Ep108. 最初の患者
医魔術師には癖がある。 どれほど優秀でも、どれほど経験豊富でも、怪我人や病人の話を聞けば反応してしまう。職業病というやつだ。
前世の俺も例外ではなかった。そして、どうやら今世でも同じらしい。
◇ ◇ ◇
「見てくるわ」 バーバラが立ち上がる。薬箱を手に取る。
なるほど。村人たちは怪我人が出ると彼女を頼るのか。 医者ではない。だが薬草の知識はある。この村では十分貴重な存在なのだろう。
「ルークはお留守番ね」 当然のように言われる。
当然ではない。俺も行く。非常に行く。
「ま!」 抗議する。
「だめ」 即答だった。
解せぬ。
しかし、幸運は突然訪れる。
「私が見る!」 オリヴィアが言った。 「ルークと一緒に待ってる!」
バーバラが少し考える。そして。 「……ごめんね」 「やっぱり連れていくわ」
勝った。 俺は心の中で拳を握った。これで現場を見られる。診察ができる。
もちろん、赤子なので何もできないが。
◇ ◇ ◇
トムの家は近かった。歩いて数分。村の中心から少し外れた場所。
初めて見る景色だった。家々。畑。積み上げられた薪。雪解けの泥道。
小さい。だが温かい村だ。
家に入ると、すぐに患者を発見した。
トム。七歳くらい。椅子に座っている。顔色は良い。泣いてはいない。
まず重症ではない。
「どこが痛い?」 バーバラが聞く。少年は足首を指差した。
右足。腫れあり。変形なし。皮下出血は軽度。
歩ける。激痛ではない。
捻挫だな。かなり高確率で。
「少し触るわね」 バーバラが患部を確認する。押す。動かす。反応を見る。
悪くない。経験から判断している。
「骨は大丈夫そう」 「しばらく安静ね」
正解だ。完全に正解。
俺は少し驚いた。もっと危うい診察を想像していたからだ。
知識は体系化されていない。だが経験がある。村で積み上げた経験だ。
◇ ◇ ◇
「よかったあ」 オリヴィアが胸を撫で下ろす。トムは少し照れたように笑った。
「だから木に登るなって言ったのに」 母親らしき女性が呆れる。
「でも上に鳥の巣があって」 「見たかったんだ」
その瞬間、なぜか少しだけ親近感を覚えた。
見たかった。知りたかった。だから登った。
非常に馬鹿だ。だが、気持ちは分かる。
俺も玄関から脱走した。理由はほぼ同じだ。
「もう登らない」 トムが言う。
嘘だな。たぶん登る。近いうちに。
俺は知っている。好奇心という病気に。治療法はない。
◇ ◇ ◇
帰り道。バーバラに抱かれながら村を見る。
小さな村。小さな怪我。小さな出来事。
だが、俺にとっては大きかった。
初めて見た、この世界の患者を。初めて見た、この世界の医療を。
まだ何もできない。だが、いつか必ず。
その思いだけは、春の風のように静かに胸の中へ根を下ろしていた。




