Ep147. 父の印
人は二度死ぬ。命が尽きた時。そして、誰にも思い出されなくなった時。
父は死んだ。それは変えられない。だが、父の歩いた跡は、まだこの森に残っていた。
◇◇◇
帰り道。俺たちは来た時とは違う細い獣道を歩いていた。
バーバラが足を止める。
「ここよ」
一本の古い樫の木。幹は大人三人でも抱えきれないほど太い。
その幹を、バーバラはそっと撫でた。
「見てごらん」
近づく。幹には小さな印が刻まれていた。十字でもない。三角でもない。葉を模したような印。
「これは?」
声には出せない。視線で尋ねる。
「お父さんの目印よ」「珍しい薬草が見つかった場所には、こうして印を残していたの」
なるほど。地図がなくても、この印を辿れば場所が分かる。
「でもね」
バーバラは少し笑った。
「誰にも教えなかったわけじゃないのよ」「困っている薬師さんには、一緒にここまで案内していたの」
独占ではない。共有だ。
前世なら、新しい発見は秘密にした。論文になるまで、誰にも見せなかった。父は違う。人を救う知識だからこそ、必要な人へ渡した。
「エドワードさんって、本当に優しい人だったんだね」
オリヴィアが呟く。
「ええ」
バーバラは静かに頷いた。
「誰かが困っているのを見ると放っておけない人だった」「だから、無茶もいっぱいしたけどね」
懐かしそうに笑う。その笑顔には寂しさも混じっていた。
俺はもう一度、幹の印へ手を伸ばす。ざらりとした樹皮。長い年月を経ても消えていない刻印。
父は、この木へ印を残した。そして、村にも、人々の心にも印を残した。だから今でも、こうして語られている。
医術とは、薬を作ることだけではない。誰かの記憶に残る生き方をすること。それもまた、一人の医魔術師の仕事なのかもしれない。
◇◇◇
帰り際。俺はもう一度だけ振り返った。
古い樫の木は、何十年も前と変わらぬ姿で立ち続けている。その根元には、今年も新しい薬草が静かに芽吹いていた。
知識も命も、こうして受け継がれていくのだと。俺は初めて、自分の父を少しだけ誇らしく思えた。




