Ep131. 倒れた老人
医療において最も危険なのは、病気そのものではない。思い込みだ。
前世で何度も見てきた。熱だから風邪。胸が痛いから筋肉痛。立てないから疲労。決めつけは人を殺す。
だからまず見る。聞く。考える。それが基本だった。
◇ ◇ ◇
畑は村の南側にあった。男に案内されるまま、バーバラは迷わず走る。俺も必死についていく。短い足では追いつくのも大変だ。
「こっちです!」
男が叫ぶ。
畑の真ん中に、一人の老人が地面に腰を下ろしていた。周囲には数人の村人。皆、不安そうな顔をしている。
「バーバラ! 来てくれたか!」
老人は意識がある。返事もできている。まず一つ安心だ。
「急に立てなくなったんだ。鍬を持ったまま座り込んで……」
バーバラは老人の前へ膝をついた。
「おじいさん、話せる?」
「……ああ」
声はしっかりしている。
「胸は苦しい?」
「いや」
「息は?」
「大丈夫だ」
「手は動く?」
老人は両手を動かす。問題ない。
「足は?」
「力が入らん……」
◇ ◇ ◇
俺は老人を観察する。顔色、呼吸、汗、瞳。大量の汗。息はやや速い。だが苦しそうではない。
空を見上げる。春とはいえ、今日は暖かい。日差しも強い。畑仕事をずっと続けていたなら、脱水、疲労、その可能性もある。
しかし、決めつけるな。前世の自分が何度も戒めたことだ。
「今日は何も食べてないの?」とバーバラが尋ねる。
「朝……少しだけだ」
「水は飲んだ?」
老人は少し考えて、「……そういや、あんまり飲んでなかった」と答えた。
バーバラは村人を見る。「まず水を。冷たすぎないものを持ってきて」
「分かった!」一人が走る。
続いてバーバラは老人の肩に手を添えた。「すぐに立たなくていいわ。少し休みましょう」
焦らせない。安心させる。見事だった。
◇ ◇ ◇
その時、俺の視界にあるものが映る。鍬。掘り返された土。そして、畑の隅に積まれた収穫籠。
……多い。一人で運んだのか。
老人の手を見る。掌は赤く擦れていた。働き過ぎだ。
病だけではない。生活そのものが原因かもしれない。医者は病気だけを診てはいけない。患者の暮らしも診なければならない。それもまた、前世で学んだことだった。




