Ep143. 父からの手紙
人は過去から逃げられない。だが、過去を知ることで、未来は変えられる。
その日、珍しく郵便馬車が村へやって来た。御者と一緒に降りてきたのは、町の配達人だった。
「バーバラ・C・オリバーさん、お届け物です」
差し出されたのは小さな木箱だった。紐で丁寧に縛られている。
「私に?」
バーバラが首を傾げる。
「はい」
「差出人は……」
配達人が紙を見て、少し言いにくそうに口を開いた。
「故・エドワード・オリバー様となっています」
空気が止まった。
父。俺の父。もうこの世にいない人だ。
バーバラは驚いた顔のまま、静かに木箱を受け取った。
「ありがとう」
配達人が帰ると、家の中は静まり返っていた。木箱は古く、角は少し擦れている。長い間どこかで保管されていたのだろう。
「……開けるわね」
バーバラが紐をほどく。中には数冊の古びた本と、乾燥した薬草の標本、そして一通の封筒が入っていた。
宛名には『愛するバーバラへ』とある。
バーバラの指が震えた。
「エドワード……」
ゆっくり封を切り、読み始める。最初は穏やかな表情だったが、途中から涙が滲んできた。一粒、また一粒。
俺は黙って見ていた。父を知らない。いや、前世でもほとんど記憶がない。幼くして亡くなった、それだけだった。
「……ルーク」
バーバラが俺を見る。
「お父さんね、あなたが生まれる前に、この箱を町の知り合いへ預けていたみたい」
そういうことか。何らかの事情で、今になって届いたのだろう。
「中の本は……」
バーバラが一冊を開く。薬草図鑑だった。しかも手書きだ。植物の絵、特徴、採取場所、効能――細かい。驚くほど細かい。
俺は思わず本へ近づいた。これはただの覚え書きではない。一人の薬師が、長い年月をかけて積み重ねた知識だ。
「この人……」
心の中で呟く。父は、薬師だったのか。
前世の俺は、父について何も知ろうとしなかった。興味すら持たなかった。だが、目の前には父が残した知識がある。それは未来の俺へ託された、最初の遺産だった。




