Ep123. 名前のない仲間
名前には意味がある。前世の俺はそう考えていた。症例番号ではない。研究対象でもない。名前とは個人を示すものだ。だからこそ、名前のない存在は不便だった。
◇ ◇ ◇
「名前つけよう!」
案の定だった。秘密基地の仲間になった翌日、子供たちは真剣な顔で会議を始めていた。議題は犬の名前。
「ポチ!」 「却下」
即却下だった。
「なんでだよ!」 「村にもう二匹いる」
なるほど。それは紛らわしい。
「シロ!」
犬は茶色い。
「却下」
当然だった。
「じゃあチャロ!」
少し良くなった。
「犬っぽい」 「普通」
会議は迷走した。犬本人は基地の入口で寝ている。興味がないらしい。
◇ ◇ ◇
俺は観察する。昨日より顔色がいい。いや、犬に顔色という表現は変か。とにかく元気になっている。食事、休息、安全な場所。やはり重要だ。そして問題の脚——まだかばっているが、昨日より体重を乗せている。回復傾向。良い兆候だ。
◇ ◇ ◇
「ルークは?」
突然トムが聞いた。
「名前どう思う?」
俺か。全員の視線が集まる。困る。非常に困る。俺はまだ単語をほとんど話せない。だが、犬を見る。痩せていた。傷ついていた。居場所がなかった。それでも、ここへ来た。生き延びた。
「い……」
全員が身を乗り出す。
「い?」 「き……」
生きる。生き残る。本当はそう言いたかった。だが、発音できない。
「イキ?」
オリヴィアが首を傾げる。
「変じゃない?」
その通りである。しかし、トムが考え込む。
「いや、イキじゃなくて」
犬を見る。
「生き残ったやつだから、イッキとかどうだ?」
おお。意図が伝わったわけではない。偶然だ。だが悪くない。
「イッキ!」 「いいじゃん!」 「かっこいい!」
満場一致だった。犬――いや、イッキは顔を上げる。
「イッキ!」
オリヴィアが呼ぶ。犬の耳が動く。
「イッキ!」
今度は尻尾が動いた。子供たちが歓声を上げる。
◇ ◇ ◇
こうして、名前のなかった犬はイッキになった。居場所を得て、名前を得て、仲間を得た。その姿を見ながら、俺はふと思う。もしかすると、救われたのは犬だけではない。子供たちも、そして俺も、少しずつ誰かに救われながら生きているのかもしれなかった。




