Ep132. 医者ではなくても
医者でなければ救えない命がある。だが、医者でなくても救える命もある。前世では、その違いを見落としていた。
村人が水を持って戻ってきた。木のコップに汲まれた井戸水だ。
「ゆっくり飲んで」
バーバラが老人へ渡す。老人は一口、また一口、慌てず飲んでいく。
「……生き返る」
老人が苦笑した。村人たちも少し笑う。張り詰めていた空気が、少しだけ和らいだ。
「今日はもう畑は終わり」
バーバラが言う。
「でも……まだ半分残ってる」
老人は畑を見る。その視線に、俺は見覚えがあった。仕事を休めない人間の目だ。前世でも何度も見た。「休めません」「締め切りがあります」「代わりがいません」――身体より仕事を優先して、そして倒れる。あの目だ。
「残りなら」
一人の男が口を開いた。
「俺がやるよ」
「いや、うちも手伝う」「昼には終わるだろ」
次々に声が上がる。老人が驚いた顔になる。
「お前ら……」
「いつも世話になってるしな」「今度は俺たちの番だ」
誰も恩着せがましくない。当たり前のように鍬を持つ。籠を運ぶ。
俺はその光景を見つめた。これか。村というものは。一人が倒れれば、皆で支える。だから生きていける。前世の都市では、こんな光景はほとんど見なかった。
老人が涙ぐむ。
「悪いな」
「悪くないわ」
バーバラが微笑む。
「次に誰かが困った時は、また助けてあげればいいの」
その一言で、老人は何度も頷いた。
俺は胸の中で反芻する。助けは返すものではない。繋いでいくもの。そういう考え方もあるのか。前世の俺なら、貸し借りで考えただろう。しかしこの村では違う。善意は巡る。巡って、また誰かを救う。
その帰り道、バーバラが俺を抱き上げた。
「今日は勉強になった?」
俺は力強く頷く。病気の診方だけじゃない。人の支え方も、村の在り方も。今日一日で学んだことは、前世の何冊もの医学書にも載っていなかった。




