Ep14. わかっているのに、やめられない
危険だとわかっているものに。
手を伸ばす人間を、愚かと言う。
——前世の俺なら、そう断じていた。
◇ ◇ ◇
静かだ。
あまりにも静かだ。
◇ ◇ ◇
バーバラが出ていった後の部屋は。
音が少ない。
温度も低い。
◇ ◇ ◇
そして。
◇ ◇ ◇
——落ち着かない。
◇ ◇ ◇
理由は明確だ。
いないからだ。
◇ ◇ ◇
……面倒だ。
◇ ◇ ◇
わかっている。
これは異常だ。
非合理だ。
◇ ◇ ◇
前世の俺は。
こういう状態を“排除”してきた。
◇ ◇ ◇
不安を生む要因を断つ。
関係を断つ。
それで終わりだ。
◇ ◇ ◇
だが。
◇ ◇ ◇
今の俺には、それができない。
◇ ◇ ◇
なぜなら。
◇ ◇ ◇
対象が、消えないからだ。
◇ ◇ ◇
物理的に。
存在している。
◇ ◇ ◇
そして。
◇ ◇ ◇
戻ってくる。
◇ ◇ ◇
その“事実”が。
◇ ◇ ◇
判断を狂わせる。
◇ ◇ ◇
——厄介だ。
◇ ◇ ◇
ならば。
◇ ◇ ◇
対処するしかない。
◇ ◇ ◇
方法はある。
◇ ◇ ◇
“期待しない”。
◇ ◇ ◇
これが最適解だ。
◇ ◇ ◇
戻ってくるかどうか。
関係ない。
◇ ◇ ◇
来ても来なくても。
同じ状態でいればいい。
◇ ◇ ◇
そうすれば。
◇ ◇ ◇
揺れない。
◇ ◇ ◇
……はずだった。
◇ ◇ ◇
「……ぁ」
◇ ◇ ◇
声が出る。
◇ ◇ ◇
意味はない。
ただの音だ。
◇ ◇ ◇
だが。
◇ ◇ ◇
それは。
◇ ◇ ◇
“呼んでいる”。
◇ ◇ ◇
……馬鹿げている。
◇ ◇ ◇
誰もいない。
聞く相手もいない。
◇ ◇ ◇
それでも。
◇ ◇ ◇
「……あ」
◇ ◇ ◇
もう一度。
◇ ◇ ◇
やめろ。
◇ ◇ ◇
無意味だ。
◇ ◇ ◇
合理性がない。
◇ ◇ ◇
——わかっている。
◇ ◇ ◇
わかっていて。
◇ ◇ ◇
止まらない。
◇ ◇ ◇
胸の奥が。
ざわつく。
◇ ◇ ◇
不快だ。
◇ ◇ ◇
だが。
◇ ◇ ◇
無視できない。
◇ ◇ ◇
これが。
◇ ◇ ◇
依存。
◇ ◇ ◇
自覚している。
◇ ◇ ◇
それでも。
◇ ◇ ◇
やめられない。
◇ ◇ ◇
——最悪だ。
◇ ◇ ◇
前世の俺が見たら。
間違いなく、軽蔑する。
◇ ◇ ◇
弱い。
愚かだ。
非効率だ。
◇ ◇ ◇
その通りだ。
◇ ◇ ◇
否定できない。
◇ ◇ ◇
だが。
◇ ◇ ◇
それでも。
◇ ◇ ◇
止められない。
◇ ◇ ◇
——なぜだ。
◇ ◇ ◇
答えは、出ている。
◇ ◇ ◇
“知ってしまったから”。
◇ ◇ ◇
温度。
声。
触れられるという感覚。
◇ ◇ ◇
それを知らなければ。
◇ ◇ ◇
こんな状態にはならなかった。
◇ ◇ ◇
——後悔。
◇ ◇ ◇
そう呼ぶには。
◇ ◇ ◇
少しだけ。
◇ ◇ ◇
違う気がした。
◇ ◇ ◇
なぜなら。
◇ ◇ ◇
完全に、戻りたいとは思わないからだ。
◇ ◇ ◇
あの何も感じない状態に。
完全に戻りたいかと問われれば。
◇ ◇ ◇
——否。
◇ ◇ ◇
それもまた。
◇ ◇ ◇
不快だ。
◇ ◇ ◇
……面倒だ。
◇ ◇ ◇
本当に。
◇ ◇ ◇
面倒だ。
◇ ◇ ◇
扉の音がした。
◇ ◇ ◇
足音。
◇ ◇ ◇
近づいてくる。
◇ ◇ ◇
——戻ってきた。
◇ ◇ ◇
その瞬間。
◇ ◇ ◇
胸のざわつきが。
◇ ◇ ◇
消えた。
◇ ◇ ◇
……最悪だ。
◇ ◇ ◇
わかっている。
◇ ◇ ◇
完全に。
◇ ◇ ◇
理解している。
◇ ◇ ◇
これは。
◇ ◇ ◇
依存だ。
◇ ◇ ◇
バーバラが入ってくる。
「ルーク、ただいま」
◇ ◇ ◇
声。
◇ ◇ ◇
いつもの声。
◇ ◇ ◇
俺は。
◇ ◇ ◇
手を伸ばした。
◇ ◇ ◇
止めなかった。
◇ ◇ ◇
止められなかった。
◇ ◇ ◇
理由は、単純だ。
◇ ◇ ◇
——楽だからだ。
◇ ◇ ◇
不安が消える。
思考が止まる。
◇ ◇ ◇
それだけで。
◇ ◇ ◇
十分すぎる理由だった。
◇ ◇ ◇
バーバラは。
少しだけ驚いて。
◇ ◇ ◇
それから。
◇ ◇ ◇
笑った。
◇ ◇ ◇
俺は。
◇ ◇ ◇
その笑顔を見ながら。
◇ ◇ ◇
思った。
◇ ◇ ◇
——これは。
◇ ◇ ◇
やめられない。




