Ep122. 居場所
生き物に必要なものは何だろう。
食事。水。休息。
どれも正しい。
だが、長く医療に関わっていると気づく。もう一つ必要なものがある。
居場所だ。
安心して眠れる場所。追い出されない場所。自分がいてもいいと思える場所。
それがない生き物は弱る。人間も、動物も。
◇ ◇ ◇
犬はパンを食べ終えた。しかし去らない。
少し離れた場所で座っている。警戒はしている。だが逃げない。
子供たちも座っている。誰も近づかない。その距離感は悪くなかった。
「どうする?」トムが聞く。「飼う?」
即座に数人が頷く。子供らしい。非常に。
「誰が?」トム。良い質問だ。全員が黙る。現実を理解しているらしい。
「うちは無理」「うちも」
餌代。世話。親の許可。問題はいくらでもある。
犬は静かにこちらを見ていた。期待しているわけではない。諦めている目だ。
その目を見て、少しだけ胸が痛んだ。前世の俺なら、余計な感情だと切り捨てただろう。だが今は違う。
「……基地で飼う?」オリヴィアが言った。子供たちが一斉に振り向く。
「秘密基地で?」
「みんなでご飯持ってくれば、何とかならないかな」
沈黙。そして。
「それならできるかも」「俺も少しなら持ってこれる」「うちも」
話が進み始める。興味深かった。一人では無理でも、みんなならできる。前世の俺はそれを理解していなかった。何でも一人でやろうとした。だから失敗したのかもしれない。
◇ ◇ ◇
その時、犬が立ち上がった。びくりとする子供たち。だが犬は逃げなかった。
ゆっくり。本当にゆっくり。秘密基地へ近づく。入口の前、そこで丸くなった。
「え」オリヴィアが目を丸くする。「入った」
正確には半分だけだ。だが、意味は大きい。犬は選んだのだ。この場所を。
子供たちは顔を見合わせる。そして、誰からともなく笑った。
「じゃあ」トムが言う。「今日からこいつも基地の仲間な」
歓声が上がる。犬は意味が分からないだろう。だが、尻尾が少しだけ動いた。今度は、俺以外にも見えたらしい。
「振った!」「振ったぞ!」
子供たちが大騒ぎする。犬は迷惑そうだった。
少しだけ、本当に少しだけだが、その目から怯えが消えていた。




