Ep149. 初めての往診
医者に行けない患者もいる。だから医者が向かう。それが往診だ。前世では当たり前だったが、この村では、その意味がもっと重い。
◇ ◇ ◇
翌朝。バーバラは記録帳を開いていた。昨日診た患者の様子を書き足している。
コンコン。扉を叩く音。
「バーバラさん!」
息を切らした若い女性だった。
「お願い! おばあちゃんが起き上がれなくて……!」
バーバラの表情が引き締まる。
「熱は?」 「少しあります!」 「食事は?」 「昨日からほとんど……」
質問は短い。必要なことだけ確認する。
「すぐ行くわ」
薬箱を手に取る。水筒。包帯。薬草。以前なら少し探していただろう。今は違う。薬棚も、記録帳も、必要なものがすぐ揃う。
「ルーク」「今日は一緒に来る?」
もちろんだ。
「う!」
俺は頷いた。
◇ ◇ ◇
患者の家は村外れにあった。小さな畑の横、年季の入った木造の家。中へ入ると、寝台に老人が横になっていた。七十代くらいだろうか。呼吸は浅く、額には汗が浮かんでいる。
「こんにちは」
バーバラが穏やかに声をかける。
「今日は私が来ましたよ」
老人がゆっくり目を開けた。
「……バーバラか」
声は出ている。意識もはっきりしている。バーバラは手首へ触れ、呼吸を見て、喉を見る。
「昨日は何を食べました?」 「……少しだけ粥を」 「水は?」 「飲んでないねぇ……」
脱水もある。俺もそう判断した。
その時、俺は部屋を見回した。薬瓶が一つ。空のお椀。暖炉は冷えている。薪がない。寒かったのか。食事も十分に作れなかったのだろう。
病気だけではない。暮らしそのものが弱っている。
バーバラも同じことへ気づいたらしい。
「今日は薬だけじゃなくて」「温かいスープも作りましょう」
若い女性が驚く。
「え?」
「台所、借りますね」
自然な口調だった。
俺はその姿を見て思う。薬だけでは足りない。食事。温かさ。安心。それら全部が揃って、ようやく人は元気になる。
医魔術師とは、病だけを治す者ではない。人の暮らしを支える者なのだと。俺は父と母の背中から、少しずつ、その本当の意味を学び始めていた。




