Ep13. それは依存という名前の罠
人に頼る、という行為は。
どこからが許容で、どこからが過剰か。
その境界は、曖昧だ。
◇ ◇ ◇
昨日のこと。
バーバラが戻ってこなかった時間。
そして、戻ってきた瞬間。
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あの感覚が、頭から離れない。
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不安。
そして。
安堵。
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どちらも。
前世の俺には、不要なものだった。
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だが。
今の俺には。
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無視できない。
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……面倒だ。
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だが。
ひとつ、わかったことがある。
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あの不安は。
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原因がある。
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——バーバラがいない。
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単純な話だ。
対象が消えることで、不安が発生する。
ならば。
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消えなければいい。
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……簡単な理屈だ。
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だが。
現実はそう単純ではない。
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バーバラは外に出る。
必ず。
毎日ではないにせよ。
一定の頻度で。
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それは止められない。
俺には。
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ならば。
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どうする。
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結論は、ひとつだ。
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“慣れる”。
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不在に。
不確定に。
不安に。
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それが合理的だ。
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……はずだった。
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「ルーク、ちょっと行ってくるね」
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バーバラの声。
すぐ近く。
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俺は、反応した。
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無意識に。
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手を伸ばした。
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「……ぁ」
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止めるつもりはなかった。
引き留めるつもりもなかった。
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ただ。
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“いなくなる”という事実に。
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反応した。
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「……ルーク?」
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バーバラが止まる。
動きが、止まる。
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しまった。
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これは。
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良くない。
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明確に。
良くない方向だ。
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これは何だ。
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確認か?
違う。
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観測か?
違う。
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——引き留めだ。
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意図していない。
だが。
行動としては、そうだ。
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非合理。
極めて非合理。
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「すぐ戻るからね」
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同じ言葉。
昨日と同じ。
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信用していない。
はずだった。
◇ ◇ ◇
だが。
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“戻ってきた”という実績がある。
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それが。
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判断を鈍らせる。
◇ ◇ ◇
——危険だ。
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これは。
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依存だ。
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対象の存在に。
安心を求める。
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消えれば、不安になる。
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——非合理の極致。
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前世の俺が、最も避けたもの。
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なぜなら。
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壊れたとき。
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致命的だからだ。
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失えば。
立て直せない。
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だから。
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持たない。
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それが正解だった。
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……はずだ。
◇ ◇ ◇
だが。
◇ ◇ ◇
今の俺は。
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その“正解”に。
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従えない。
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理由は、単純だ。
◇ ◇ ◇
——知ってしまったからだ。
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温度を。
声を。
戻ってくるという事実を。
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それを知って。
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何も感じないままでいることは。
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もう、できない。
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「……いい子にしててね」
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バーバラが、少しだけ迷ってから言う。
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迷い。
◇ ◇ ◇
それは。
◇ ◇ ◇
俺のせいだ。
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引き留めたから。
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判断を鈍らせた。
◇ ◇ ◇
——面倒だ。
◇ ◇ ◇
自分が。
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極めて面倒な存在になっている。
◇ ◇ ◇
それでも。
◇ ◇ ◇
手は、下げなかった。
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下げられなかった。
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理由は、明確だ。
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——不安だからだ。
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それ以上でも。
それ以下でもない。
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バーバラは、ゆっくりと俺の手を外した。
優しく。
無理にではなく。
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そして。
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出ていった。
◇ ◇ ◇
扉が閉まる。
◇ ◇ ◇
静寂。
◇ ◇ ◇
俺は。
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残された。
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胸の奥に。
◇ ◇ ◇
嫌な感覚が残る。
◇ ◇ ◇
——これが。
◇ ◇ ◇
依存だ。
◇ ◇ ◇
わかっている。
◇ ◇ ◇
わかっていて。
◇ ◇ ◇
止められない。
◇ ◇ ◇
それが。
◇ ◇ ◇
最も厄介だった。




