで老人が薪を割っていた。白い髭を蓄えた、日に焼けた太い腕を持つ老人だった。年齢のわりに背筋は真っ直ぐ伸びている。
「あれ? バーバラじゃないか」
バーバラが笑顔で会釈した。
「ロイドさん」
「薬草採りかい?」
「ええ」
老人の視線が俺へ向く。
「おお、ルークか。大きくなったなぁ」
まだ五歳にも満たない。それでも村では十分に成長した部類なのだろう。
「……そうだ」
老人がふと思い出したように笑った。
「その子、エドワードにそっくりだ」
父のことだ。
「目が特にな。何でも見逃さない目をしてる」
俺は思わず顔を上げた。
「エドワードは昔から変わり者だった」
ロイドは懐かしそうに笑う。
「薬草を摘みに行ってもな、帰ってくるのは夕方だ」
「迷ったの?」
オリヴィアが尋ねる。
「いや。虫を見たり、鳥を眺めたり、木をスケッチしたりしてるからだ」
皆が笑う。
「薬草を採るだけなら一時間もあれば終わるのにな。夕暮れまで帰ってこん」
研究者だ。完全に。前世の俺も、一つ気になることがあると時間を忘れた。
「でもな」
老人の表情が柔らかくなる。
「村の誰かが熱を出したと聞けば、その日の研究なんて全部やめて駆けつける男だった」
「研究より患者。いつもそう言ってた」
胸が少し熱くなる。前世の俺なら、研究を優先したかもしれない。新しい魔法、新しい治療法。未来の患者を救うためだと自分に言い聞かせて。
父は違った。未来も大事。だが、目の前で苦しむ人はもっと大事。
「ルーク」
ロイドがしゃがみ込み、俺の頭へ大きな手を置いた。
「焦らなくていい。お前さんは、お前さんの薬師になればいい」
父と同じにならなくてもいい。そう言われた気がした。父のような優しさ、母のような温かさ、そして前世で積み重ねた医魔術の知識。そのすべてを合わせても、きっと俺は父にはなれない。だからこそ、ルーク・E・オリバーという、新しい医魔術師になればいい。
その言葉は、父を知らない老人から贈られた。いや――父をよく知る老人だからこそ贈ることのできた、何より温かな励ましだった。




